第二十七話 『銭湯に行っただけなのに、なぜか余計に恥ずかしくなりました!』
神社暮らし、さっぱりしたのか熱くなったのか、よくわかりませんでした!
二巻 神社で過ごす夏
第二十七話 『銭湯に行っただけなのに、なぜか余計に恥ずかしくなりました!』
——
翌日の午後、白雲神社の空気は最初から少し重かった。
夏の陽射しがあまりにも真面目だった。縁側は足の裏が触れるたびにぬるく熱を持っていて、風鈴の音まで、暑さに薄く押しつぶされたみたいに間延びしていた。
月夜は縁側の端に座って、団扇を動かしていた。
一回。
二回。
三回。
涼しくなるというより、暑さを相手に誠意を見せているようだった。
「それ、扇いでるんじゃなくて儀式だね。」
隣で木乃葉が言った。
木乃葉は柱にもたれて座っていた。赤い衣の裾はいつもより少し緩く、三本の尻尾は日陰のほうへきちんと集まっていた。きちんと、という言葉が合っているのかはわからなかったが、少なくとも今日は互いに絡まらずおとなしかった。
「効果がないってことですか?」
「効果はあるよ。見てる人が暑くなる。」
「それなら失敗じゃないですか。」
月夜が団扇を止めると、木乃葉は小さく笑って手を差し出した。
「貸してみて。」
月夜が団扇を渡すと、木乃葉はそれを受け取り、手首を軽く回した。同じ団扇なのに、風はずっと柔らかく起こった。風は月夜の首筋を通り、ほどけた髪の数本をそっと揺らした。
「……上手ですね。」
「長く生きると、扇ぐのも上手くなる。」
「なんだか格好よく聞こえるのに、内容は素朴ですね。」
「素朴な技術は長持ちするんだよ。」
木乃葉はわざと月夜のほうへだけ風を送った。涼しかったが、あまりにも正確に首筋をかすめるので、なんとなく肩がすくんだ。
「どうして避けるの?」
「風が正直すぎるので。」
「風が正直なのは罪じゃないよ。」
「たまに罪みたいに感じる正直さってあります。」
木乃葉は満足そうな顔で笑った。
そのとき、奥の居室の中から結が出てきた。手には畳んだ手拭い二枚と、小さな布袋があった。
「今日は銭湯に行っておいで。」
月夜が顔を上げた。
「銭湯ですか?」
「うん。暑さがひどいから。汗もたくさんかいたし。」
結はそう言って、手拭いを月夜に渡した。小麻里は後ろで水桶を運びながら、短く付け足した。
「神社の水も節約しないと。」
「現実的な理由だったんですね。」
「現実は大事。」
木乃葉がすぐに手を上げた。
「私も行く。」
小麻里が見た。
「どうしてそんなに早いの。」
「月夜を一人で行かせたら、道で溶けるかもしれないでしょ。」
「じゃあ、あんたが連れていけば溶けないの?」
「少なくとも、可愛く溶かすことはできるよ。」
「それは助けじゃない。」
月夜は手拭いを抱えたまま、二人を交互に見た。結は少しだけ木乃葉を見ると、特に止めはしなかった。
「遅くなる前に帰ってきて。銭湯で悪ふざけしないでね。」
木乃葉が心外そうに目を細めた。
「私を何だと思ってるの?」
小麻里が言った。
「銭湯で悪ふざけする人。」
「正解だから反論しにくいね。」
「反論しないで。」
月夜はそれを聞きながら、静かに手拭いを籠に入れていた。
***
しばらくして、二人は神社の石段を下りた。
木乃葉はいつもより足取りが軽かった。三本の尻尾は村に近づくほど、表向きには一本のように重なっていったが、近くで見ると先が少しずつ別々に動いていた。月夜はそれが妙に気になって見ないようにしたが、結局もう一度見た。
木乃葉がすぐに言った。
「今日も視線が正直だね。」
「見てません。」
「尻尾三本のうち二本が、見たって言ってたよ。」
「尻尾も告げ口するんですか?」
「私の味方だから。」
「主を裏切る尻尾もありましたけど。」
「それは感情表現が正直なだけ。」
月夜は木乃葉を少し見てから、口を閉じた。
村道は昨日と似ていた。陽に乾いた土の匂い、遠くから聞こえるラジオの音、塀の上にかかった洗濯物。今日はあかね商店を通り過ぎて、もう少し下ればいい道だった。
歩いているあいだ、木乃葉は手に持っていた手拭いを肩にかけた。そのせいで袖が少し上がり、白い脇の下が陽射しの中に一瞬だけ覗いた。月夜は何も考えずに見てから、自分が見ていたことに気づいて慌てて前を向いた。
