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第11話 織田軍壊滅、激流を呼ぶ一撃

第11話、決戦クライマックスです!

背水の陣となった織田軍。陸の水工学トラップが、濁流とともに炸裂します!

ズドオオオオオオオオンッ――!!

 神崎陸が振り下ろした大槌が中央の巨木楔を叩き折った瞬間、天地を引き裂くような轟音が渓谷に鳴り響いた。

 数十万立方メートルの水圧に耐えていた蛇籠と木杭の堤防が、中央から真っ二つに裂け散った。

「陸殿、早く崖へ!」

 樋口与六の叫び声に応じ、陸は柿崎景家の太い腕に抱え上げられ、背後の岩棚へと飛び退いた。

 次の刹那――黒々とした巨大な水壁が、怒り狂う巨竜のごとく白煙を上げて解き放たれた。

 ゴオオオオオッ! という山鳴りと共に、岩を噛み砕き、大木をへし折りながら、人工の鉄砲水が落差千メートルの手取川の急勾配を狂瀾怒濤の勢いで駆け下っていった。

「やった……! 流れたぞ! 四十里の激流が下流へ直撃する!」

 柿崎が歓声を上げ、陸は息を切らしながら松任城の方角へ合図の篝火を高く掲げさせた。


 その頃。数里下流の手取川渡河地点。

 川幅いっぱいに浅瀬を渡っていた織田軍主力三万の足元で、異様な地響きが始まった。

「ん……? 何だ、この音は?」

 馬上で指揮を執っていた柴田勝家が眉をひそめた。

 川底の小石がチキチキと激しく擦れ合い、水面が逆巻くように波立ち始める。

 そして――漆黒の夜の闇を破って、上流から現れたのは、高さ三丈(約十メートル)にも及ぶ泥と巨木の濁流の壁だった。

「な……何だあれはッ!?」

「水だ! 山から津波が押し寄せてくるぞおおおッ!!」

 兵たちの絶叫が夜空に木霊した瞬間、濁流が織田軍の渡河部隊を正面から呑み込んだ。

 ドガアアアアアンッ!!

 激流の凄まじい衝撃波が、川に架けられていた数十の浮橋を一瞬にして木端微塵に粉砕した。

 流速毎秒十メートル。時速三十キロを超える濁流の破壊力は、重量数十トンの岩石をも軽々と押し流す。川の中にいた数千の人馬、食糧を積んだ荷車、弾薬箱が、木の葉のように激流に揉まれ、翻弄された。

「鉄砲を撃て! 撃ち返せ!」

 佐々成政や前田利家が叫ぶが、頭上から泥水を浴びせられた火縄銃の火縄はことごとくジュッと音を立てて鎮火した。革袋の中の黒色火薬は泥水を吸ってヘドロと化し、三千挺を誇った最新鋭の鉄砲隊は、ただの重い鉄の棒へと成り果てた。

「おのれ……! 退け! 南岸へ退却せよ!」

 柴田勝家が狂乱して叫ぶが、川の水深は瞬く間に二丈(約六メートル)を超え、渡ることも戻ることもできない。重い南蛮甲冑を着込んだ織田の武士たちは、鎧の重みで次々と川底へと引きずり込まれていった。

