第三十七話 『ゴミを捨てただけなのに、夜に木乃葉が壁をすり抜けてきました!』
神社暮らし、今日はゴミより木乃葉のほうが急に入ってきました!
翌朝、月夜たちは奥の居室で朝食を食べていた。
月夜は自分の手を一度眺めた。
指も手首も昨日と変わらない。
気配というものは、目では確かめられないらしい。
「朝から手相でも見てるの?」
向かい側から木乃葉が尋ねた。
月夜は手の甲まで確かめてから顔を上げた。
「今日もちゃんといるか確認してるんです。」
「いるよ。」
「返事、早いですね。」
「私の管轄だから。」
月夜が目を細めると、木乃葉は味噌汁を一口飲んだ。三本の尻尾も朝の陽射しの中でのんびり動いていた。
結は食事を終えると、壁際に掛けてあった一枚の紙を確認した。
村で配られたゴミ収集カレンダーだった。何か所かに、小麻里が鉛筆で丸をつけていた。
「今日、金曜日だよね?」
「燃えるゴミの日。」
小麻里がカレンダーを見て言った。
「収集車が来る前に、一度下まで出しておこう。」
月夜はカレンダーを見た。
「ゴミ収集車はここまでは来ないんですよね?」
「来ない。」
小麻里が茶碗を置いた。
「山の下の決められた場所まで持って下りないと。」
「そうなんですね。」
「ここまで上がってこいなんて言ったら、運転手さんが真っ先に神様を恨むだろうね。」
「なんで私を?」
「この神社、あんたのでしょ。」
「所有権と道路事情は別だよ。」
月夜はそれを聞いて、つい笑ってしまった。
***
白雲神社から出るゴミは、思ったより少なかった。
小麻里が奥の居室の裏手に置いてある小さなゴミ箱を持ってきた。紙切れ、野菜くず、古い布巾、それに割り箸が何本か。
それで全部だった。
そして。
あんぱんの袋。
また、あんぱんの袋。
もう一枚。
月夜はしゃがんだまま、静かに袋を数えた。
「一、二、三……。」
後ろから木乃葉が言った。
「数えないで。」
「なんでですか?」
「過去に執着してたら前に進めないよ。」
「昨日は私、『忘れないで』って言われたんですけど。」
「それ言ったの、別の人でしょ。」
「あんぱんを一日で三つ食べたのは木乃葉ですけど。」
「昨日のとは限らないよ。」
小麻里が袋を一つ拾った。
「昨日、三つ食べてたの見た。」
木乃葉が口を閉じた。
月夜はとうとう笑いをこらえられなかった。
「神様も目撃証言には弱いんですね。」
「人間がいちいち覚えてる文化が悪いんだよ。」
「ただの記憶です。」
「監視記録でしょ。」
結が台所から空いた器を持って出てきて、その言葉を聞いて言った。
「そのうち一つ、木曜の夜に食べてたよね。」
木乃葉がゆっくり結を見た。
「結。」
「うん。」
「君まで記憶力がいい必要はないよ。」
「生活費に関わるから。」
今度は小麻里が笑った。
ゴミは大きな袋の半分にも届かなかった。
月夜は口を縛る前に、中をもう一度見た。
「ところで、失敗した御札とかは捨てないんですか?」
結が顔を上げた。
「御札は一般ゴミには出さないよ。」
「ちゃんとできたものじゃなくて。作ってる途中で失敗したものもです。」
「それも。」
「紙なら燃えるゴミじゃないんですか?」
木乃葉が横から言った。
「燃やしはするよ。」
月夜は木乃葉を見た。
「じゃあ、一緒に出せばいいじゃないですか。」
「それは処分の仕方が違うの。」
結が説明した。
「字を間違えたり、折る途中で駄目になったりしても、一度でも神社の中で御札にしようとして手をつけた紙は、ただの紙には戻さないよ。」
「じゃあ、どうするんですか?」
「まとめておいて、別に燃やすの。」
「書き間違えたものもですか?」
「うん。」
木乃葉が手を上げた。
「神の前で書き間違えたんだから。」
「違う。」
結がすぐに否定すると、木乃葉は残念そうな顔をした。
小麻里が小さな袋を持ってきた。墨で書きかけの紙や、折り方を間違えた白い紙がきれいに入っていた。
「こういうのは、ある程度たまったら燃やす。」
小麻里が言った。
「どこでも勝手に燃やしていいわけじゃないし。」
月夜は袋の中を覗き込んだ。
本の間に挟んでおいたメモを思い出した。
坂道。
大きな神社。
二回の鐘。
忘れないで。
紙というものは不思議だった。
