第六話 ご対面Ⅰ 会議
「逃げられたぁぁ?」
「ははは……。面目ありません」
宿の一階、一同が集まり、いきさつを聞いていた。
正座させられたオゼロを前に、ベルが仁王立ちしている。
ベルが顔を歪めながらあきれた声を出した。
「リアのこと目を離した上に何やってんのよ」
「いや、ですからそれは……」
ベルがオゼロに鋭い視線を送った。
「事件の捜査してたのは知ってるわよ。なんでリアを一人で帰したかって話!」
「まさかリアさんが狙われるとは思わず……」
「言い訳はいいわよ! だいたいあんたね、実務中に寝坊するとかも……」
ガミガミと文句を言うベルと、弱った表情で言い訳をするオゼロ。その二人をリアとデトは座って見守っていた。
ベルとオゼロの横に中年の男が立つ。
怒れるベルの言葉を止めたのはグレッグであった。
「もういいだろベル。嬢ちゃんもオゼロも無事で戻ってきたんだ」
ベルがグレッグを見た。
「グレッグさん……」
「それにだ。今まで何の情報もなかった犯人と接触できた。これは大きな収穫だ」
ベルはむすっとした顔で黙った。グレッグはベルから、困り顔のオゼロに目を移す。
「それで? さすがに尻尾ぐらいは掴めたんだろうな」
「ええ」
口角を上げて自信の表情を取り戻し、オゼロが立ち上がった。
「今まで痕跡なしで犯行に及ぶことができた理由もわかりました」
オゼロは淀みなくこれまでのことを話し始めた。犯人を覆うローブ、逆手に持つ短剣、そして、風景に溶け込む魔法。ベルとグレッグは真剣な面持ちでそれを聞いていた。
「……以上が僕が得られた情報です」
オゼロがポケットに手を入れた。取り出されたのは黒色の布切れ。
「なんだそれ」
「犯人が付けていたローブの一部です。魔術の痕跡が残っています。おそらくこれに認識阻害の魔術をかけ、気づかれずに接近。被害者たちを一撃で仕留めた」
「それで目撃情報もなにもなかったってわけか」
コクりとオゼロが頷いた。
ベルが疑問を呈する。
「だけどどうして? リアは応戦できたのよ」
突然話題に出され、リアの背筋が伸びた。
「これは推測ですが、魔力に干渉する魔術なのでしょう。リアさんは魔力が弱いとおっしゃっていましたから、魔術の効果が薄かった。ただ、リアさんにもフードの奥はもやがかかったように見えなかったそうです。視覚を直接狂わせる魔術もかけられていたのかもしれません」
「なるほどね……」
三人が向かい合って話す様子をリアは静かに聞いていた。横に座るデトは相変わらずの無表情でカップをすすった。
にわかにデトの口が開く。
「よく無事だったな」
リアは自分の頬を触る。そこには傷口を覆うように張られた布があった。
傷あてのざらつきを指で感じながら、あの時のことを思い出す。
よけ切れなかった初撃。当たらない自身の斬撃。首元まで迫った銀色の刃。
リアは目を細めた。
「無事……ではありません。あの時オゼロさんが来なかったら、私は死んでいました」
デトは目だけをリアに向け、その様子をじっと見ていた。
「私は本当に強いのでしょうか」
リアはその小さい手に力を込めて拳を握った。
デトは黙ったまま。金色の髪に陰る少女の顔が青い瞳に映りこんでいる。
息をつき、リアから視線を外した。
デトが腰を上げる。
「焦るな」
低い声、短い言葉がリアの耳に重く響いた。
だが、唇を固く結び、俯くまま、リアは返事をしなかった。
カップを持ち、デトは一人カウンターの方へ歩いた。宿の主であるアルバと二言三言交わし、その場を去ろうとしていた。
部屋へと戻ろうと階段に足をかけたデトにベルが声をかけた。
「ちょっと。話し合いは終わってないわよ?」
「話をまとめて明日聞かせろ」
冷たい言葉を吐き、デトは階段の奥へと消えてしまった。
「何よアイツ……」
「まあ、デトさんは協力してもらっているだけですから」
「ほっとけ。んで、整理するとだな」
グレッグが手元にメモ帳を用意した。
「犯人はローブに身を包み、短剣を使う。認識阻害の魔術により、被害者の死角へ潜り込んで心臓を奪った」
「隠密行動に優れた斥候か、対人戦闘に優れた暗殺術師と考えられますね」
「じゃあ、明日からはそのあたりの役職の冒険者を探るわ」
グレッグがペンを動かし、会話の内容を書いていく。
「リアさんは何か気づいたことはありますか?」
オゼロがリアに視線を送った。
リアは顔を上げると、三人の衛兵たちに注目されているのに気が付いた。
今日の出来事を回想する。すると、何かに引っ掛かった。
――あれ……? あの時、路地裏に入ったときの血の匂い。どこかで嗅いだことがある気がしたんだけど……思い出せない
考えてもわからない。リアは諦めた。
「特にないです」
一通り書き取り終えると、グレッグはメモを胸ポケットにしまった。
「これでやっと捜査が進むな」
「これも、リアさんのおかげですね」
「でも、もう一人で路地裏なんて行っちゃ駄目よ」
「明日、ギルドと情報を共有しておく」
衛兵らの会話を他所にリアはデトの言葉を反芻していた。
会議が終わると、グレッグは宿を出ていき、リアたちは部屋へと向かった。
小言を言うベル、それを宥めるオゼロの後ろでリアは無意識に首に触れた。
足りない――そのことだけはわかった。
小さな窓から、月明かりが差し込んでいた。
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