第四話 密談Ⅰ 囮
「で? 話ってなんだ」
冒険者ギルドの喧騒を厚い木の扉で隔てた、二階の小部屋。
使い込まれた机を挟み、二人の男が対峙していた。窓から差し込む午後の光が、宙を舞う埃を照らしている。
「まあ、そう焦らずに」
オゼロは机に肘を置き、指を組み合わせて身を乗り出す。対するデトは、椅子の背もたれに深く体重を預け、冷めた視線で若き衛兵を見つめ返す。
「この話は内密にお願いしますね。特に、冒険者の方々には」
オゼロの瞳から柔らかな光が消え、代わりに底知れない重みが宿った。
「この街では連続殺人事件が発生しています」
デトは目を細める。
「穏やかじゃないな」
「被害者数は現在11人。そして、被害者は全員……有戦免許を持つ高ランクの冒険者です」
デトが腕を組み、納得したような素振りを見せる。
「なるほどな……あの門番が俺らを入れたがらないわけだ」
オゼロは小さく頷く。
「こちらとしても被害者はこれ以上増やしたくありませんから。僕たちの同行は、あなた方を監視するためでもあり同時に、保護するためでもあるんです」
「余計なお世話だな」
冷たい返事にオゼロはにこりと笑う。
「頼もしいですね」
柔らかい表情が、スッと温度を失った真剣な面持ちへと変わる。
「被害者たちはここを貫かれ、絶命している」
自身の左胸――心臓の位置を、細い指先でトン、と叩いた。
「外傷はそこだけ。熟練の冒険者を一撃で仕留める……相当な芸当です。犯人を捕まえるのは一筋縄ではいかないでしょう」
デトの目に真っ直ぐこちらを向く白髪の青年が映る。
「そこであなたに協力をしてほしい」
「何をしろと言うんだ」
「大したことではないです。冒険者たちに探りを入れて欲しいんですよ。」
「冒険者の中に犯人がいると?」
「我々はそう見ています」
オゼロの指先が、机の上をトントンと規則正しく叩く。
「実力者たちの隙を見つけ、一撃で仕留める……同じ冒険者ならば可能でしょう」
「筋は通っている」
「衛兵の我々では警戒されます。だからこそ、頼みたい。元Bランクのあなたに」
「ランクは関係ないだろう」
「いいえ。重要です。犯人と接触すれば狙われる可能性があります。元Bランクという実績があり、神秘の大森林を抜けてきたあなたならば……」
オゼロが不敵な笑みをこぼす。
「たとえ襲われても、簡単にはやられはしないでしょう?」
「囮ってわけか」
「いやいやそんな…。ただ、尻尾を出すきっかけになってほしいとは思っています」
悪びれもせず言い放つオゼロを、デトは無言で睨みつけた。
オゼロは怯むことなく返事を待つ。
「……いいだろう。だが、闇雲に動いても時間の無駄だ。他に手掛かりはないのか」
「それが……本当にないんです」
オゼロは肩をすくめてみせた。
「犯人の痕跡はなく、目撃者も皆無。我々だけでは、これ以上捜査が進展しないんですよ」
「全く……面倒だな」
オゼロはパン、と手を打ち、椅子から立ち上がった。
「さ。話は終わりです。下でリアさんたちを待ちましょうか」
ドアノブに手をかけ、オゼロは横目でデトを見る。
「期待していますよ」
***
「あれ。早かったですね」
予想以上にすぐ戻ってきたリアたちにオゼロは眉を上げた。
「オゼロ、この子すごいわ」
ベルが信じられないものを見た、という顔で言った。
「すごい……というのは?」
「ここの指導員から一本取ったのよ」
「ほう……」
オゼロは目を細めて笑い、デトに告げる。
「有戦免許の指導員は、元Aランクの冒険者が務める決まりでして……。並大抵のことでは一本なんて取れませんよ」
「あの堅物が冷や汗かいて固まってたわ」
***
訓練場の端で腕を組んでいたベルは、これからの立ち合いを静かに見つめていた。
「それでは始めましょう」
「は、はい」
対面した男性の指導員には一本、リアの手には二本、木で作られた模造の剣が握られていた。
剣を構え、指導員の様子をうかがう。
リアが一歩踏み出した直後、空気が裂け、二人の距離は一瞬にして詰まる。
一直線、と思われた。
しかし、直線が折れ、影が横へ滑る。
指導員の側面からリアの木剣が彼の胸元を襲う。
即座に指導員は木剣をあてがい、これを受け止めた。
甲高い衝突音が響き渡る。
「これは中々……」
指導員は押さえたリアの木剣を振り払い、すぐに切り返して空いた懐を狙う。
退くリア。
軌道に乗った木剣は無を斬るだけだった。
両者、体制を整え、再び剣を構え直す。
指導員は力強く踏み込み、自ら間合いを縮めた。
その動きに淀みはない。
リアの頭上には無慈悲にもすでに剣が迫っていた。
速い――そのはずだった。
熟練の剣撃よりも素早く、そして軽やかに剣を振るう影が彼の剣筋をくぐり抜ける。
指導員の剣が振り切られた。
だが、その時にはリアの剣が指導員の首に触れていた。
「ぬかったか……」
一部始終を見ていたベルは組んでいた腕を解き、目を見開いた。
「嘘でしょ」
***
興奮気味に語るベルの隣で、リアは自身の掌を見つめ、先ほどの手応えを思い出していた。
あの時、指導員の首元にあてた剣は震えていた。
しかしそれは恐怖ではない。
荒い呼吸の中、リアの胸の奥が熱く灯った感覚が今もなお残っていた。
「流石だな」
その意外な一言に顔をあげる。表情を変えず、感情の起伏を見せないデトから発せられたセリフとは思えなかった。
「あ……ありがとうございます」
再びリアは視線を逸らし、頬を赤くした。
「それでは、リアさんのこの先の指導は免除ですか?」
「いや、あくまで対人での実技が終わっただけよ」
ベルは手を振り、否定する。
「他に何をやるかは知らないけど、教えなきゃいけないことはまだあるっぽいわ。んで、それやんなきゃライセンスは取れないって規則なわけ。ま、リアなら実技は全部瞬殺でしょうけど」
なるほど、とオゼロは頷いた。
ベルが思い出したというような顔をした。
「そういえばなんだけど、こいつらって今日どこに寝泊まりするの? 見張りって名目なんだから、あたしらもそこにいなきゃダメよね」
オゼロが顎に手を当てて唸る。
「そうですね……。我々の宿舎は空きがないですし、どこかの宿をとりましょうか」
「デト……だっけ、お金はあるの?」
デトは静かに首を横に振る。
「どうすんのよ……」
呆れた表情をするベルに、オゼロが人差し指を振る。
「なんの、ベルさん。宿代の立替は我々がすれば良いでしょう」
「はぁ? なんであたしらがそこまで……」
「もちろんあとでお金は返してもらいますよ。デトさんには《《仕事》》も頼んでますし……」
顔をベルに近づけ、オゼロは耳元で囁いた。
「彼らをここに留めておく理由にもなります」
小さな声ではあったが、リアにも聞こえていた。わざと聞こえるようにしていたのかもしれない。
オゼロはギルドの出口に向かって歩き出す。
「それでは、行きましょうか」
***




