第六話 ご対面Ⅲ 危険の気配
「今日で指導は終わりだ」
リアは指導員の堅い雰囲気に臆することもなくなっていた。
丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございました」
指導員が一歩リアへ近づき、褐色の羊皮紙を差し出した。そこには「指導完了」と書かれ、印が押されている。
「これをスピカ君に渡したまえ」
リアが両手でそれを受け取りまじまじと見つめた。手に収まりそうなぐらいの大きさ。それは思ったよりも小さく、軽かった。
「今日から君は有戦免許を持つ冒険者となるが、何よりも命が優先だ」
リアは指導員の顔を見上げた。その表情はやはり堅いが、その瞳からは慈悲を感じ取れる。
「決して死ぬな」
真剣な言葉に真剣な眼差しで返す。
「はい」
リアは指導員の元を去り、冒険者ギルドの受付へと向かった。
――まずはデトさんに報告だ。
ここから。ここから始めるんだ
受付まで歩いてきたリアは、黒髪の女性を探した。
カウンターの中、黒縁のメガネをした女性がリアに気付き、リアの方へ笑顔を浮かべた。
前髪を上げているからか、その顔はハッキリとリアにも見えた。
「リアさん。終わったのですね」
「はい。これを貰いました」
リアは指導員から受け取った、指導修了証を渡す。
スピカがそれを受け取り、カウンターの後ろの方へと行った。しばらくすると、指導修了証の代わりにわずかに厚みのある札のようなものを持っていた。それはデトの持っていたものと同じ、冒険者証であった。
スピカがそれを差し出す。
「ここにリアさんの血を染み込ませていただきます」
初日にデトがしたように、リアは指先から冒険者証に血を垂らした。
無機質な札が淡い緑色を帯びていく。
「これが緑色のうちは、リアさんの生きている証拠になります」
リアは恐る恐る手を伸ばし触れる。先ほどの紙切れとは違い確かな感触があった。
リア、と名前が載った冒険者証。彼女の名が小さくとも世界に刻まれた。
じんわりと熱くなる胸。掴む指は小刻みに震えている。
高揚していた。
だが、同時に心にしこりが残っていることもわかっていた。
銀色のダガー。ローブの人物。どうしても頭にチラつく。
期待と悔恨の混ざった感情にリアは表情を歪ませた。
冒険者証から目を離さないリアにスピカは微笑みかけた。
「おめでとうございます」
「は、はい。ありがとうございます」
冒険者証を胸ポケットへと入れ、スピカに会釈をした。
「リアさん、この後お時間ありますか」
「そうですね。オゼロさんが来るまでここで待つので、暇です」
スピカが手を合わせて眉をあげた。
「もしよろしければ、一緒にお食事どうですか」
「え……」
「この前のお礼と、ライセンス獲得のお祝いとして」
リアは期待の色が帯びるスピカの目に戸惑い、返事をするのに時間がかかった。
「いや、オゼロさんが……」
「オゼロさんには私から連絡をしておきますので……どうでしょうか?」
スピカの押しにリアは断りきれなくなってしまった。
「わ、わかりました」
スピカの目は輝き、嬉々とした声を出した。
「決まりですね! 着替えてくるので少し待っていてください!」
スピカが周りにいる職員に声をかけて回り、左方の「職員専用」と書かれた扉へと向かった。
リアはその様子を見遂げ、近くの空いている長椅子に腰を掛けた。
胸元に忍ばせた硬さを感じながら、静かに時を過ごす。
冒険者たちの会話は広間に溶けていく。
ギルドは薄暗く、オレンジに色づき始めた。
***
とある酒場。カウンターの内側に数々の酒瓶が並んでいる。木のぬくもりと、差す夕日が絶妙に合わさり、もうすぐ夜だというのに客がいないその空間を彩る。
空の座席が点々とするカウンターの内側、一人の女性が透明なグラスを丁寧に拭いていた。酒場の店主としては若さのある見た目とハリのある声であった。
「怪しい人物?」
酒場の店主がカウンター越しでベルに聞き返した。
ベルは冷静に答える。
「はい。三日前の夕方ごろです」
三日前―― 十二人目の被害者が最後に赴いたのがこの場所だった。
店主は腕を組み、唸った。絞りだしたような声で言う。
「そうだねえ……最近は客も少ないから、そんな奴いたら覚えているはずなんだけど……」
「では、腕の立つ斥候や暗殺術師を見かけませんでしたか」
店主は天を仰ぎ、思い出す仕草をした。
「……いや、いなかったね。確かにそこら辺の役職の冒険者は来てたけど、あいつら腕が立つってほどじゃないからね」
「そうですか……」
ベルは肩を落とした。
横で立っていたデトが一歩前へ出て、不躾に尋ねた。
「その役職でなくてもいい、短剣の扱いに長けた奴を知らないか」
店主はデトを一瞥し、眉を顰めた。
「そんなこと言われてもね……」
すると、店の裏から男性が出てきた。その男性は大きな木箱を抱えながら軽い口調で言う。
「短剣といえば……あの子じゃないか?」
店主の女性はその男性の方を向いた。
「あの子って?」
「ほら、サダルくんのとこの」
木箱を床に置き、腰に手を当てながら伸びをする男性。
店主は眉頭を上げ、思い出したかのように声を上ずらせた。
「あぁ、あの子ね。確かに暗殺術師だったかもね」
ベルが店主と男性の会話に割り入る。
「あの子っていうのは……?」
「この街では有名な暗殺術師だったの。確か、Aランクだったかな? もう冒険者やめちゃったけど」
デトとベルが顔を見合わせた。
「その人は今何をしているか知ってますか?」
男性が答えた。
「冒険者ギルドで働いてるらしいよ」
デトとベルの目が大きくなる。
「受付で見たって人がいるから」
その言葉を聞いた瞬間、デトが体を反転させ、走り出した。勢いよく酒場の扉が開けられた。
「ちょっ!? デト!」
ベルがデトをすぐ追おうと踏み出すが、留まり、もう一度男性の方へ体を向けた。
「すみません。その人の名前はわかりますか」
焦燥感が声に乗っていた。
デトの勢いにあっけにとられた男性はベルの問いに一拍遅れて反応した。
「あ、ああ。 スピカ って子だよ」
「ありがとうございます」
お礼を口に出すときにはもうベルは体を外へ向けていた。
ベルが表に出た。冒険者ギルドの方角を見ればすでにデトの姿は小さくなっていた。
「ああ! もう!」
「ベルさん、どうされたのですか」
デトの向かった方とは逆側から、聞きなじみのある声が聞こえた。
ベルが振り向けば、そこにはオゼロがいた。
「オゼロ……どうしてここに」
「リアさんを迎えに行こうと冒険者ギルドへ向かっていたのですが……何やらものすごい勢いで走るデトさんが見えまして」
「そうよ! リアが危ないわ」
とっくに見えないほど遠くにいるデトを追い、ベルが走り出した。
オゼロは怪訝な声でベルに呼びかけた。
「ベルさん?」
「話は後!」
声を荒げるベルに気圧され、オゼロもベルの背中について行った。
焼けた空の端、夕日が沈み始めていた。
***




