第六話 ご対面Ⅱ 推理
「リアさん。今日は指導最終日ですね」
黒髪に黒ぶちメガネの女性がカウンターの奥で待機をしていた。
「こんにちは。スピカさん」
いつもと変わらぬ冒険者ギルド。粗野な男たちの声の中で、リアとスピカは顔を合わせた。
リアが路地裏で襲われてから二日ほど経った。あれから殺人事件が起こることはなかった。しかし、衛兵らの捜査も難航し、めぼしい人物を見つけることもできていない。
「そういえば、今日もオゼロさんはいないのですね」
「ええ。ですが、ここには来るみたいです。指導が終わったら待っておけと言われました」
「心配性ですね。指導の期間が短くなるほどリアさんは優秀なのに」
柔らかな笑みを浮かべるスピカは、書類を抱えて受付の外へ出た。
「では行きましょうか」
「はい」
――今日が終われば、冒険者になれる。ジークさんを探しに行ける
スピカの後ろでリアは暗い表情をしていた。
無意識に足が止まる。刀に手をかけた。
リアの頭の中で、ジークより先に短剣を持ったフードの人物を思い出した。
自分の重心が崩れ、隙を狙われたあの時。迫りくる死と同時に、自分への失望で体温が下がった。
刀を握る力が強くなっていく。リアの手が小刻みに震えている。
スピカが振り返り、訝しげな表情をする。スピカは、今までにない険しい表情をするリアを見た。
「リアさん……?」
スピカの声にリアは顔を上げた。
「……すみません。行きましょう」
スピカとリアがギルドの奥へと消えていく。
***
街の中。白い衛兵服に、鉄の胸当て、腰に剣を差した女。黒いシャツに小物入れのついているベルトをした男。二人が並んで歩いている。薄く輝く金髪と、瑠璃色の髪がそれぞれの後頭部で結ばれている。
「まったく情報がないわね」
「……だな」
ため息をつき、疲労にあふれたベルとは対照的に、姿勢も視線もぶれず、平然としたデト。
「そこそこやれる斥候と暗殺術師には話聞いたけど……どいつも犯行は無理そうね……」
足取りは重い。
「十二回の殺人全部が可能な奴なんて本当にいるのかしら」
ベルの小言を横に、デトは黙ったままであった。
そのデトをベルは横目で確認し、再びため息をついた。
「あんた……なんか喋んなさいよ。隣にいてつまんないわ」
「別にいいだろう」
ベルは口をとがらせ、不満を表情に出した。
しばし沈黙が流れた。
その沈黙の中、ベルが徐に呟き始めた。
「街も静かになったわ」
ベルの小さな声にデトが目だけをベルに向けた。
「昼間はみんな仕事に出ているから賑やかに見えるけど、夜になったら出歩く人なんて全くいないわ。夜の酒場の灯りも減った」
真っ直ぐであるが、悲壮な声色。
「三日前の殺人からなおさらね。被害者はBランクの中でも特に実力があったらしいわ。それで冒険者たちは完全におびえ切ってる。次は自分の心臓が取られるんじゃないかってね」
デトが足を止めた。眉が下がり、目が鋭くなった。
「心臓が、取られる……?」
急に止まったデトに気づき、少し先でベルが振り向いた。
「あれ? オゼロから聞いてなかった?」
「被害者全員が心臓をやられていると言っていたな」
「そうね。心臓部分が抜き取られたような跡があったのよ。どんな方法でか知らないけど、犯人は初撃で心臓を狙ったことになるわ」
デトは俯き、顎に手を当てた。ベルに聞こえないほどの小さな声でつぶやく。
「短剣で刺し殺しただけじゃなく、心臓を回収……」
弾かれたように顔を上げた。
瞼が開き、青い虹彩が光を浴びる。
ベルは驚いて身を引いた。
「ど、どうしたの」
「おいベル」
自分の名を呼ばれたことに違和感を覚えながらも返事をする。
「何よ」
「犯人が冒険者とは限らんぞ」
ベルが眉をひそめた。
「それはそうかもだけど、冒険者以外に実力者を殺せる人間なんて……」
「そもそも人間じゃない」
「は?」
デトが真っ直ぐ前を見ながら歩き出した。その一歩一歩が重みのあるものだった。
「犯人は 屍鬼 だ」
ベルは口を開けたまま、横を通り過ぎるデトを見つめた。
放心するベルを置いて行き、デトは歩き続ける。
「ちょ、待ちなさいよ」
情報の整理が追いつかないままベルがデトの後を追い、横に並んだ。
「屍鬼って死体を喰う魔物よね。理性を持つ魔人じゃあるまいし、心臓だけ取るなんて行動できるわけ……」
ベルは自然と早口になっていた。
それを遮り、デトが淡々と語り始める。
「普通の屍鬼はな。だが、吸血鬼の成り損ない……なら」
「吸血鬼……」
「ああ、それぐらい知っているだろう。……吸血鬼の血を体に流し、儀式をする。そうすれば、吸血鬼の眷属となり、力を得られる」
「そんな……ことが」
「……が、馴染まなければ肉体は腐敗し始め、屍鬼と成り果てる」
ベルは息を呑んだ。声色を変えず、無表情で語るデトに首筋が冷えた。
「そ、それと今回の事件がどう関係あるわけ?」
「屍鬼はより多くの血を摂取すれば、吸血鬼に進化することができる。もし犯人の目的が単なる殺人ではなく、進化のために血を求めていたのなら……」
「ま、まさか」
「血液のポンプである心臓を抜き出し、それを喰らっていた。そう考えてもおかしくはない」
当初の仮定を大きく覆す理論にベルは声が出なかった。
ベルは口をつぐみ、思考した。顔を曇らせながら歩く。
「でも……血を集めるのに心臓を取るとは限らないんじゃ」
「そうかもな。だが俺は一度、屍鬼が人間の心臓を貪るのをみたことがある」
反論しようにも、その材料をそろえることができなかった。
ベルは唇を噛む。
「……その、進化ってどのくらいの心臓を集めればできるのよ」
「そこまでは知らないが……多くの血を摂取し、満月の光を浴びる、それが条件だ」
「え?」
足が止まった。それにつられてデトもその場に留まった。
「今日、満月よ」
ベルは目を見開きながらデトに顔を向ける。しかし、デトの表情は崩れず、ベルの目を見返していた。
「今夜……動くかもな」
デトの重く、低い声がベルの耳に響いた。
どこからともなく、夜の冷気に似た風が吹いた。
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