第九話 託すⅢ それぞれの役割
ベルはポーチに魔石を無造作に突っ込むと、深呼吸をする。
「あの水晶玉は〝目〟ってとこかしら」
「だろうな。見えないところに魔術は撃てない」
デトは水晶玉があるはずの方を向いてしばらく見つめた。
「……破壊した方がいいな」
先ほどの発言と矛盾するような言葉にベルは突っかかる。
「何故?」
「お前、ここに入ってくる前、上を見ただろう。もしも上にロードがいるなら、その様子も奴に見られたはずだ」
ベルは息を呑んだ。
自身の目には映らなかったが、あの時敵と相対していた可能性があった。
「あの目を残したまま俺らが踵を返したのなら、居場所がバレたと悟られ逃げられるか、罠を張られるかの二択だ」
デトの推理には筋が通っていた。しかし疑問は残っていた。
「確かに違和感はあったけど、何かがいた様子はなかったわ。それに自分で言ってなんだけど、上にいるかは決まったわけではないのよ」
「どうせ、お得意の認識阻害魔術だ」
息が止まったようだった。
認識阻害。その単語は以前にも聞いた。
脳内を駆け巡る仮説。
何かが繋がった。
「まさか……スピカの……」
「それはわからん。だが、ロードが何かの魔術で姿をくらましている可能性は高いだろう」
デトは転がっているオークの死体の近くへと足を運んだ。そして、そいつが握っていたはずの槍を拾い上げた。
クルクルと片手で回転させながら、水晶玉のある方向へと身体を向ける。
彼は槍を握る方の肩を大きく開き、片足を上げ、そして―― 一切の力みを感じさせない動きで槍を放った。
空気を切り裂く破空音。
直線を描く槍は氷柱を一瞬のうちに貫き、その後ろにいたオークの喉元さえも貫通した。
祭壇へと真っ直ぐ飛来。水晶玉、一点を狙い、破壊した。
甲高いガラスの割れる音。その響きはデトたちの耳元まで届いた。
それは反撃の狼煙を示すもの――の、はずだった。
デトとベルの顔を斑な光が照らす。
目に映ったのは何十もの魔法陣。整然とはかけ離れた魔法の光景。地面にも、空中にも至る所に発現していた。
「随分と、派手なことをするな」
「嘘……でしょ」
それと同時に、鋭利な破壊音を立てながら氷柱の壁が突破された。
それぞれの魔法陣から猪頭が覗く。
空中から落下してくる個体が地響きを鳴らし、地面から奴らは迫り上がる。さらに氷柱を破壊してきた魔物どもが押し寄せる。
四方八方をオークの大群に阻まれた。
奴らの吐息、熱気、生臭さが充満する。
ベルの顔から余裕は消え失せた。
デトは、隣で口を半開きにしながら唖然とするベルを一瞥すると、腰に装着していた片刃の短剣を取り外した。
「ベル、こいつを持っていけ」
デトは黒い手袋をはめた手に闇色のナイフを乗せ、ベルに差し出した。
「は?」
「相手は相当な魔術師だ。何かあったらこれを突き立てろ」
ベルがそのナイフを恐る恐る受け取ると、デトが悠々と出口の方向へと歩き出した。
「俺が道を開ける」
唸る魔物たちを前にし、一歩も引かずに冷徹な眼光を放つデト。
威風堂々とした後姿を目にして、彼の真意を読み取る。
「……無理よ。一人でこの量、相手できるわけないわ!」
彼は背を向けながら、静かに語った。
「全滅よりかはマシだ。それに、死ぬ気なんてさらさらない」
声はハッキリと、重く、ベルの耳に響いた。
デトは真っ直ぐに腕を突き出すと、かざした手で視界の先のオークの群れを覆い隠すように、軽く握り込んだ。
「ベル、お前言ったな。ロードの首は自分が取ると。……ならば、行ってこい」
ベルの目が大きく開いた。デトの言葉が彼女の記憶の中で誰かと重なる。
彼は目の前で、青く輝く巨大な術式の円を展開した。
圧倒的な魔力の光を放つその円陣にオークたちが一瞬たじろぐ。
デトはカッと目を見開いた。青い虹彩が輝きを反射させる。
円陣から放たれたのは激流。
デトの髪が後ろになびく。
勢いよく、一直線に出口へ向かう水流は、オークの巨体を飲み込む。
その奔流は理不尽に肉体を潰していった。
デトはもう一方の手で前腕を抑えた。
青色の円陣に重なり、淡い水色の円陣が開く。
轟音を立てながらドーム空間を突き抜けようとする水流の渦は、デトの拳が開いた時――
――水氷重魔奏・冥導路――
まるでトンネルを形づくるかのように、水流は中心を空けた。
筒状に成った激流は一瞬にして凍りつき、まさに道を創り出した。
轟音が鳴り止む。
デトは手を下ろし、一息をついた。
狂乱していたオークたちの熱を、暴力的なまでの冷気が瞬時にかき消していく。
ゆっくり振り向き、茫然とするベルを真っ直ぐ見つめて言った。
「上で合流だ」
ベルは考えるよりも先に動いていた。
預かったナイフを握りしめ、走り出す。
オークたちは動揺し、すぐには動けていなかった。
その隙に氷塊のアーチを駆け抜けた。
すれ違った時に見たデトの横顔は、必ずまた会えると確信できるものであった。
***
ベルの足音がデトから遠ざかっていく。
残されたデトはオークたちの狂気に満ちた殺気を一身に受ける。
「……魔法は疲れるな」
デトは嵌めていた手袋を取り外した。露わになった彼の人差し指で銀色の指輪がキラリと光る。
唸り、吠えるオークたち。
奴らの威嚇にデトは睨みで返す。
青髪の男は泰然とそこに立っていた。
「来いよ」
指輪を、外した。
***




