第十話 神速Ⅲ 単騎戦
リアはアルバの宿の二階、自室で男と対峙していた。
「よお、シフル」
男は幾何学的な紋様が記された羽織をしており、その隙間から細身であるが、鍛え上げられた筋肉を見せている。
彼の両腕には鉤爪のような武器が取り付けられていた。
開け放たれた窓から風が吹き込み、カーテンが揺れる。
狭い室内には不釣り合いなほど、男の両腕に装着された鋼の鉤爪が、不気味に鈍い光を放っていた。
「誰、ですか?」
「俺は原欲の徒の ケイル 」
ニッとケイルは笑う。
「お前を殺しにきた」
リアは白銀の刀に手をかけた。目を細めてケイルを睨みつけた。
「いったいどこの誰だか知りませんが、帰っていただけますか」
「まー、そう言うなよ。少し楽しみにしてんだぜ? こぞって持ち上げるシフルって奴がどんなもんか」
余裕の態度を見せるケイルと、顔を強張らせるリア。彼女だけが緊張を保っていた。
「何故……私が魔力なしだと知っているんですか」
ケイルは目線を上げて頭を掻く。
「あー、それは……うーん。まぁ内緒だ」
歯切れが悪い。
「言っておきますが、簡単にやられるほど生半可には鍛えてませんよ」
彼は鼻を鳴らした。
「よく言うぜ」
ケイルは見下したような目つきでリアを見た。
「ボスの即席吸血鬼にボコされたくせによぉ」
リアの頭で吸血鬼という単語がこだました。
以前の戦いの記憶。月夜の中に立つ、赤い目と黒い飛膜を持つ艶めいた女性。
「スピカさん……」
「あー、そんな名前だったか」
ニヤニヤしながらケイルは饒舌になる。
「滑稽だぜ? 強くなりたいだとか、誰かと並びたいだとかそんな理由で人間捨てちまってよ。人間辞めちまったら! 対等になれるわけねぇのによ!」
声を上げて笑う男。
リアの額に血管が浮き出る。
リアが刀を抜こうとしたその時、背後から熱を感じた。その熱波はリアの横を通り過ぎた。
白く輝く光の弾がケイルの脳天へと目掛けて飛んでいく。
ケイルは笑いを止め、人間離れした軟体動物のような動きで首を横に折った。髪の毛数本を焼き焦がしながら弾丸が彼の側頭部とすれ違う。開いた窓から飛び出して、空へと光が消えていった。
「あなたも人間ではないでしょう? 魔人ってのは下品に笑うもんだね」
柔らかく、それでも圧のある声がリアの後ろから聞こえた。
リアが振り向けば、儚く白い婦人が大きな杖、ではなく箒を構えて立っていた。いつもみるアルバとは違い、目に覇気が籠っている。
「アルバさん……」
「スピカちゃんがあんなことすることないって思ってたけど、やっぱり誰かに唆されてたんだね」
ケイルの表情が険しくなった。アルバを見る目は、リアへ向けるものよりも敵意が込められている。
アルバは箒の柄の先をケイルに向けたまま、リアの横に並んだ。
「リアちゃん、下がってなさい」
「いや、でも」
「アイツはリアちゃんが狙い。あなたさえ守れればこっちの勝ちよ」
ケイルが欠伸をする。
だが、こちらを見る目は鋭い。警戒心は隠せていない。
「んま、俺らとしては逃げられると、少しだけ……困るかもな」
アルバの眉が下がる。
「ら?」
「俺一人で突っ込んでくるわけないだろ。それに、シフルの始末はついでだ」
「一体……何が狙いなの」
「そうだな、言ってしまえば」
ケイルは不敵に片頬を上げニヤリとした。
「宝探しってやつか?」
アルバが血相を変えた。箒を握る手に力が入り、先がブレる。
「冒険者ギルドが狙いってわけね……」
「御名答。戦力も十分削った後だ、簡単なお仕事だぜ。今頃俺の相棒と下っ端どもが暴れてるだろうなぁ」
アルバは歯を強く噛んだ。眉頭に皺が寄っていく。
二人の会話を聞くだけだったリアがアルバの一歩前へ出る。先ほどよりも冷静に、背筋を伸ばして刀を抜いた。
白銀の刀が姿を現す。光を映し出した。
「アルバさん、ギルドへ向かってください」
目を丸くしてアルバはリアを見た。リアの横顔はただのか弱い少女のそれではなかった。
「私なら……」
かつての自分の言葉を思い出す。自身を過信した結果どうなったのかはいうまでもない。だが、あの時の傲慢な彼女とは違う。リアは敢えて言う。
「私なら、大丈夫です」
リアの据えた目を見て、アルバは箒を下ろす。
最後までリアの凛とした立ち姿を視界にいれたまま、アルバは部屋を出ていった。
去り行く足音。
部屋に残されたのは、窓から吹き込む風と両者の間で交差する冷たい視線。
ケイルの顔から緊張感が消えたように見えた。
「おいおい、いいのかよ。今の奴、白狐だろ」
「……びゃっこ……?」
ケイルは頭をフルフルと揺らし、ため息をついた。
「お前、何も知らねぇんだな。西の白狐……昔相当名を上げた冒険者だぜ。単独で行動し、その魔術で幾千もの魔物を焼き払ってきた。隠遁生活してると聞いてたが、ここにいたとはな」
あの朗らかなアルバからは想像もできない過去であった。しかし、リアの心には安堵が残った。
「そうですか。なら良かったです」
「あ?」
「貴方たちが冒険者ギルドを大勢で襲っているのなら、私が向かっても大した戦力にならないでしょう」
逆の手で、腰に差したもう一振りの柄を握る。鞘から滑り出たのは、一切の光を反射しない異様なほど無機質な漆黒の刀。
その重みと冷たい気配が、デトの背中をリアに思い出させる。
漆黒の刀を構え、リアは静かに言い放った。
「それに、ドブネズミ一匹処理できないで、この先デトさんの隣に立てません」
「ハハハッ」
ケイルは羽織を取り外し、鉤爪を互いにぶつけて金属音を打ち鳴らした。
「威勢のいいガキだ。殺し甲斐がある」
心拍が上がる。
それは恐怖心ではない。
かつての自分を追い越すための動力であった。
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