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第二十八話 『雨宿りしただけなのに、本音までばれてしまいました!』

神社暮らし、狭い倉庫の中で、小麻里の返事はやけに遅かったです!

 つばさ湯から帰った翌朝、白雲神社には雨の匂いが先に届いた。

 空は曇ってもいなければ、晴れてもいなかった。陽射しはあったものの薄い雲に遮られていて、森から吹いてくる風には、もう濡れた土を思わせる匂いが混ざっていた。

 月夜は縁側に座り、昨日使った手拭いを畳んでいた。

 一度折って、角を合わせて、もう一度半分に折った。

 その隣では、木乃葉の三本の尻尾が陽を浴びながら大きく広がっていた。昨日、銭湯で濡れた毛を完全に乾かすという名目だったが、実際には縁側の半分を占領して、ほとんど昼寝をしているようなものだった。


「それ、昨日からずっと乾かしてませんか?」


 月夜が尋ねると、木乃葉は目も開けずに答えた。


「良い尻尾は、時間をかけて乾かさないといけないんだよ。」


「良い言い訳も、時間をかけて作るんですか?」


「それは今作った。」


 月夜が手拭いを最後に押さえて畳んだとき、境内のほうから木の板がぶつかる音がした。

 顔を向けると、小麻里が脚立と工具箱を一人で運んでいた。シャツの袖は肘まできっちりまくられていて、短い髪は風が吹くたびに頬に流れ落ちていた。表情はいつもと同じだったが、動きがいつもより速かった。


「何してるんですか?」


「雨が降る前に軒を確認する。」


「雨が降るんですか?」


「昼を過ぎたら。」


 月夜は空を見上げた。まだ蝉も鳴いていて、雲の隙間には光も残っていた。


「どうして分かるんですか?」


「匂い。」


「木乃葉みたいな答えですね。」


 縁側に寝転がっていた木乃葉が、尻尾を一本持ち上げた。


「私はもっと正確だよ。三時間後。」


 小麻里が言い返した。


「じゃあ三時間以内に終わらせるから、どいて。」


 三本の尻尾がおとなしく片側に寄せられた。

 月夜は畳んだ手拭いを置いて立ち上がった。


「私も手伝います。」


「手伝わなくていい。」


 返事があまりにも早かった。

 月夜は一度立ち止まってから、工具箱の反対側の取っ手を掴んだ。


「人が手伝うって言ってるときに、そんなふうに言われると傷つくんですよ……。」


「怪我をする仕事だから。」


「それなら、怪我をしない仕事をさせてください。」


 小麻里は、取っ手を掴んだ月夜の手と、その顔を交互に見て、やがて言った。


「脚立は私がやる。」


「月夜は下から板と釘だけ渡して。」


「はい。」


「上ってこないで。」


「はい。」


「本当に。」


「二回答えたのに、信頼は一度も生まれませんでしたね。」


「日頃の行い。」


 その言葉に、月夜はすぐに口を閉じた。

 二人は奥の居室の裏手へ回った。そこの軒は、古い軒板が少し浮いていて、風が吹くたびに薄い板がからからと鳴った。小麻里は脚立を立てて揺れないことを確かめてから、ゆっくりと上った。

 月夜は下で、釘の入った小さな缶を持って立っていた。


「短いの。」


「これですか?」


「それは長いの。」


「釘って、遠くから見たら全部似たような形ですよね。」


「人だって、遠くから見れば似たようなもの。」


「近くで見たら?」


 小麻里はちらりと下を見た。


「全然違うでしょ。」


 その言葉を聞いて、月夜は一瞬だけ手を止めた。けれど、小麻里は気にした様子もなく、また軒に視線を戻していた。

 月夜が短い釘を渡すと、指先が一瞬触れた。小麻里はすぐに受け取り、月夜は指を一度曲げてから伸ばした。

 昨日は尻尾一本であれほど落ち着かなかったのに、今日は指先が触れただけで、それ以上に意識してしまう。


「余計なこと考えないで。」


 上から小麻里の声が落ちてきた。


「考えてません。」


「釘を逆さに持ってる。」


 月夜は自分の手を見下ろした。


「……検査だったんです。」


「何の検査?」


「私の集中力の検査です。」


「不合格。」


 金槌の音の合間に、木乃葉の笑い声が遠くから聞こえた気がした。


***


 軒の片側を直したあとは、雨樋に溜まった葉を片づけなければならなかった。月夜は長い火挟みで、下のほうに引っかかっている葉を一枚ずつ引き出した。乾いた葉の間から小さな虫が飛び出すと、思わず一歩後ろへ下がった。