捨てるものもあれば、燃やすものもあり、本の間に残しておくものもある。
木乃葉が月夜の目の前で指を鳴らした。
「また遠くに行ってたね。」
「いいえ。」
月夜は瞬きをした。
「ここにいます。」
木乃葉の耳がかすかに動いた。
それ以上は何も言わなかった。
***
ゴミ袋は月夜と小麻里が持って下りることになった。
結は御札の整理をしなければならず、木乃葉はついていくと言ったものの、小麻里に断られた。
「なんで?」
「あんたのゴミを捨てに行くのに、あんたまでついてきたら一つ増えそうだから。」
「人をゴミ扱いしないで。」
「あかね商店に寄って、またあんぱんの袋を増やすでしょ。」
木乃葉は一瞬、考える顔をした。
「可能性はあるね。」
「残ってて。」
「うん。」
あまりにも早く納得したので、むしろ月夜のほうが笑ってしまった。
袋は軽かった。
月夜が持つと言うと、小麻里は今度は無理に取り上げなかった。
山道はもう明るかったが、木々の間には夜の涼しさが残っていた。
月夜は山道を下りながら、ふと昨日の夢の坂道を思い出した。
同じ道のはずはなかったが、橙色の石灯籠と、その向こうの大きな社殿はなかなか頭から消えてくれなかった。
前を歩く小麻里が言った。
「足元見て。」
「見てますよ。」
「さっきから二回も石踏んでる。」
「それくらい普通じゃないですか?」
「転ぶ前にやめて。」
月夜は歩調を速めて、小麻里の隣に並んだ。
二人の間には、袋がかさかさ鳴る音だけが続いた。
月夜が先に口を開いた。
「小麻里お姉ちゃん。」
「うん。」
「結お姉ちゃんと木乃葉って、それぞれ違うことを知ってるんですよね?」
小麻里の歩みが遅くなった。
「なんでそう思うの?」
「昨日です。」
月夜は袋の持ち手を握り直した。
「木乃葉は私の気配のことを気にして、結お姉ちゃんは夢を無理に思い出さないほうがいいって言ってたから。見てるところが少し違うのかなって。」
小麻里は答えなかった。
月夜は付け加えた。
「言いたくなかったら、言わなくてもいいですよ。」
「そう言われると、一番答えづらいんだけど。」
「最近よく言われます。」
小麻里は小さくため息をついた。
「長く一緒にいたからって、頭の中まで同じじゃない。」
「結が知ってることがあって、木乃葉が知ってることがあって、私が知ってることがある。」
「小麻里お姉ちゃんも?」
「私もここに長く住んでるから。」
「じゃあ、三人とも知ってることもあるんですか?」
「あるよ。」
「誰も知らないことも?」
「それが一番多いんじゃない。」
小麻里は道の先を一度確認してから言った。
「それに、知らないことを知ってるふりしたら、もっと危ない。」
「結お姉ちゃんがあまり話さないのも、それでですか?」
「それは結お姉ちゃんに聞いて。」
「木乃葉は?」
「木乃葉は、知ってても言わないときがある。」
「なんでですか?」
「面白いから。」
月夜は頷いた。
「納得しました。」
「そこは納得しちゃ駄目。」
***
山の下のゴミ集積所は、思ったより簡素だった。
大きな道路の脇、古い電柱と低い壁の間に鉄製の枠があり、カラスよけのネットがかぶせられていた。
横には色褪せた案内板がついていた。
火曜日・金曜日――燃えるゴミ。
文字は端のほうから薄くなっていて、すでに袋が二つほど置かれていた。
月夜は自分たちの袋をその隣に下ろした。
「これで終わりですか?」
「終わり。」
「思ったよりあっけないですね。」
「ゴミ捨てに何を期待してたの。」
「もう少し達成感があるのかと思ってました。」
「ゴミを増やすなら、木乃葉に頼めばすぐですね。」
小麻里が笑うような、笑わないような顔をした。
そのとき、下の道路で自転車が一台止まった。
前かごに買い物袋を入れた女性が二人を見て、手を上げた。
「神社のゴミ?」
「はい。」
小麻里が答えた。
「上がるときはゆっくりね。木乃葉に、あんぱん食べすぎないように言っといて。」
月夜と小麻里は同時にゴミ袋を見た。
女性はもう自転車に乗って遠ざかっていた。
月夜が言った。
「神様扱いもしてませんね。」
「誰にも言ってないから。」
「神様の威厳が……。」
「あんこに負けたね。」
二人はまた山道のほうへ向き直った。
月夜は数歩歩いてから、後ろを振り返った。