「月夜。」
「はい……?」
「今のは見たでしょ?」
「……暑そうだったので。」
「そういう言い訳は、夏だと通りやすくて困るね。」
「じゃあ、しないほうがいいですか?」
「してもいいよ。可愛いから。」
月夜は返事の代わりに少し顔を赤くして、布袋を持ち直した。
銭湯の煙突が見え始めたころ、木乃葉がふと言った。
「ところで月夜。」
「はい?」
「ずっと濡れたまま生きてきた女が、今さら水ごときに怯える必要があるか?」
月夜は足を踏み外しそうになった。
「……常に濡れたまま生きてきたわけじゃないです。」
「じゃあ、濡れたまま生きてたことはあるんだね。」
「その言い方、わざとですよね?」
「うん。ほんの少し。」
「ほんの少しじゃないんですけど。」
木乃葉は月夜の言葉を聞いて小さく笑い、月夜は顔が熱くなって、なんとなく手で扇いだ。暑さのせいなのか、さっきの言葉のせいなのかは曖昧だった。
古い看板には『つばさ湯』という文字が書かれていて、塗られている青いペンキはあちこち剥げていた。中からは水音とともに、古い木が湿気を含んだ匂いが流れてきた。
木乃葉は入口の前で立ち止まると、月夜を振り返った。
「さ、入ろう。」
「どうしてそんなに楽しそうなんですか?」
「銭湯は意識がぼんやりする場所だから。」
「その表現は少し怪しいんですけど。」
「怪しいものはだいたい面白いよ。」
月夜はそれを聞いてため息をついたが、足は止めなかった。
——ちりん。
戸を開けると、小さな鈴が先に鳴った。
温かい湿気が、外の空気より先に顔へ触れた。木と石鹸、長く沸かした湯の匂いが混ざった空気だった。番台の奥では、つばさおじいちゃんが畳んでいた手拭いを一度ぱんと払って重ねていた。つばさおじいちゃんは二人を見ると、目だけを細めて言った。
「ゆっくり入れ。走ると転ぶぞ。」
月夜はそれを聞くと、なんとなく姿勢を正して頭を下げた。
「こんにちは。」
「おう。今日は二人だけか。」
「はい、今日は二人だけです。」
木乃葉が平然と答えた。それから何でもないように靴を脱いで、一番奥へ押し込んだ。月夜も遅れて真似をし、木の床の上に足を乗せた。床は外よりずっと涼しかった。
脱衣所は以前のままだった。古い木のロッカー、真ん中の低いベンチ、壁に掛かった鏡、頼りない速さで回る扇風機。
月夜は手拭いの袋を下ろし、なんとなくロッカーの扉を開けたり閉めたりした。
「また扉と仲良くなってるね。」
後ろから木乃葉が言った。
「仲良くなってるわけじゃないです。」
「じゃあ、どうしてそんなにロッカーとだけ会話してるの。」
月夜が振り返ると、木乃葉はもう髪紐をほどき、赤い振袖の袖を緩く折っていた。首筋の近くに張りついた髪の数本が、まず目に入った。その次に耳。その次に、まとめるように集められた三本の尻尾。あまりにも自然に目が行って、むしろ視線を逸らすほうが怪しくなりそうだった。
「耳、見たでしょ。」
「見てません。」
「嘘。」
木乃葉が笑いながら一歩近づいた。近づいた距離より先に、銭湯特有の温かい匂いに、木乃葉の体温まで薄く混ざった気がした。月夜は反射的にロッカーのほうへ半歩下がったが、すぐ後ろが塞がっていることに遅れて気づいた。
「どうして避けるの。」
「避けてません。後ろがあっただけです。」
「返事が早くなるほど怪しいね。」
木乃葉はそう言ってから、先に脱衣所の椅子に座り、尻尾を自分の横へ集めた。今日はわざと整えたみたいにおとなしく、月夜が手拭いを整えるふりをして顔を伏せると、木乃葉が低く言った。
「今日はからかわないつもりだったんだけど。」
「さっきからからかってるじゃないですか。」
「あれは確認。」
「何のですか。」
「君が今、どれくらい緊張してるか。」
月夜は答えの代わりに衣紐だけをいじり、木乃葉はしばらく月夜を見つめてから、少し間を置いてそれ以上はからかわなかった。
浴場の扉を開けると、白い湯気が静かに流れ出した。中は昼の時間だからか誰もおらず、壁の富士山の絵は湿気で少しぼやけていた。木の椅子と桶、低くぶつかる水音まで、すべて以前のままだった。
木乃葉が先に席に座り、湯を汲んでみた。
「最初は足から。」