 踵が石の角に引っかかった。

 体が後ろへ傾いた。

 驚く暇もなく、次の瞬間、背後から伸びた腕が月夜の腰をしっかりと支えた。


「動かないで。」


 小麻里だった。

 いつ脚立から下りてきたのかは分からなかったが、月夜はそのまま半ばもたれかかるように止まった。背中には小麻里の腕があり、耳元にはいつもより速い息が触れていた。

 けれど、転ばなかったという安心より先に浮かんだのは、近すぎるということだった。


「……私、もう大丈夫です。」


「大丈夫じゃない。」


「立つことはできますけど。」


「今、立てなかったでしょ。」


 そう言われると、月夜は何も言えず、唇だけを動かした。

 小麻里は月夜が完全に体勢を整えてから、ようやく手を離した。手が離れた場所には何も残っていないはずなのに、月夜は服の裾を一度押さえた。

 その瞬間、屋根の上に雨粒が一つ落ちた。

 ぽつ。

 続いて二滴目。

 やがて森全体が一度に息を吐き出すように、夕立が降り始めた。


「倉庫へ行くよ。」


 小麻里は工具箱を持って走った。月夜もそのあとを追い、本殿の裏にある小さな倉庫へ入った。

 戸を閉めると、雨音が壁いっぱいに広がった。

 倉庫は思っていたよりも狭かった。工具や箒、畳まれた天幕の間に二人が立つと、肩を動かす場所さえ十分にはなかった。小麻里の濡れた前髪から、水滴が一つ落ちた。


「昨日は楽しかった?」


 突然の質問だった。

 月夜は目を瞬かせた。


「銭湯ですか?」


「うん。」


「はい。木乃葉と二人きりで行ったら、思ったより……。」


 そこまで言いかけて、月夜は口をつぐんだ。

 小麻里はいつもと同じ顔をしていたが、視線が横へ逸れていた。

 月夜は慎重に尋ねた。


「小麻里お姉ちゃんも一緒に行きたかったんですか?」


「銭湯は別にいい。」


「それなら……。」


 雨音が一度、大きく屋根を叩いた。

 月夜は小麻里の顔を見上げた。


「私と二人きりなら?」


 小麻里はすぐには答えなかった。

 倉庫の屋根を叩く雨音だけが突然近くなり、月夜は自分がまっすぐすぎる質問を投げたことに、遅れて気づいた。


「嫌なら、嫌だって言ってもいいんですよ。」


 小麻里は短く息を吐いた。


「そう言われると、私が悪い人みたいじゃない。」


「嫌だって言ったら?」


「いや。」


「じゃあ、いい人ですね。」


「結論が早すぎる。」


 小麻里は濡れた前髪を手の甲で押し上げた。


「二人きりでいるのは嫌じゃない。」


 声はいつもと同じだったが、語尾だけがいつもよりゆっくりで、月夜は思わず口元をほころばせた。


「それなら、次は私も呼んでください。」


「何をするときに。」


「何でもです。」


「何でもが一番困る。」


「軒を直すときでも。」


「さっき転びかけた人が?」


「今度は虫がいなければ大丈夫です。」


「虫で妥協しないで。」


 月夜が笑おうとした瞬間、屋根の隙間から水滴が落ち、肩を濡らした。一滴だけでは終わらず、同じ場所に続けて落ちてきた。


「こっち。」


 小麻里が月夜の手首を引いた。

 月夜は一歩動こうとして、工具箱の角に足を引っかけた。今度は転ばなかったが、避ける場所がなく、そのまま小麻里のほうへ近づいた。

 背中には畳まれた天幕があり、前には小麻里がいた。

 二人の間には、指一本が入るほどの隙間しか残っていなかった。


「今日はよく掴まれますね。」


「何度も転びそうになるから。」


「……わざとじゃないです。」


「わざとなら、もっと問題。」


 小麻里の手は、まだ月夜の手首を掴んでいた。離してもいいことを二人とも分かっているはずなのに、不思議とどちらも先には何も言わなかった。

 小さな倉庫の中には、濡れた土と木の匂いが満ちていた。小麻里のシャツの肩にも雨水が染み込み、色が濃くなっていた。月夜はそこを見つめてから、ゆっくりと視線を上げた。

 二人の目が合ったが、小麻里は目を逸らさなかった。


「昨日、木乃葉と何を話したの?」


「大した話はしてません。」


「大した話をしてない顔じゃないけど。」


