第三話 到着Ⅲ 冒険者ギルド
ギルドの中は広々とした空間が広がっていた。
並べられた無数のテーブルと椅子を埋め尽くすように、大勢の冒険者たちが談笑したり、昼間から酒を煽ったりしている。
荒々しい冒険者たちの熱気とは対照的に、ホールの奥、正面の突き当たりにあるカウンターには、制服姿の職員たちが静かに佇んでいた。
泥にまみれた無骨な冒険者たちの中で、制服に身を包んだ衛兵の姿は異質なほどに浮いていた。
周囲の視線が、一斉にリアたちへ突き刺さる。
「ほら、あそこが受付よ。……さっさと済ませなさい」
ベルが顎先でカウンターを指し示す。リアは肌を刺すような無数の視線に肩を震わせ、無意識にデトの影に隠れるようにして歩み出た。
カウンターの向こう側、眼鏡をかけた女性職員が、淡々と事務作業をこなしていた。
デトとリアに気づくと、オゼロたちのほうをちらと見て、不思議そうな顔をする。しかしすぐに笑顔をつくった。
「こんにちは。冒険者ギルドへようこそ。何か御用でしょうか」
「新しく冒険者の登録を頼む」
デトの声は、騒がしいギルドの中でも驚くほど低く、明瞭に響いた。女性職員は手早く書類を用意する。
「お二人での登録でよろしいですか?」
「ああ」
「魔物討伐など、戦闘を伴う依頼の受注が可能な『有戦免許』の発行もご希望でしょうか」
「ああ、二人ともだ。それと、これを」
デトはカウンターに、先ほど門番に突き返された自らの古い冒険者証を差し出した。
「ボーテス発行のものだ。まだ記録が残っているかはわからんが」
「元冒険者の方でしたか。少々お待ちください」
女性職員はデトの冒険者証を受け取り、カウンター横に設置された水晶盤の上に、何も書かれていない紙と並べて置いた。その様子を、少し離れた位置からオゼロが興味深げな瞳で見守っている。
女性は水晶盤に手を置くと、白く光り、用紙に文字が浮かび上がっていった。 光が落ち着くと女性は浮かび上がった文字を指でなぞり言う。
「デト様。有戦免許 をお持ちで、最終の記録はBランク。」
職員が事務的に告げたそのランクが聞こえた範囲で、波紋のようにざわめきが広がった。
「……おい、今Bって言わなかったか?」
「あの若さでか。どこの街の回し者だ」
――やっぱり、デトさんってすごい人なんだ
リアにはランクが何を意味しているのかわからなかった。しかし、さっきまで自分たちを余所者として見ていた人々の眼差しが、一瞬で鋭い警戒と驚きに変わったことだけは敏感に感じ取っていた。
第二の師とも呼べる存在が、これほど多くの人間に影響を与える実力者であったことに、リアはどこか誇らしい気持ちになっていた。
「ボーテスのギルドでお仕事をされていたようですね。記録がまだ残っていたみたいです」
「引き継ぎはできるか」
「最終のお仕事から二年ほど経過しているので、規定により降格とはなりますがよろしいですか?」
「構わない」
「それでは、デト様をCランク冒険者として登録させていただきます」
受付の女性は新たな用紙を取り出し、情報を書き出す。そして、デトの前に針のついた小道具とその用紙を差し出す。
「こちらの用紙にデト様の血をお願いいたします」
受付嬢のその言葉にリアは目を丸くした。思わず近くにいたオゼロに小声で尋ねる。
「紙に血を垂らすんですか」
「ええ。冒険者証は身分証になりますからね。血はその人物を示す、確実な情報ですよ。正式な証明書を作成する方法によくあります」
デトは迷うことなく、親指の腹に針を刺した。
滴った血液が用紙に吸い込まれると、紙は生き物のように褐色を帯びて変色していく。
受付嬢は用紙を回収し、再び水晶盤に乗せる。先ほどと同じように手を乗せ、白く光る。
冒険者証に書かれていた、Bの文字が消え、Cの文字へと変わった。
「はい。デト様の登録は完了いたしました」
デトは新たな冒険者証を受け取り、受付の前から退いた。
「中々の実力者ね」
「ええ、実に楽しみです」
オゼロとベルの会話をよそに二人の横に付いたデト。周りの冒険者の注目も気にする様子はない。
「では、そちらのお嬢さんこちらへ」
デトに代わってリアがカウンターの前に立った。差し出された用紙に、慣れない手つきで名前を記入していく。
「リア様ですね。冒険者の登録は初めてですか?」
「は……はい」
周囲の視線に萎縮し、おどおどと答える彼女を前にして、受付嬢の表情が少しだけ和らいだ。
「それでは、冒険者の説明を軽くさせていただきます。冒険者の仕事は、主にギルドに提出された依頼をこなすことです。依頼に応じた報酬が支払われます。
ただし、依頼の中には戦闘が伴うものがあります。そのような依頼を受けるためには有戦免許が必要になり、取得には数日かかります」
「えっ!?」
リアは思わず声を上げ、すぐに口を手でふさいだ。その様子を見た周りの冒険者たちがクスクスと肩を揺らす。リアは恥ずかしさで肩をすぼめた。
「命に関わるので、指導を受けていただかないといけないんですよ」
「そ、そう、ですよね……」
――これじゃ、すぐにジークさんを探しには行けない
落胆するリアを見て、受付嬢は苦笑いをした。
「リア様は魔法などをお使いになりますか?」
その単語を聞いた瞬間、リアの背筋に冷たいものが走った。
「い、いえ……あまり……。魔力が少々、弱いので。つ、使わないというか、使えない、というか……」
冷や汗が頬を伝い、言葉が喉に張り付く。
デトのように堂々と嘘をつけたらどれほどよかったか。
挙動不審な様子を、自身を恥じていると受け取ったのか、受付嬢の声が一段と柔らかくなった。
「そうですか。そのような方はたくさんおられるので大丈夫ですよ。魔力が弱くとも、剣技や他の技術で活躍されている方もいらっしゃいますから」
その言葉に、リアは格段の居心地の悪さを感じた。
周囲の人間に値踏みするように注目されているからなのか、それとも嘘をついてしまったからなのか、リアの体温は急速に下がっていく。
彼女が抱えているのは弱さではなく欠落なのだと、知っているのは隣に立つデトだけだった。
「それでは、リア様は前で戦う近接タイプというわけですね」
「そうです。刀を使います」
「刀ですか……珍しいですね。このあたりではあまり見かけない物です」
受付嬢は手元の用紙にスラスラと情報を記入し、手際よく資料をまとめた。
「それでは早速、奥の訓練場で指導を始めさせていただきますね。デト様も付き添われますか?」
デトが返事をする前に、オゼロが手を挙げる。
「あ、デトさんとは話があるので残ってもらえますか。」
デトの青く鋭い眼光がオゼロへ向けられる。
「んじゃ、あたしがついていくわ」
ベルがリアの背後に回った。
「では、こちらへどうぞ」
受付嬢に促されるまま、リアはベルと共にギルドの奥へと続く重い扉をくぐった。
ちらっと背後をみれば、不気味な笑みを浮かべるオゼロと、彫像のように動かないデトが取り残されていた。
***
第三話 到着 完