ネットの下に置かれた袋はどこまでも普通で、昨日のことの痕跡なんてどこにもなかった。
***
昼を過ぎると、山の下からゴミ収集車のエンジン音がかすかに聞こえてきた。
木乃葉は縁側に寝転んだまま、耳を動かした。
「私の痕跡が旅立つ音だね。」
月夜は本のページをめくりながら言った。
「あんぱんの袋三枚に、ずいぶん大げさな表現ですね。」
「歴史っていうのは、残ったゴミからだって復元されるものだよ。」
「じゃあ後世の人は、木乃葉をあんこから復元するんですね。」
「信仰の核心をちゃんと掴んだね。」
「それが核心だったら嫌なんですけど。」
結が台所からお茶を持ってきながら言った。
「今度村の外に出るとき、あんこも少し買ってこないとね。」
月夜が顔を上げた。
「村の外ですか?」
「うん。神社で使う布と糸が少し足りないの。」
小麻里が言った。
「あかね商店にはない種類だから。」
月夜は本を閉じた。
「バスで行くところですか?」
「たぶん。」
「私も行っていいですか?」
木乃葉がすぐに笑った。
「外に出たいんだね。」
「顔だけ先に街まで行ってるよ?」
「それ、前にも使ったじゃないですか。」
「再利用。」
小麻里がお茶を受け取りながら言った。
「ゴミは捨てるのに、言葉は再利用するんだ。」
「環境にやさしい神だから。」
今度は結まで笑った。
月夜は恥ずかしくなって、湯呑みを持ち上げた。
それでも、村の外という言葉は耳に残った。
沢良木村に慣れてきたぶん、その外側はまた知らない場所だった。
***
夜になると、山はあっという間に静かになった。
月夜は部屋の明かりを消す前に、窓を少し開けておいた。
昼の熱がまだ壁や床に残っていて、開いた隙間から虫の声が入ってきた。
本の間には、昨日書いたメモがそのまま挟まっていた。
取り出しはしなかった。
今日はただ眠りたかった。
月夜は薄い寝間着のまま、敷いた布団に横になり、掛け布団をお腹まで引き上げた。
少しして、壁から音がした。
正確には、音ですらなかった。
暗い壁の一角が揺らぐと、赤い布が何でもないように抜け出してきた。
まず袖。
次に肩。
最後に狐耳。
月夜は目を開けた。
「……木乃葉?」
木乃葉は壁から完全に抜け出すと、何事もなかったように部屋の中に立った。
壁は何ともなっていなかった。
「ドア、ありますよ。」
「知ってる。」
「なんで壁から来るんですか?」
「近いから。」
月夜は壁と木乃葉を交互に見た。
「……前にも、こうやって人の部屋に入ったことあるんですか?」
「似たようなことはあるよ。」
「その答えも、この近道も、ちょっと嫌なんですけど。」
木乃葉は答えず、布団のそばまで来た。
月明かりが赤い振袖に淡くかかっていた。
月夜は体を起こした。
「どうしたんですか?」
「一緒に寝よう。」
あまりにも普通に言われたので、月夜は一拍遅れて尋ねた。
「……なんでですか?」
木乃葉は月夜をじっと見た。
からかうときより、目が静かだった。
月夜がもう一度尋ねた。
「なんで一緒に寝たいんですか?」
やがて、木乃葉が言った。
「……君、人と一緒に寝たことないでしょ。」
月夜は瞬きをした。
「木乃葉、人じゃないじゃないですか。」
「あ。」
「『あ』じゃなくて。」
「じゃあ、今夜は数に入らないね。」
「何の基準なんですか。」
木乃葉は笑った。
そして何の前触れもなく、腰の帯を解いた。
さらり。
赤い振袖が肩から滑り落ちた。
「ちょっと――」
月夜が言ったときには、木乃葉はもう内側の結び目まで解いていた。
布が腕を伝って落ち、月明かりの下に首と鎖骨が現れた。
次に見えたのは胸だった。
振袖の下に隠れていた白い肌がそのまま露わになった。鎖骨の下から続く肌は胸元で丸い線を描き、木乃葉が体をひねるたび、その形も少しずつ変わった。
普段は耳と尻尾が真っ先に目に入るのに、こうして見ると、むしろ人に似ている部分のほうが見慣れなかった。
腕を上げて髪を払った瞬間には、脇の下から胸の横にかけての肌まで一度に見えた。
月夜は見ないようにしたのに、何度も目が向いてしまった。
木乃葉が尋ねた。
「いっぱい見た?」
「見てません。」
「返事、早すぎない?」
「木乃葉がいきなり脱ぐからでしょう!」