「私の顔って、そんなに分かりやすいんですか?」


「うん。」


「みんなそう言いますね。」


「みんな見てきたから。」


 月夜はその言葉を聞いて、首を傾げた。


「小麻里お姉ちゃんもずっと見てたんですか?」


 小麻里の瞳がほんのわずかに揺れた。それでも、本人は一歩も退かなかった。


「見てないと不安だから。」


「私がですか?」


「あんたが。」


 月夜はその言葉を聞いて迷ってから、口を開いた。


「……それなら、ずっと見ててもいいですよ。」


「許可をもらうようなことじゃない。」


「それでも。」


「どうして。」


「私も、小麻里がどこにいるのか見ていたいからです。」


 言ってから、今度は月夜が目を逸らした。

 雨音が今の返事を覆い隠してくれるようだったが、もう遅かった。小麻里には確かに聞こえていて、手首を掴んでいた手にもほんのわずかに力が入った。


「月夜。」


「はい……?」


「そういうこと、誰にでも言わないで。」


「誰にでも言ってません。」


「木乃葉にも?」


「木乃葉は木乃葉で、小麻里は小麻里です。」


「それは答えになってないでしょ。」


「私にとっては答えです。」


 小麻里は月夜を見つめ、ごく小さくため息をついた。


「ずるくなったね。」


「誰に習ったんでしょうね。」


「木乃葉でしょ。」


「小麻里お姉ちゃんからも少し。」


 今度は小麻里の口元がほんの一瞬だけ動いた。

 笑ったと確信するにはあまりにも短かったが、月夜は確かに見た。


「今、笑いましたよね?」


「笑ってない。」


「見ましたけど。」


「見間違い。」


「ずっと見ててもいいって言ったじゃないですか。」


「そんなこと言ってない。」


 小麻里はとうとう顔を背けた。濡れた髪の間から、耳の先が赤く見えた。暑さのせいなのか、倉庫の中の湿気のせいなのかは分からなかった。

 そのとき、畳んだ天幕の上に置いてあった乾いた手拭いが目に入った。月夜は手を伸ばし、手拭いを取った。


「少しかがんでください。」


「どうして。」


「髪が濡れてるじゃないですか。」


「これくらい平気。」


「人が手伝うって言ってるときに、すぐ断られると傷つきます。」


 さっき小麻里に言った言葉をそのまま返すと、小麻里は仕方なく身を低くした。

 月夜は手拭いで、小麻里の前髪と毛先を慎重に押さえた。短い髪は思っていたよりも柔らかく、小麻里はじっとしていたが、肩には力が入っていた。


「どうして固くなってるんですか?」


「慣れてないから。」


「私も慣れてません。」


「でも、上手だね。」


 褒められるとは思っていなかった月夜の手が、止まった。


「長く生きると、髪を拭くのも上手くなるらしいですよ。」


「誰の言い方、それ。」


「昨日聞きました。」


 小麻里の表情が固まると、月夜は笑いをこらえきれず、くすっと笑ってしまった。


「嫉妬してるんですか?」


「してない。」


 小麻里が反射的に答えると、月夜はそれ以上からかわず、手拭いでもう一度髪を押さえた。

 小麻里も何も言わず、その手に任せていた。


***


 やがて、雨音が細くなった。

 雲の隙間から光が戻り、倉庫の戸の隙間が明るくなった。小麻里は工具箱を持ち、月夜は釘の缶を手に取った。

 戸を開ける直前、小麻里が言った。


「次は。」


 月夜が振り返った。

 小麻里は戸の取っ手を握ったまま、外だけを見ていた。


「私から呼ぶ。」


 月夜は濡れた石の上に再び陽射しが広がるのを見ながら、答えた。


「はい。待ってます。」


 戸が開いた。

 雨上がりの神社はさっきまでより鮮やかで、小麻里の横顔まで、どこか鮮やかに見えた。

助けてください!! いや、許してください!!


もちろん最近は、更新がぽつぽつだったのが、ぽつぽつぽつになってしまいましたけど! この作品を最後まで続けていきたい気持ちは本当なのです!


休載はしても! エタることはないのです!


これからも連載連載していくのです!

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