 そして――阿鼻叫喚の地獄と化した対岸に、一条の銀光が閃いた。

「毘沙門天の御加護は、常に我らと共にあり!」

 松任城の城門が開き、白馬に跨がった長尾景虎率いる越後本隊二万が、濁流の北岸へ躍り出た。

 白縮緬の陣羽織を翻し、抜身の長刀を天に掲げたその姿は、まさに夜闇を切り裂く軍神の降臨だった。

「敵は戦意を失い、武器を濡らして進退窮まれり! 越後のもののふたちよ、かかれえええッ!」

「おおおおおおッ!!」

 生石灰の舗装道路を疾走してきた越後の精鋭部隊が、川岸に取り残された織田軍の陣列へ側面から猛然と突撃した。

 鉄砲を失い、濁流で隊列を崩された四万の大軍に、もはや抗う術はなかった。

 長尾軍の槍衾が織田の防衛線を紙のように引き裂き、名だたる勇将たちが次々と討ち取られていく。

 柴田勝家は命からがら敗走し、羽柴秀吉も自軍の兵を見捨てて逃亡。手取川の激流は織田兵の屍と武具で埋め尽くされた。

 史実において信長を震撼させた【手取川の戦い】は、神崎陸の水工学によって、織田軍の歴史的壊滅という完全無欠の大勝利として結実したのだ。


 翌朝。雨が上がり、手取川の向こうから黄金色の朝陽が昇り始めた。

 松任城外の川岸には、越後軍の天地を揺るがす勝鬨が響き渡っていた。

「勝ったぞおおおッ!」

「織田の鉄砲隊を皆殺しにしたぞ! 天下無敵の上杉軍だ!」

 歓喜に沸く兵たちの間を、上流の堤防から馬を飛ばして駆けつけた陸が歩んでいた。

「陸殿!」

 泥まみれの与六が、満面の笑みで駆け寄ってきた。

「織田軍は総崩れ、敵の首級千余、鹵獲した鉄砲は二千挺を超えました! 越後軍の損害は極めて軽微……奇跡の完全勝利にございます!」

「よかった……これで、越後を脅かす敵はいなくなったな」

 陸が安堵の息を漏らしたその時、前方の人波が割れた。

 現れたのは、白馬から降り立った長尾景虎だった。

 白銀の髪を朝陽に輝かせ、黒漆の胴に差した愛刀を納めた姿は、神仏の像のように荘厳で、美しかった。

 彼女は陸の姿を捉えると、張り詰めていた軍神の顔を綻ばせ、一人の無邪気な少女のように駆け寄ってきた。

「陸……!」

「景虎様、ご無事で――」

「陸! そなたのおかげだ! そなたの知恵が、四万の敵を水泡に帰せしめたのだ!」

 景虎は陸の両手を強く握りしめ、紫水晶の瞳を潤ませて微笑んだ。

「余らは勝ったのだ。そなたと共に、日ノ本の天下を――」

 そう言いかけた、まさにその瞬間だった。

「あ……ッ!?」

 突如として、景虎の言葉が途切れた。

 彼女の紫水晶の瞳孔が、恐怖を覚えるほど急激に大きく開いた。

「か、景虎様……?」

「あ……あたまが……あたまが、熱い……割れる……ッ!」

 少女の細い指先が、自らの後頭部を鷲掴みにした。

 白皙の額に、ドクドクと脈打つ紫色の血管が異様な太さで浮き上がる。激戦の興奮、血圧の急上昇、そして長年の塩分蓄積が引き起こした血管障害の時限爆弾が、極限に達していた。

「う、ああああっ……!」

 喉から掠れた悲鳴が漏れ、景虎の膝がガクガクと崩れ落ちた。

「おい! 景虎様ッ!」

 陸が咄嗟に抱き止めたが、彼女の身体はまるで落雷を受けたかのように激しく痙攣していた。口の端から白い泡がこぼれ、紫水晶の瞳は焦点を失って白目を剥いている。

「景虎様ッ!? どうされたのですか!」

 与六と柿崎が悲鳴を上げて駆け寄る。

「軍神様が……毘沙門天の化身様が、昇天される……!?」

 周囲の将兵たちが蒼白になり、絶望に打ちひしがれて膝をつく。

 だが、陸の頭脳は、極限のパニックの中で冷徹に病名を叩き出していた。

(急性脳幹出血……あるいはクモ膜下出血の発症だ! 史実の死因が、今ここで起きているのか……!?)

 四十八歳で急死するはずだった軍神の宿命が、歴史の歪みによって十七歳の今、引き金を引かれようとしていた。

「狼狽えるな! 身体を揺らすな!」

 陸の怒声が、取り乱す家臣たちを叩きのめした。

「与六、人を遠ざけろ! 息ができるように風を通すんだ! 柿崎殿、雪解け水の氷と清潔な布を大至急持ってこい! 俺の荷駄から救急の薬箱を運べ!」

 陸は腕の中で激しく震える少女の頭を抱え、耳元で強く囁きかけた。

「景虎……神として死ぬことなんて絶対に許さない。お前を、生身の人間の女の子として必ず生かしてやる!」

 陸の手が、景虎の首筋の脈拍を強く抑え込んだ。死神の鎌が、軍神の命の炎を刈り取ろうと迫っていた。生か死か――現代の知識と戦国医療のすべてを懸けた、最後の戦いが始まろうとしていた。

【土木・兵站ミニ解説:霞堤(かすみてい)と放水路の軍事利用】

堤防をあえて不連続にし、洪水時の水勢を遊水地へ逃がす「霞堤」は戦国期の治水の知恵です。陸はこの遊水地と放水路の開閉を制御することで、自然の暴力を人為的な戦術兵器へと転換させました。


次回『第12話 軍神を人間に戻した男』明日18:00、ついに堂々完結です!

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