第五話 遭遇Ⅲ 誘い
前回同様、リアは宿の一階で一人で座り、静かな時を過ごしていた。しかし、その平穏もとある人物の来訪によって乱された。
宿の戸を開けたのは中年の衛兵、グレッグだった。
「よお、嬢ちゃん。一昨日ぶりだな」
「ど、どうも」
グレッグはキョロキョロとあたりを見回し、リアに問いかける。
「一人か? オゼロとベルはどこだ」
「ベルさんはデトさんと一緒に仕事へ行きました。オゼロさんは上で寝てます」
グレッグは右手で額を押さえ、ため息をついた。
「そういやこの時間はそうか。自分で監視するっつったのによ」
その時、上の階から音が聞こえてきた。そして、しばし待てば笑みを浮かべた白髪の青年が現れる。
オゼロは階段の途中でグレッグを見つけ、そのステップを止めた。
「おや、グレッグさん。おはようございます。どうされたのですか」
「もう昼だ。お前を仕事で呼びに来たんだよ」
グレッグの目と声には真剣な色が宿る。
「また被害者が出た」
オゼロから笑みが消えた。
「なるほど。それで人手が欲しいわけですね」
「ああ。現場は南の門の方だ」
オゼロが階段を下り終えると、リアの方へ歩み寄った。そのころにはオゼロの笑顔が戻っていた。しかし、それはいつも通りではない。目に冷たさが残っていた。
「というわけで。リアさんが指導を受けている間、僕は仕事に行きます」
「はい。わかりました」
「終わる時間は掴めないので、先にここに戻ってきてください」
そのセリフにグレッグは眉をひそめた。あきれたような声で言う。
「おいおい。いいのか野放しにして」
オゼロは自信に満ち溢れたような顔で、グレッグの方へクルリと体を向けた。
「大丈夫です。ここ二日間見てましたが、少なくとも危険な人物ではないです」
オゼロが外の方へと歩き出した。
グレッグは横にオゼロが並んだその時つぶやいた。小さく、しかし重みがあった。
「今、この街は危険だぞ」
オゼロは目をつむり、微笑んだ。
「彼女は強いですよ」
グレッグがリアを一瞥する。眉間にしわを寄せたまま、背を向けた。
「嬢ちゃん。何かあったら、一人で何とかしようとするなよ」
「は……はい」
彼女らを警戒していたグレッグからとは思えない言葉だった。
リアは立ち上がり、グレッグ、オゼロとともに宿を出た。
近くに来たリアにオゼロがそっと言う。
「人気のないところには行かないように」
***
「ありがとうございました」
「うむ。今回もいい動きだった。また明日」
指導を受け終え、ギルドの奥からリアは出てきた。
リアが出てきた瞬間、ギルド内にいた冒険者たちが彼女をちらちらと見始める。
その好奇な目にも、リアは慣れ始めていた。
足早に宿に戻ろうと、受付の横を通り過ぎた。
「あっ、リアさん。お疲れさまでした」
声をかけてきたのは黒縁のメガネをかけた女性、スピカであった。
リアは会釈をした。
「今日はオゼロさんはいないのですね」
「ええ。仕事だそうです」
スピカは「なるほど」とゆっくり頷いた。
「リアさんも気をつけてくださいね。ここ最近、物騒ですから」
「冒険者が狙われてるってやつですよね」
「そうです。そのせいで、ここにいる冒険者たちもピリピリしていて。冒険者になる方も減ったんですよ」
リアは周りで談笑や飲酒をしている冒険者たちを改めて見た。
笑い合うその節目節目、彼らの表情が消える瞬間があるのをリアは見逃さなかった。
リアは刀に手をかけ、スピカの目を見て言う。
「大丈夫です、私は。強いので」
そんな言葉が出てくるのが、自分でも不思議であった。
スピカは眉を上げ、驚いた様子であったが、すぐに笑顔をつくった。
「頼もしいですね」
「では、失礼します」
刀に触れたまま、リアは冒険者ギルドを後にした。
すでに夕方。リアは来た道を戻る。
他に誰もいない、彼女だけで街を歩くのは初めてだった。前を向き、胸を張っている。この三日間で得たものは肉体的な経験だけではなかった。
道ゆく人はまばらであった。初日のあの熱気は感じない。
リアは軽快にレンガ造りの道を辿って行った。
街を進めば、ふと、視線を感じた。視線だけではない、感じたことのない嫌な気配がする。
足を止めずに進んでいたが、その感覚が途切れることはなかった。
――つけられている
リアは足を止めた。刀を握りしめるその手は震えている。
深く息を吸い、思いっきり吐く。
ゆっくりと歩き出し、道の先……ではなく、横の道へとそれた。
高い木造建築の壁に挟まれた閉鎖空間。リアは幅があることを確認した。刀は振り切れる。
人気が全くない。しかし、背後には異物の感覚が付いている。
足音のみが周囲に伝わる。
潮時だと、足を止めた。
全身に心拍が響く。
背中の気配が動いた。ゆっくりと、ゆっくりと近づいてくる。
冷えた空気が吹き荒れ、鋭い気が心臓を刺す。
赤い飛沫が鳴いた。
***