月夜はそれを聞いて小さく笑った。
「その言葉、前にも聞いた気がします。」
「銭湯は繰り返しが大事だから。」
「それは初めて聞きますけど。」
「今作った。」
月夜は笑ってしまいながら湯を汲み、まず足の甲にかけた。温かい湯が肌を濡らすと、神社から張りついていた暑さが少しずつほどけていった。木乃葉はその隣でごく自然に髪を濡らし、尻尾の先にも湯をつけると、水滴が毛先に宿ってからゆっくり落ちるのが目に入った。
「また見てる。」
「……ただ不思議で。」
「じゃあ見てもいいよ。」
木乃葉はそう言って、尻尾の一本を湯の上へ少し上げた。わざと許してあげるような言い方が余計に憎たらしくて、月夜はなんとなく湯をもう一度汲み、肩にかけた。
先に湯船に入ったのは月夜だった。熱い湯が腰まで満ちると、小さく息が漏れた。続いて入ってきた木乃葉は、今度はすぐ隣ではなく、半歩ほど距離を置いて腰を下ろした。
「落ち着かない?」
木乃葉が先に聞いた。
「……いいえ。」
「ならよかった。」
少しの沈黙が下りた。蝉の声は外のどこかから、とても遠く聞こえ、水面は二人のあいだでだけ静かに揺れていた。静かで、月夜はその静けさがただ嫌なわけではないようだった。
「木乃葉。」
「うん。」
「二人きりで来ると、思ったより静かですね。」
木乃葉は目だけをゆっくり動かして月夜を見た。
「にぎやかなほうがよかった?」
「そういうわけじゃないんです。ただ……。」
月夜は指先で湯を少し押した。
「二人で来たら、もっと恥ずかしいと思ってたので。」
「今も恥ずかしい?」
「少しは。」
月夜が答えると、木乃葉が小さく笑った。
「じゃあ、私だけ平気なふりをしてたみたいで損だね。」
月夜はそこでようやく顔を向けた。
「木乃葉もそうなんですか?」
「当たり前でしょ。月夜だけが一人で忙しいと思ってるの?」
語尾があまりにも軽くて冗談みたいに聞こえたが、木乃葉の目は少しだけ冗談ではないようだった。月夜はなんとなくさらに肩を湯の中へ沈め、そのとき木乃葉の尻尾の一本がゆっくり水面を伝って近づき、月夜の太ももの近くをほんの軽くかすめた。今回は、あえて払いのけなかった。
太ももに木乃葉の尻尾が触れると、月夜は小さく身じろぎして、少し赤くなった顔で木乃葉を見た。
「……それはまた、どうしてですか。」
「何でもないふりをする顔が可愛かったから。」
「何でもないふりなんてしてません。」
「じゃあ、ただ可愛いだけかな。」
「そういう結論にしないでください……!」
木乃葉は結局笑い、月夜は恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。
湯から出たあと、二人はロビーの扇風機の前で少し立ち止まった。濡れた髪の先から水滴が落ち、ガラス戸の中の冷蔵庫では瓶牛乳たちが白く曇っていた。木乃葉が冷蔵庫の扉を開けると、月夜を振り返った。
「月夜は何飲む?」
「選んでいいんですか?」
「銭湯はそこまでがセットでしょ。」
結局、月夜はいちご牛乳を、木乃葉はソーダを選び、瓶を手に取った瞬間、冷たい感触が手のひらに張りついた。二人はロビー前の小さな椅子に並んで座った。
「今日、どうだった?」
木乃葉が先に聞いた。
月夜は瓶の口に唇をつけようとして、少し止まった。
「銭湯ですか?」
「うん。私と二人きりで来たこと。」
月夜はなんとなく瓶だけをいじってから、とても小さく言った。
「……思ったより、よかったです。」
木乃葉はすぐにはからかわなかった。代わりに、ガラス瓶の表面についた水滴を親指でなぞり、小さく笑った。
「よかったね。」
***
帰り道の陽は、来たときより少し傾いていた。村道の土の匂いもさっきより熱くなく、風は銭湯帰りの肌の上を薄くかすめた。
今日は本当に銭湯に行ってきただけなのに、来たときより木乃葉が少しだけ近くなった気がした。ほんの少し。言葉にした途端、消えてしまうくらいだけ。
木乃葉の声が近くて、湯が温かくて、帰りたい場所が少しだけはっきりした。それだけだった。
わ、私が……言い訳をするとしたら……今回は言い訳することがないのですわ! 私だって連載したいのです!これからも連載を続けるのです!