「寝るとき邪魔じゃない。」
「全部脱ぐ必要はないじゃないですか!」
「全部じゃないけど。」
月夜の視線が下に落ちかけて、止まった。
下半身には振袖がまだゆるく引っかかっていた。
「……確認させないでください。」
「確認したのは月夜でしょ。」
木乃葉は平然と布団の内側へ入り込んできた。
敷布団の片側が沈んだ。
横になると胸の丸みもわずかに傾き、長い髪が何本かその上に落ちた。隠しているのか、逆に目立たせているのか分からなかった。
月夜は布団の端をぎゅっと握った。
「木乃葉。」
「うん。」
「せめて何か着てください。」
「嫌。」
「なんでですか?」
「暑いから。」
「じゃあ木乃葉の部屋で寝てください。」
木乃葉は肘をついて、月夜を見た。
そして、とても平然と尋ねた。
「寝る?」
月夜はため息をついた。
「そのために横になったんですよ。」
木乃葉の口の端が上がった。
「違う。」
一拍置いた。
「寝る? それとも、寝る?」
遅れて意味を理解した月夜の顔が熱くなった。
「同じ言葉なのに、ずるすぎません?」
「同じ言葉に二つ意味を入れた人間に文句言って。」
「今使ってるのは木乃葉じゃないですか!」
「それで、どっち?」
「一つ目!」
「残念。」
「何がですか!」
「別に。」
木乃葉は笑いながら横になった。
月夜は結局、布団を少し分けてやった。
すると木乃葉は待ってましたとばかりに中へ入ってきた。
一緒に横になると、思っていたより近かった。
一人用の布団がもともと狭いのか、木乃葉がわざとくっついているのかは分からなかった。
肩が触れた。
素肌だった。
月夜は反射的に体を固くした。
「どうしたの。」
木乃葉が尋ねた。
「冷たくて。」
「嘘。」
「ちょっとびっくりして。」
「それは本当だね。」
木乃葉はそれ以上からかわなかった。
代わりに一本の尻尾が布団の中へ入ってきて、月夜の太ももに軽く触れた。
月夜は何も言わなかった。
部屋には虫の声だけが残り、やがて木乃葉の呼吸がゆっくりになった。
月夜は隣を見た。
目を閉じた顔は昼間より静かで、胸は呼吸に合わせてゆっくり上下していた。
月夜は視線を天井に戻した。
「木乃葉。」
「寝てないよ。」
「まだ何も聞いてないんですけど。」
「聞きそうだったから。」
「木乃葉って、人と一緒に寝たことないんですか?」
「あるよ。」
「誰とですか?」
「結と小麻里。」
「じゃあ、いつ一緒に寝たんですか?」
木乃葉は黙った。
「そこまでは覚えてない。」
「覚えてないんですか?」
「覚えていたいことだけ覚えておくのも、長生きする方法だからね。」
昨日聞いた言葉がまた浮かんだ。
忘れないで。
月夜はためらってから言った。
「私は、忘れちゃいけないそうです。」
木乃葉の目が開いた。
月明かりの中に、金色がかすかに見えた。
「誰がそう言ったの。」
「あの夢で聞こえた声です。でも、何を忘れるなとは教えてくれませんでした。」
「不親切だね。」
「木乃葉が言えることじゃないと思うんですけど。」
「私は少なくとも、一緒に寝るときは親切だよ。」
月夜はすぐに顔をそむけた。
木乃葉が笑った。
「また二つ目の意味に聞こえた?」
「寝てください。」
「うん。」
やがて、木乃葉がさらに体を寄せてきた。
裸の肩が月夜の腕に触れ、布団の中では尻尾が太もものあたりに緩く巻きついた。
月夜は押し退けなかった。
「木乃葉。」
「うん。」
「今日どうして来たのか、まだ言ってませんよ。」
短い沈黙があった。
「一緒に寝たかったから。」
「それだけですか?」
「うん。」
二人の視線が合った。
月夜はしばらく黙って、それ以上は聞かなかった。
代わりに布団を引き上げ、木乃葉の肩までかけた。
「暑いんじゃなかったんですか?」
「今は平気。」
「言うことがころころ変わりますね。」
「神様は元々気まぐれなんだよ。」
月夜は小さく笑った。
そして目を閉じた。
壁を通り抜けてきた狐神は、最後までちゃんと理由を話さなかった。
ただ、眠りにつくまで、尻尾は月夜の太ももから離れなかった。
その! 前のほうを一生懸命直してるのです! 最近やることも増えてきて! 武侠も書かなあかんし! とりあえず休載やないっしゅ! 真面目に連載するっしゅ!




