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ブルーエンペラー ―魔力なしの剣士と無双の青―  作者: カントウしょうゆ
第二章 咎の一角

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第九話 託すⅢ それぞれの役割

 ベルはポーチに魔石を無造作に突っ込むと、深呼吸をする。


「あの水晶玉は〝目〟ってとこかしら」

「だろうな。見えないところに魔術は撃てない」


 デトは水晶玉があるはずの方を向いてしばらく見つめた。


「……破壊した方がいいな」


 先ほどの発言と矛盾するような言葉にベルは突っかかる。


「何故?」

「お前、ここに入ってくる前、上を見ただろう。もしも上にロードがいるなら、その様子も奴に見られたはずだ」


 ベルは息を呑んだ。

 自身の目には映らなかったが、あの時敵と相対していた可能性があった。


「あの目を残したまま俺らが踵を返したのなら、居場所がバレたと悟られ逃げられるか、罠を張られるかの二択だ」


 デトの推理には筋が通っていた。しかし疑問は残っていた。


「確かに違和感はあったけど、何かがいた様子はなかったわ。それに自分で言ってなんだけど、上にいるかは決まったわけではないのよ」


「どうせ、()()()()認識阻害魔術だ」


 息が止まったようだった。

 認識阻害。その単語は以前にも聞いた。

 脳内を駆け巡る仮説。

 何かが繋がった。


「まさか……スピカの……」

「それはわからん。だが、ロードが何かの魔術で姿をくらましている可能性は高いだろう」


 デトは転がっているオークの死体の近くへと足を運んだ。そして、そいつが握っていたはずの槍を拾い上げた。


 クルクルと片手で回転させながら、水晶玉のある方向へと身体を向ける。

 彼は槍を握る方の肩を大きく開き、片足を上げ、そして―― 一切の力みを感じさせない動きで槍を放った。


 空気を切り裂く破空音。

 直線を描く槍は氷柱を一瞬のうちに貫き、その後ろにいたオークの喉元さえも貫通した。

 祭壇へと真っ直ぐ飛来。水晶玉、一点を狙い、破壊した。

 甲高いガラスの割れる音。その響きはデトたちの耳元まで届いた。


 それは反撃の狼煙を示すもの――の、はずだった。


 デトとベルの顔を斑な光が照らす。

 目に映ったのは何十もの魔法陣。整然とはかけ離れた魔法の光景。地面にも、空中にも至る所に発現していた。


「随分と、派手なことをするな」

「嘘……でしょ」


 それと同時に、鋭利な破壊音を立てながら氷柱の壁が突破された。


 それぞれの魔法陣から猪頭が覗く。

 空中から落下してくる個体が地響きを鳴らし、地面から奴らは迫り上がる。さらに氷柱を破壊してきた魔物どもが押し寄せる。


 四方八方をオークの大群に阻まれた。

 奴らの吐息、熱気、生臭さが充満する。

 ベルの顔から余裕は消え失せた。


 デトは、隣で口を半開きにしながら唖然とするベルを一瞥すると、腰に装着していた片刃の短剣(ナイフ)を取り外した。


「ベル、こいつを持っていけ」


 デトは黒い手袋をはめた手に闇色のナイフを乗せ、ベルに差し出した。


「は?」

「相手は相当な魔術師だ。何かあったらこれを突き立てろ」


 ベルがそのナイフを恐る恐る受け取ると、デトが悠々と出口の方向へと歩き出した。


「俺が道を開ける」


 唸る魔物たちを前にし、一歩も引かずに冷徹な眼光を放つデト。

 威風堂々とした後姿を目にして、彼の真意を読み取る。


「……無理よ。一人でこの量、相手できるわけないわ!」


 彼は背を向けながら、静かに語った。


「全滅よりかはマシだ。それに、死ぬ気なんてさらさらない」


 声はハッキリと、重く、ベルの耳に響いた。

 デトは真っ直ぐに腕を突き出すと、かざした手で視界の先のオークの群れを覆い隠すように、軽く握り込んだ。


「ベル、お前言ったな。ロードの首は自分が取ると。……ならば、行ってこい」


 ベルの目が大きく開いた。デトの言葉が彼女の記憶の中で誰かと重なる。


 彼は目の前で、青く輝く巨大な術式の円を展開した。

 圧倒的な魔力の光を放つその円陣にオークたちが一瞬たじろぐ。


 デトはカッと目を見開いた。青い虹彩が輝きを反射させる。


 円陣から放たれたのは激流。

 デトの髪が後ろになびく。

 勢いよく、一直線に出口へ向かう水流は、オークの巨体を飲み込む。

 その奔流は理不尽に肉体を潰していった。


 デトはもう一方の手で前腕を抑えた。

 青色の円陣に重なり、淡い水色の円陣が開く。

 轟音を立てながらドーム空間を突き抜けようとする水流の渦は、デトの拳が開いた時――


 ――水氷重魔奏すいひょうじゅうまそう冥導路カロン――


 まるでトンネルを形づくるかのように、水流は中心を空けた。


 筒状に成った激流は一瞬にして凍りつき、まさに道を創り出した。

 轟音が鳴り止む。


 デトは手を下ろし、一息をついた。


 狂乱していたオークたちの熱を、暴力的なまでの冷気が瞬時にかき消していく。

 ゆっくり振り向き、茫然とするベルを真っ直ぐ見つめて言った。


「上で合流だ」


 ベルは考えるよりも先に動いていた。

 預かったナイフを握りしめ、走り出す。


 オークたちは動揺し、すぐには動けていなかった。

 その隙に氷塊のアーチを駆け抜けた。

 すれ違った時に見たデトの横顔は、必ずまた会えると確信できるものであった。


 ***


 ベルの足音がデトから遠ざかっていく。

 残されたデトはオークたちの狂気に満ちた殺気を一身に受ける。


「……魔法は疲れるな」


 デトは嵌めていた手袋を取り外した。露わになった彼の人差し指で銀色の指輪がキラリと光る。

 唸り、吠えるオークたち。

 奴らの威嚇にデトは睨みで返す。

 青髪の男は泰然とそこに立っていた。


「来いよ」


 指輪を、外した。


 ***


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