第五話 遭遇Ⅳ 視覚
鋭利な爪、青白い肌。伸ばされた掌からは血が滴っている。
そう、掌から。
血が流れ出る元には、刀。
リアは攻撃のその瞬間、体を回転。白銀の刀を鞘から抜き出し、切先を下向きに構え、胸を狙った腕を受け止めた。
腕の主は黒いローブに身を包み、フードを深く被っている。フードの中は黒塗りされたように何も見えなかった。
ローブの人物からは鼻の奥を抉るような血の匂い。
リアは歯を食いしばった。眉間には深くしわがよる。
――コイツが……殺人事件の犯人
腰に納めていたもう一つの黒い刀を握る。
食い止めていた腕を押し除けるように、白銀の刀で弧を描く。胴へ狙いを定めて薙ぐように漆黒の刀を振り切った。
ローブの人物はすぐさま跳び退き、リアから距離を取った。
リアは立ちなおし、フードの奥を睨みつける。
ローブの人物は自分の胸元へと手を滑らせ、黒い布の中をまさぐった。青白い指が見えたと思えば、短剣が握られていた。
手のひら二つほどの長さの剣身。短剣の持ち手に血が付いている。
逆手で短剣を構え、ローブの人物は静止した。
リアも刀を構え直す。
両者が見合い、緊張が最大になった時、仕掛けたのはローブの人物だった。
リアへ向かって走り出し、その距離は瞬時に詰まる。
――速ッ……
短剣がリアの喉を定めて走った。
リアは身体を逸らして回避……しきれずに、刃が頬の下を掠めた。
「クッ……!」
ローブの人物はリアの後方へと流れるように回った。
リアはすぐに正面を向けて対峙する。
血と汗が混じりあい、生温かい気持ち悪さが首まで伝った。
再びローブの人物が前腕を突き出し、短剣の先をリアへと向けた。差し込む夕日が反射し、短剣を柑橘色に染めた。
ローブの人物が動く。軽やかにリアの間合いへ。
短剣が三日月を描きながら、空を駆ける。
襲いかかる刃に刀をあてがい、甲高い衝突音を鳴らした。
逸らされた短剣は軌道を折り返し、別の角度から斬りかかる。
一歩引いた。二度目の剣を避け、空いた懐を狙うように刀を振る。しかし、すでにステップで後ろに退いたローブの人物には当たらない。
攻防は続く。
次々に繰り出される剣技は、リアに体勢を整える暇を与えない。
流水のような攻撃を受けきるので精一杯。
時折のリアの反撃は鋭利な風切り音を奏でるだけ。
ローブの人物は軽快な足使いで周りを舞い、隙がある限りに短剣を振った。
戦闘が続く中、ローブの人物が大きく距離をとった。
その隙を見逃さない。リアは強く踏み込んだ。
風のごとく。
敵との間合いを一気に縮める。
二つの刀を握りしめ、脳天を狙い振り下ろした。
金属音が響く。両刀が短剣に防がれ、カタカタと揺れる。
短剣と刀。互いの武器が、互いの命を狙うと同時に自身を守っている。
リアが刀に体重を乗せたその時、反発力はフッと消えた。
ローブの人物は待っていたかのように武器を引き、体を開いた。
血の気が引いた。
予想外の勢い。リアは制御できず、刀ごと身が前へ投げ出された。
視界に映る銀色の刃。刀を避け、縫うようにリアの首へ。
防ぎようがない、その一閃は――
届かなかった。
喉元まで迫ったその短剣を伝い、腕の方へと追って見た。
その腕を横から伸びた手が掴んでいた。
横を向く。目に入ったのは白い髪、白い肌、白い衛兵服。
口角は上がったままであったが、その目には冷たさを宿していた。
「オゼロさん……どうして……」
「話は後です」
ローブの人物はオゼロの手を振り払った。青白い腕が手元を離れて間も無く、彼の手は自分の剣に触れた。
抜刀—―疾風を伴い、剣筋が描かれる。
ローブの人物は避けようとするが、その剣先にローブの胸元が切り裂かれた。
これまでより大きく間隔を空け、ローブの人物は短剣を握りしめて静止した。
オゼロが切り上げた剣を下ろして息をつく。
「ようやく姿を捉えましたね」
視線は敵の方向へ向けたまま、リアへと声をかけた。
「ところでリアさん。あのローブを被った人間……ハッキリと見えますか」
「え……」
リアは改めてローブの人物を見た。
「顔は黒いモヤがかかったようで良く見えません」
「なるほど。つまりそれ以外はしっかり認識できているわけですね」
リアの頭の中でオゼロの真意を繋げることはできなかった。オゼロの横顔を見て、次の言葉を待つ。
「僕には顔どころか、全てが風景と同化したように映っています」
「は……?」
「おそらく、認識阻害の魔法でしょう。それもかなり強い。注視していれば輪郭を捉えることができますが、視線を逸らせば消え入りそうな感覚です」
オゼロは剣を構えた。その姿は優美であり、堂々としていた。
「なのでリアさん。僕の目になっていただけますか」
息を呑んだ。胃に重くのしかかるその感覚は、初めてのもの。
オゼロの命を背負う。その選択を拒むことはできない。
「わかりました」
ハッキリと答えた。
ローブの人物を凝視したまま、オゼロは小さく頷いた。
閉鎖的な路地で三人の視線が交差する。
ローブの人物が膠着状態を崩した。腕をしならせ、持っていた短剣を投じた。
オゼロの頭に真っ直ぐと飛来する銀色のダガー。彼の視線が短剣に移った刹那、彼の視界でローブが背景に溶けた。
しかし、リアは見逃さなかった。フードの人物は武器を投げた瞬間方向を転換させ、リアたちに背を向けていた。
「オゼロさん! 奥に逃げます!」
オゼロは短剣を弾き飛ばすと、迷いなく走り出した。リアの言葉通りに路地の奥へと駆け抜ける。
「は、はやい……」
たちまち距離が縮まっていく。
オゼロの視界の中、風景が歪む場所がある。
それが段々と大きくなり、その時は来た。
「今です!」
リアの声が響き渡った。
狙いを定めてオゼロは剣を振り下ろす。
空気を切り裂く重い一撃。
風が舞い、砂が吹き上がった。
リアの場所からはオゼロが影になり、ことの成り行きは把握できない。
固唾を飲む。
やがて砂煙の向こうでオゼロの体が起き上がる。
彼の手には裂けたローブの切れ端。
ゆっくりとリアの方へと振り返った。
「逃げられました」
***
第五話 遭遇 完




