ランゲンブルグ公爵
この場にいるすべての人達の視線が、ランゲンブルグ公爵に注がれていた。
もう、逃げ場などない。
娘でさえも、父であるランゲンブルグ公爵に厳しい視線を向けていたのだ。
「……ジュリアのためだったんだ、すべて、彼女のためにやった」
ランゲンブルグ公爵の亡き妻ジュリアは代々続く魔法使いの家系で、魔法によって生活が豊かになることを望んでいたという。
王都ディアマンテが魔法で溢れ、人々が笑顔で暮らす。
そんな未来を夢みていたらしい。
「ジュリアの夢を、叶えたかった。亡くなってしまった、彼女の代わりに……!」
何をしてでも。
ランゲンブルグ公爵はどこか遠い目をしながら言った。
「私情が入っていて申し訳ないのだけれど、この計画は今後も推し進める」
「お父様、何をおっしゃっていますの?」
「もうあとには戻れない! なぜならば、私は王太子殿下の命を握っている!」
もしも計画を止めるようなことをすれば、王太子の命を奪うと宣言した。
「少しでも変な行動を見せてみろ! 魔法が発動して、あっという間に王太子殿下の命を奪って――!!」
ランゲンブルグ公爵の肩を気やすく叩く女性が現れた。
つばの大きな三角帽を被った、黒衣の女である。
「お前は!?」
「元気そうだな、ランゲンブルグ公爵よ」
帽子を軽くあげ、にっこり微笑む美しい女性に、マリエッタは見覚えがあった。
「魔女エリー・ロードだわ!!」
つい口にしてしまう。すると、ランゲンブルグ公爵の顔色がみるみるうちに悪くなった。
「どうしてここにいる!?」
「契約を破棄したから、そのお知らせにやってきただけだ。気持ちよく王太子の命を握っているなんぞ話していたようだが、その魔法はすでに解かれているぞ」
「なっ――っ!! 金は、十分払ったはず!?」
「貰った金分は十分働いただろうが」
「ならなぜ、新たに請求しなかった!?」
「これを貰ったからな」
魔女エリー・ロードはランゲンブルグ公爵の目の前に、一枚の葉っぱをひらひら動かす。
「なんだ、それは!?」
「世界樹の葉だ。これさえあれば、私が望む秘宝を百年分も作れるという、希少なものだ」
長年、喉から手が出るほど欲していた物でもあるという。
「そのような葉っぱ一枚で、裏切ったと!?」
「ああ、そうだ。この世界樹の葉は、どんなに金を積まれても、手に入る物ではないからな」
踵を返し、去ろうとする魔女エリー・ロードを、ランゲンブルグ公爵は引き留める。
「おい、死者を生き返らせる話はどうした!?」
「ああ、その話だが、言わせてもらおう。仮に肉体が生き返ったとしても、魂までは戻らないからな。まったくの別人だ」
「それでも、ジュリアに完成した魔法都市を見せたいんだ!!」
「もうそれは亡き者の望みではなく、お前の自己満足とも言えるだろう。それに気づけないとは、愚かな……!」
ランゲンブルグ公爵が手を伸ばしたが、魔女エリー・ロードはこつ然と姿を消した。
おそらく転移魔法で移動したのだろう。
ランゲンブルグ公爵は膝から頽れる。
そんな彼を見下ろす者がいた。
「ああ、王太子殿下……」
「恥を知れ」
その言葉が合図となり、ランゲンブルグ公爵は国王陛下の親衛隊に拘束される。
同じように、アンハルト侯爵やビュッセル伯爵、ゴーン伯爵も捕まっていた。
彼らの娘達は、ただただ冷静に父親が連行される様子を見つめる。
マリエッタは傍にいたゾフィアの手を握り、大丈夫だからと声をかけた。
すると、ゾフィアは強い眼差しを向けながら、頷いたのだった。
◇◇◇
ランゲンブルグ公爵が逮捕されるという事件から数日経った。
事情聴取により、さまざまなことが明らかとなったという。
ランゲンブルグ公爵が王太子に付け入るようになったのは、ディディエの才能が周囲に認められるようになった頃かららしい。
すっかり自信をなくし、自暴自棄になっていた王太子に暗示効果のある魔法を魔女エリー・ロードにかけさせ、ランゲンブルグ公爵がディディエの暗殺をしたと思わせるように仕向けたという。
暗殺を実際に実行し、王太子がやったように見せかけたのもランゲンブルグ公爵だったようだ。
なぜ、そのようなことをしたのか。
ランゲンブルグ公爵にとって、娘ゾフィアが想いを寄せるディディエの存在が邪魔だったらしい。
ゾフィアには王太子と結婚することを望んでいたという。
娘を溺愛するあまり、王太子との結婚を強く勧めることができず、ディディエを亡き者にすれば諦めると思っていたようだ。
晩餐会での暗殺未遂事件も、ランゲンブルグ公爵が計画したものだった。
魔法開発事業は当然ながら中止となり、これ以上進めることはないと国王陛下が発表した。
また魔力消費に無理が生じる部分は、解体を始めるという。
ランゲンブルグ公爵が始めた壮大な魔法都市計画は、あっさり頓挫したのだった。




