第九話 託すⅣ 勘違い
光水晶の輝く道を疾走する。
薄暗い青白さの中、ベルは最速で洞窟を駆け抜けていた。
出口の光が見えない理由は、進むほどに明白になった。通路を埋めるように、オークの巨体が立ち塞がっていたのだ。
魔物が敵意を剥き出しにして咆哮する。
「邪魔よ!!」
ベルは疾走の速度を落とさず、剣を抜いた。
オークが斧を振り下ろそうとしたその時、速度を上げて懐へ。
褐色の肉体を一瞬にして十字に切り裂き、強引に道を開いた。
為すすべなく、崩れ落ちるオークの身体を見返ることもせず、外へと向かう。
注ぎ込む外界の光を目指してただ走った。
その光はか弱くとも、一つの希望と感じられた。
洞窟を抜ける。
一気に明るくなった視界に眩みながらも、すぐに振り向き、絶壁を見上げた。
やはり何もいないように見える。
だが凝視していれば、少し歪んで見える瞬間があった。それも一部ではない、崖の上全体が空間に馴染まない感覚がある。
――結界か
左右を確認。
この崖の上に繋がる道はない。
最速であそこに辿り着く方法、彼女の頭にすぐ思いついたのは――
剣を納め、右手にデトに託されたナイフを握る。
ベルは深く腰を落とし、脚にマナを集中させて筋力を極限まで増強する。
溜め込んだ力を一気に解放し、大地を蹴り飛ばした。
跳躍。それこそが最短で最速の移動手段。
身体強化による爆発的な脚力で、ベルは重力を無視して上空へと昇った。
背後の森の梢を置き去りにする。
空気抵抗を肩で感じながら目的の標高を超え、やがて速度が消える。
崖の上を見下ろせる高度でデトの言葉を思い出した。
――敵が魔術師だからって、デトはあたしにコレを託した
黒いナイフを強く握る
――何なのか知らないけど……要は、魔術に対してこれを使えってことでしょ!
落下に転じるその瞬間、ベルは空間の歪みへと向けて、真っ直ぐに黒いナイフを放った。滑空するように、ナイフは風を切りながら崖上の広間へと向かう。だが、それが地に着く前に――
パリンッ、と薄氷が砕け散るような高い音が響き渡った。
空間に掛けられていた認識阻害の結界が、刃に突き破られた穴から、ベールのように霧散していく。
偽りの風景が剥がれ落ち、崖の上の真の姿が露わになる。
ベルの目に映ったのは、ローブに身を包み、大きな帽子を被った魔物がこちらを見上げる姿。
その魔物は薄汚れた深緑の肌をしており、小柄で尖った耳を持っていた。
――小人型の魔物!?
ゴブリンがベルの方へ手をかざすと、奴の目の前に赤い魔法陣が展開した。
その魔法陣から放たれたのは火の球。
逃げ場のないベルに狙いを定めた火球は、矢のように空を駆け抜けた。
ベルは腰の剣を抜き放ち、何もない虚空に向かって振り抜いた。
突風のような剣速がもたらす強烈な反動が、ベルの身体を空中で捻らせる。
彼女の身は火球の直線軌道上から僅かに逸れ、直後、下から突き上げるような熱波がスレスレで掠めていった。
重力により描かれる放物線に従い、ベルは崖の上に放り出された。強引に回避したことにより崩れた体勢を落下途中で整え、着地をする。
一息つく暇はない。
地面からの反発をそのままエネルギーへと変え、敵へ向かって飛び出す。
空に向けられていたゴブリンの手のひらは、接近するベルに向けられた。
魔法陣が再び現れ、照準が定められる――その前に円陣内の幾何学的な紋様を貫通し、銀色の刃は喉元を捉えた。
ベルの一閃が美しい扇を描く。
濁った血と共に舞う小さな首。
ギョロっとした目が開いたままのゴブリン。跳ねられた頭が宙を舞い、やがて地に落ちる。
ローブを羽織った胴体が野に倒れた。
ベルは振り上げた剣を天に向けたまま、自分の荒い呼吸に気づいた。
野に散らばる胴と首の離れた死体を見下ろし、ベルは息を落ち着ける。
深緑色の肌は草には馴染まない。
ゴブリンの肉体の近くには台座に載せられた水晶玉が夕日に照らされ光っていた。
――これで洞窟の様子を見ていたのか
瞳孔が開ききったゴブリンの頭を見る。
耳と鼻が尖った悪魔のような顔。
呼吸が落ち着くにつれ、ざわめきが胸に纏わりつき始めた。
――ゴブリンがオーク・統率者?
明白な矛盾が頭に渦巻く。
――これほどのオークの大群をまとめる事ができるのか? 力で劣るゴブリンが?
〝魔族〟は力で上下関係が決まるんじゃ……
ある考えが脳内を小突いた。
――違う。コイツじゃ……ない
何故、ベルはゴブリンがロードだと思ったのか。
ロードが構えていると思われていた場所に居ただけに過ぎない。
ロードが魔術師というのはただの推測。
勘違い。
それは容易に陥る、されども盤面を一瞬で覆す致命的な落とし穴。
強烈な殺気が背を刺した。
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