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ブルーエンペラー ―魔力なしの剣士と無双の青―  作者: カントウしょうゆ
第二章 咎の一角

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第十話 神速Ⅰ 陽動

 包帯を額に巻く。キュッと結び目を作ると、ベルは立ち上がった。


「他の冒険者はどうかしら」

「さあな」


 ベルは崖の淵に近づき、森全体を見晴らす。

 確かにこの場から、各地点の様子がうかがえた。

 まだ、残党処理は終わっていないようだ。

 壮大な森の中から微かな戦闘音がここまで聞こえてくる。


「加勢しに行く?」


「もうオークは補充はされないだろう。これだけやったんだ。後は任せても文句は言われん」


 背後で聞こえるデトの声。

 ベルは頷いて遠くに見える城壁を眺めた。

 この崖からもアリスタが遠目に見える。

 東の方を向いたままベルは考えた。

 死線を抜けたはずだが何故か安堵ができない。


――今回の黒幕はスピカの裏にいた奴と同じはず。目的は何?


 崖の下を覗く。


――下の洞窟。まるで、私たちが来るのがわかっているかのようなトラップだった。

 ただのオークの大量発生ではないことは最初から分かってたけど、こうも変だと参るな……


 疑問が尽きない。頭をかかえるベル。

 後ろからデトに声をかけられた。


「これで終わりだと思うか?」


 振り向いて目にしたのは、デトが胡座をかいて地に座る姿。上半身裸に黒い手袋をする姿はなんとも滑稽――とも言えず、隆々とした筋肉が夕闇の中で異様な威圧感を放っていた。


 あれだけのオークの大群を一人で相手にしたというのに、彼の肌には、泥や返り血こそあれど、かすり傷一つ見当たらない。


 ベルはその事実を前に、わずかに背筋が冷えるのを感じていた。


「……いいえ。裏で糸を引いてる奴がいる以上、また何かを仕掛けてくるわ」


 それがいつかはわからない。

 ベルはもう一度、高台から冒険者たちの戦いを観察する。

 彼らのことを見ていると、もう一つ疑問が浮かんだ。


「……ねえデト。どうしてオークたちは転移なんか使ったと思う?」


 デトは胡坐をかいた膝に肘をつき、頬杖をついた。


「どういうことだ」


「オークの伏兵は相当な数だったわ。元々あの数を配置していれば良かったと思わない?

 それも五つに分けるなんて戦力を分散させるマネせずに、一つにまとめて街を襲えばアリスタは陥落するわ」


「数が多けりゃそれほど統率するのも難しくなる。小隊に分けるのは合理的だ。……だがまあ確かに不自然な点が多い」


 デトは立ち上がって、ベルの隣に立った。


「俺らの時もそうだったが、オークたちは()()をするように転移させられていた。水晶を破壊したとき一気に転移が行われたことを加味すれば、意図的に少しずつ転移させていたと考えられる」


――そうだ。それがおかしい


 洞窟でのギルバルドとの会話を思い出す。


〝負傷者を出しているが、依然として優勢だ〟


――あのゴブリンが戦況を見ていたなら、何故、優勢になるようにオークたちを送り込まなかったのか。少しずつ、オークが倒されるたびに転移させる。戦闘が長引くだけだ。いずれ、劣勢のままストックが切れることを考えなかったのか? それぐらい余裕があるほど、まだ駒を残していた?


 ベルは目を細めた。

 思考の途中に、答えがあった気がした。

 自分の思考回路をもう一度辿る。

 それは素通りしてしまいそうなほど何気ない論理だった。


「戦闘を……長引かせることが……目的?」


 独り言のようなベルの言葉にデトが反応する。


「時間稼ぎ……か」


 すると、デトの瞳が開く。弾かれたように顔を街の方へと向けた。


 隣で考え込んでいたベルもデトの仕草に気づき、彼の横顔を見る。


「どうしたの」

「この作戦自体が時間稼ぎに使われてんなら」


 彼のトーンが一段下がる。


「すでに攻撃は始まっている」


 デトの視線の方向で、ベルも事の重大さを察した。

 ベルはすぐに通信用の魔石を取り出して、マナを流し込む。


 緑色に光る――が、ギルバルド(向こう側)から音が聞こえない。


 ベルは舌打ちをし、魔石を戻そうとしたその時、握る手の中からノイズが聞こえ始めた。

 口元に魔石を近づけて叫ぶ。


「こちらベル!」


 確かに繋がっている。だが、すぐに返答が来ない。

 大きなノイズの奥から少しずつ、声が聞こえてくる。


『……きょう……だ』

「ギルバルド?!」


 ギルバルドの声が途切れ途切れで、こちらに何かを訴えかけてくる。


『……しゅ…げき……ている。す…に増援を……』


 そこでノイズごと音が消え失せた。

 異常事態であることは嫌でも分かった。

 ベルはすぐに身体を反転させる。


「デト! 戻るわ――」


 ベルの頭が無理やりに下げられた。

 直後に、空気を切り裂く衝撃がベルの後頭部ギリギリで通り去る。


「あら?」


 初めて耳にする女の声がした。

 何が起こったのかわからぬまま、ベルは顔を上げた。

 ベルは自分の頭を押さえるデトの顔を見て、彼が睨みつける先を辿る。


 一人の少女が笑みを浮かべながら立っていた。


 革のブーツにすらりと伸びた足。身に合わないほど袖が広く空いた深緑色の服。そこからギラリと鈍い光を返す刃が姿を覗かせている。


 一見すれば、彼女は華奢で愛らしい少女に見えた。しかし闇そのものを擬人化したような、禍々しくも歪んだ美しさを纏っている。


 不気味な紫のメッシュが混ざる黒髪は、片側の顔を隠している。彼女の唇の端から覗く鋭い八重歯は、無邪気さと残虐性が同居する幼い捕食者のようだ。瞳は、冷たく澄んだ紫色をしていた。


 そして彼女の背後に広げられる黒い飛膜の翼。

 先ほども見たその特徴。


 ベルは瞬時に理解した。この少女こそ黒幕であると。


「切ったと思ったんだけどねぇ」


 まるで玩具を見ているかのようにどこか楽し気な表情をしていた。


 ***


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