第八話 東西の門Ⅰ 乱れる感情
白い衛兵服に胸当てと籠手を身に着けた女性が街を歩いている。一つに結われた薄い金髪を揺らしながら、ベルは活気の戻った人波に目をやった。
——こう改めて見てみると、あの時は人が減っていたのね……
数週間前から続いていた連続殺人事件は、被疑者死亡により幕を閉じた。
だが、蟠りを残す最後に、ベルはここ一週間囚われていた。
石造りの通りを抜ければ、冒険者ギルドが目に入った。立ち止まり、屋根の中央を見上げる。
剣と盾のブロンズ像。この街の象徴のようなその印に、ベルは少しばかり嫉妬をしていた。
ギルドの入り口。見覚えのある少女と、男が出てきた。
あどけなさの残る少女は、濃い金髪をサイドで結っており、二つの刀を左右に納めている。隣に、長めの青髪を後頭部で一つにまとめている長身の男が無機質な顔で並んでいる。
刀を携えている少女がこちらに気づいた。
「あ、ベルさん」
リアが声に出したことにより、デトもベルの方に眼を向けた。
ベルは二人の方へ歩み寄った。
リアたちが出てきた門の奥からは、やかましさの増した冒険者たちの声が聞こえてくる。
「リア、ケガは治ったの」
「本調子ではありませんが、三日ほど前から修行を再開してます」
「そう、良かったわ」
冷たかったかもしれない。少し後悔したが、隣にいるデトの無表情を見れば、自分の返事よりも冷たさを感じる顔をしていた。
「オゼロさんは一緒ではないのですか?」
「あんたらの監視が終わってからは、大体一人よ。ま、元々だけど」
「そ、そうなんですね……」
リアが気まずそうに肩を窄めた。
ベルは黙りこくっているデトの方に顔を向け感情を込めずに言う。
「デト、あんたも変わらずで安心したわ」
「俺は元々怪我なんてしてないからな。安心されることもない」
自分がリアに冷たかったか悩むのが馬鹿馬鹿しく感じ、ベルはため息をついた。
「まあ、あんたら気をつけなさいよ。まだ事件は終わってないんだから」
「言われなくてもわかっている」
「あーそう」
ベルは、デトの横でオロオロするリアに気付いた。
デトにこれ以上何か言っても、面白みのある返事など返ってはこないだろう。
「じゃあ、あたしは見回りがあるから失礼するわ。あんたら、宿代はちゃんと返しなさいよ」
手をヒラヒラと振りながらデトたちに背を向け、再び街を周回し始めた。
***
夕暮れもさしかかり、ベルは東の門へ向かった。
例の事件が一段落ついた後でも、この門は閉鎖されている。
ベルの目的地はその門本体ではなく、衛兵の詰所。
石造りの詰所は城壁に埋め込まれたように、門の横で座している。
ベルはそこの堅牢な扉を開けた。
「戻りました」
「おーう」
聞こえてきたのは渋めの声。中年の衛兵、グレッグが城壁の外側に設けられた窓口の傍に鎮座していた。ベルの方を見ず、新聞をじっと見ていた。
「おかえりなさい」
側方の部屋からオゼロが出てきた。
ベルは腰に差していた剣を外しながら、オゼロに話しかける。
「今日、リアたちに会ったわ」
「おお、そうですか。お元気でしたか?」
「リアはもう動けるっぽいわ。デトの方は相変わらず無愛想だった」
オゼロは頷きながら、満足げな表情を浮かべた。
「探し人も見つかると良いですね」
ベルは眉をひそめた。
「探し人?」
「おや、聞いてませんでしたか? リアさんたちは、ジーク、という人を探しにやってきたそうですよ」
聞き覚えがあった。
「ジーク……って」
しかしその疑問もオゼロによってかき消された。
「それよりも、例の件ですが」
「……何かわかったの?」
オゼロは静かに首を振った。
「死体が残っていませんからね。血液も魔力も調べられず、完全に手詰まりです」
ベルはため息をつき、奥の窓口前で座っているグレッグに目を向けた。
「上はなんて言ってるんですか」
少し大きめな声を出し、グレッグに呼びかけた。
グレッグは二人に目も向けず、ぶっきらぼうに言った。
「この事件はこれで終わりだとよ」
「は?」
声のトーンが落ちた。
夜の空気に消えていったスピカがフラッシュバックする。
——ありえない。スピカのあの死に方……どう考えてもおかしいのに
「裏で誰かが糸を引いてるなんて、何にも証拠がねえ」
「いや、だからそれは……」
ベルが食い下がろうとするが、グレッグは無視して話を続けた。
「そもそも、犯人が屍鬼だとか、吸血鬼だとか、目撃したのはあの場にいた四人だけだ。それすら怪しいんだと」
ベルは言葉を失った。
——あたしだからか?
