第三話 到着Ⅱ 進入
扉が開かれる。オゼロは片手でそれを押さえ、デトとリアを街の中へと促した。
リアはおずおずと一歩を踏み出し――次の瞬間、視界に飛び込んできたその圧倒的な生の奔流に目を奪われた。
時刻は昼を回り、太陽は天頂にある。巨大な城壁の足元、普通なら影に沈むはずのその場所も、真上から降り注ぐ陽光によってすべてが鮮明に照らされていた。
密集する建物、行き交う人々の熱気、馬車の車輪が石畳を叩く音。城壁の外から思い描いていた陰鬱な街の雰囲気とは真逆の活力。
初めて目にする光景に、リアはただ圧倒され、立ち尽くしていた。
「どうですか、活気があって良いでしょう。この街は神秘の大森林が近いですからね。腕に自信がある冒険者が集まるんですよ。もちろん、ここから冒険者になる人もいます」
オゼロは呆然とするリアの横まで歩み寄り、自信ありげに言った。
四方八方へ行き交う雑踏の中で一人、流れに逆らうように動かず、こちらを見ている人物がいた。
リアと歳が近そうな少女。オゼロと同じような白い衛兵服の上に鉄の胸当てと籠手を纏い、腰には剣を帯びている。 少女と呼ぶには鋭く、凛々しい佇まいだった。
光を反射して輝く金髪が揺れた。
「オゼロ、怪しい人物ってのはその二人?」
衛兵の女がこちらにずかずかと歩いてくる。
「ベルさん。失礼ですよ」
ベルと呼ばれたその女は、不満そうな顔で三人の前で止まった。
「まったく、こんなときに外から人間を入れるだなんて。ましてや冒険者。挙句、見張りをしろとか……」
ぶつぶつと文句を言うベルを、オゼロは困った表情で宥める。
「まあまあ……。事情はグレッグさんから伝えてもらっているんですよね」
キッ、とオゼロを睨みつけ、彼女は直接文句を言う。
「ええ。怪しい奴らにオゼロが興味を持ったから見張れってね。あのオヤジも人使いが荒いわ」
「あはは……。ベルさんに任せるって言ったら了承してくれたんですよ。信頼されている証拠です」
「厄介払いしたかっただけでしょ」
ベルは深いため息をついた。
オゼロはベルの横へ立ち、リアたちに体を向け直した。
「こちら、僕と同じでこの街の衛兵をしているベルさんです」
「どーも」
ぶすっとした顔で軽い返事をしたベルに、オゼロは苦笑いをした。
「デトだ」
「リアです」
リアは少しばかり安堵した。初対面の時のデトよりはやりやすそうだ、と。
「まったく、陰気な奴らね。……行くわよ。オゼロは二人の後ろに付きなさい」
「どこに行くんだ」
身を翻し、歩を進めようとするベルにデトが疑問を投げかける。すると、ベルは首だけをこちらに向けて呆れた顔で言う。
「あんたら冒険者なんでしょ? なら最初に行く場所は決まってる。冒険者ギルドよ」
ベルは再びリアたちに背を向ける。結われた髪が揺れた。
敬意の全くないベルの態度に、リアは幾分か不機嫌になった。
「あの女、態度悪いですね」
「少しな」
「あはは……悪い人ではないんですけどね……」
デトとリアはベルの後ろを追い、オゼロがそれに続いた。
八百屋、武器屋、雑貨屋、服屋……舗装された道を歩きながら、様々な建物を通り過ぎていった。
衛兵に挟まれる二人の男女。街行く人々からの視線を奪うには十分に目立っていた。
そんなことはお構いなしに、デトとリアの背後から柔らかな声色で話しかけるオゼロ。
「お二人は神秘の大森林から来られたんですよね」
「ああ、そういうことになるな」
「では、二足歩行の怪物に出会いませんでしたか」
その言葉にリアの思考が凍りついた。
――きっと、あの地龍のことだ
脳裏に焼き付いたあの姿。大地を踏み締め、赤眼で見下ろす漆黒の怪物。
いまだにあの時の恐怖が抜けない。リアは小さく身震いをした。
そんなリアには構わず、デトは歩く速度を変えずに平然と答えた。
「二足歩行の怪物……とだけ言われてもな」
「ここ最近、あの森に入って引き返してきた冒険者から聞いたんですよ。見た人間たちは皆、すぐに逃げてきたらしいのでシルエットしか情報がないんですが……確か、黒い――」
「ちょっと、オゼロ」
無言で歩いていたベルが足を止めてオゼロの言葉を遮った。
「ここは街中よ。余計なことを喋らないで」
「ああ、そうですね。すみません。無駄な噂が立つところでした」
「そんなことよりも、もうすぐ着くわよ。ほらあそこ」
ベルの指さす先に大きく、荘厳な建物が見えた。
まるで要塞のように分厚い石壁と、鉄で補強された柱。屋根の中央には、剣と盾を交差させた巨大なブロンズ像が陽光を反射して輝いていた。
入り口には扉がなく、巨大なアーチが来る者を飲み込むように口を開けている。中から漏れ聞こえる怒号にも似た喧噪が、ここまでの距離でも肌に伝わってきた。
その威容から目が離せず、リアの足が止まった。
「リアさん、行きましょう」
遅れたリアに、オゼロが声をかけた。
「……はい」
一行は建物へと歩みを進め、その巨大なアーチへと吸い込まれていった。
血の匂いがリアの鼻を刺した。
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