歯を食いしばった。拳に力が入っていく。
〝これだから女は〟
何度も聞いた言葉が脳裏に浮かんだ。
グレッグは怒りに震えるベルを横目で確認すると、額を押さえた。
「俺はお前ら二人を信用はしているが……今回は何も残ってねえのと、目撃したのが身元の知れねえ、よそ者ってのがな……」
オゼロが肩を竦め、乾いた笑いをこぼした。
「まあ、我々も嫌われていますからね」
ベルは「チッ」と舌打ちをしてそっぽを向いた。
詰所の中に心地の悪い静寂が流れる。
ベルが歪ませた表情で俯く中、背後の扉からノックの音が聞こえた。
そして、扉によりくぐもった男の声が響いた。
「冒険者ギルドの者だ。少々、話がしたい」
オゼロが動き、重い扉を開けると、オールバックの男性がギルド職員の札を示しながら、佇んでいた。
ベルはその男に見覚えがあった。冒険者ギルドにリアたちを連れて行ったあの日に見た、元A級冒険者の指導員だ。
オゼロはドアノブに手をかけながらその指導員に話しかけた。
「なんの御用でしょうか? わざわざ出向かれるなんて」
「込み入った話だ。中に入れてはもらえないだろうか」
オゼロがグレッグに目をやり、グレッグは頷いた。
「では、こちらにどうぞ」
オゼロは手招きをし、指導員は詰所の中に足を踏み入れた。
***
石空間の中で長机を挟み、三人の衛兵と冒険者ギルドからの使者が向かい合っていた。
「冒険者ギルドで新人の指導を担当している、 ギルバルド だ」
その名前に続き、衛兵ら各々が簡潔に自己紹介をすると、ギルバルドは深々と頭を下げた。
「まずは、今回の事件について、謝罪をさせていただく」
ベルたちは顔を見合わせて、その予想外の行動に動揺した。
ギルバルドは頭頂部を見せながら言葉を出す。
「我々ギルドの窓口に立つ者が、あのようなおぞましい凶行に及んでいたとは……。多くの有望な冒険者たちが犠牲になり、街を恐怖に陥れたこと、全くもって弁解の余地もない」
ギルバルドの声はさらに重くなる。
「治安を守る衛兵の諸君には、長きにわたり多大な労力をかけさせてしまった。この失態は……」
「まてまて」
ギルバルドの言葉をグレッグが止めた。
「あんたが謝ることじゃねえ。それに、被害にあったのはむしろ冒険者ギルドの方だ。頭を上げてくれ」
グレッグの言葉を受け、しばし沈黙していたギルバルドがゆっくりと顔を上げた。
その表情に苦渋が溢れていた。
「それにだ。何故ここなんだ。うちは本部じゃねぇ。ただの衛兵の待機場所だ」
「……今回の捜査にオゼロ殿とベル殿が尽力したことを耳に入れた」
ギルバルドの瞳に白髪と金髪の衛兵が映し出された。
「直接御礼を申し上げたく、ここに赴いた。
……オゼロ殿、ベル殿。ギルド職員の凶行を止めていただき、深く感謝する」
ギルバルドが再び頭を下げた。
ベルはあっけに取られた。
本部やあそことは違う、誠実な態度。
唇を噛み締めた。心の中を黒いものが覆うのを感じた。
「……あたしらじゃないわよ」
何故だかその誠意を素直に受け取れない。
「スピカの暴走を止めたのはリアとデトよ。知ってるでしょ。それにもう一週間も経ったわ、謝りに来るには少し遅いんじゃない?」
その声には怒気のようなものが含まれていた。
「おい、ベル」
様子のおかしいベルをグレッグが止めようとするが、ギルバルドが右手をかざしてそれを。
ギルバルドがベルを見てこくりと頷いた。
「遅れてしまったのは本当に申し訳ない。だがやはり、被害者の遺族や関係者へ足を運ぶのが先だと考えたのだ」
ギルバルドの顔をよく見れば、ギルドにいた時よりもくまが濃く、皺が増えている。
きっと、怒号も浴びせられてきたのだろう。
ベルは俯き、膝を握った。
己の言葉を恥じた。
「デト殿とリア君には真っ先に謝罪とお礼を入れた。その時に、オゼロ殿とベル殿なしでは解決の道はなかったと。そう言っていた」
「ほう……デトさんとリアさんが」
オゼロは満足げな表情を浮かべる一方で、ベルは黙りこくった。
額に手を当てて眼をつむった。
——ったく、あたしはガキね
深く呼吸をする。
グレッグは、ベルが冷静さを取り戻したことを確認すると、視線をギルバルドに戻した。
「うちのオゼロとベルにわざわざお礼を言うためにここにきたのか、ギルバルドさん」
「もう一つ」
ギルバルドの目に先ほどとは違った深刻さが宿った。
「厚かましいお願いだが、お二人の誠意を見込んで協力を仰ぎたい」
彼の声にも重さが乗った。
明らかに変わった詰所の空気に全員が息を呑んだ。
「西の森にオークの大群を観測した」
***




