第二十六話 『沢良木村の夏は相変わらずでしたが、見知らぬ誰かがいました!』
第二巻開始! 見慣れてきた景色の中にも、まだ出会う縁は残っているみたいでした!
二巻 神社で過ごす夏
第二十六話 『沢良木村の夏は相変わらずでしたが、見知らぬ誰かがいました!』
——
神社の朝は、不思議なくらい何でもない顔で始まった。
昨夜に何かがあったとしても、白雲神社の空気が急に変わることはなかった。風鈴は相変わらず軒先で軽く揺れていて、縁側は朝の陽射しを受けてゆっくり暖かくなり、奥の居室の中からは結が茶碗を出す音がした。小麻里はもう境内の片隅を掃いていて、木乃葉は縁側の端に座り、尻尾だけが真面目に陽を浴びていた。
月夜はその様子を見ながら、少し考えた。
何もないというのは、思ったよりもずいぶん大きなことなのかもしれない、と。
「なんでそんなにぼうっとしてるの?」
小麻里が箒を止めないまま尋ねた。
「いえ。なんだか、いつも通りだなって。」
「いつも通りならいいことでしょ。」
「そうですね。」
「じゃあ、いつも通り手を動かして。」
「はい……」
それから月夜は、縁側の横に置かれた小さな籠を持った。今日は村へ下りて、必要なものを買ってくる日だった。御札の紙、新しい布巾、麦茶、そして木乃葉が強く主張したあんぱん。最後の項目が生活必需品かどうかは意見が分かれたが、木乃葉が「ないと私の生活が必然的に崩れる」と言ったので、とりあえず書かれていた。
結はリストを一度確認して、月夜に渡した。
「ゆっくり行っておいで。」
「私一人ですか?」
月夜が尋ねると、小麻里が横から言った。
「私も行く。」
「一人で行かせると、帰り道で変なところに逸れそうだから。」
「評価が少し不服なんですけど。」
木乃葉が縁側から手を上げた。
「私は?」
小麻里はすぐに答えた。
「残る。」
「なんで?」
「あんたが行くと、あんぱんが三倍に増える。」
「信頼がなさすぎない?」
「経験だよ。」
木乃葉は唇を尖らせたが、完全に間違っているわけではないという顔をしていた。月夜はその表情を見て笑いをこらえ、すると木乃葉がすぐに目を細めた。
「今笑ったでしょ。」
「あ、違います……!」
「口元が買い物に行く前に先に外出した。」
「……そういう表現、どこで覚えるんですか?」
「生きていれば。」
月夜はそれを聞いて、結局少し笑ってしまった。結も静かに茶碗を置きながら言った。
「あんぱんは一つだけ。」
「結まで?」
「一つ。」
***
石段を下りて森の道へ入ると、神社の木の匂いが少しずつ薄れ、代わりに草と土、遠くを流れる水の匂いが混ざってきた。夏の日差しはもう強かったが、山道の影はまだ朝を少し含んでいた。
小麻里は前を一定の速さで歩いた。速すぎも遅すぎもしなかった。月夜が少し遅れると、ごくわずかに速度を落とし、また追いつくと何事もなかったように歩いた。
そういう気遣いが見えてしまうと、かえって言葉にしにくかった。
「お姉ちゃんは毎回、道をよく覚えてますね。」
月夜が言った。
「村の人間だから。」
「私も少しは慣れてきた気がします。」
「それはよかったね。」
「もう少し感動してもいい言葉じゃないですか?」
「感動したら道が短くなる?」
「短くはなりませんけど。」
「じゃあ歩こう。」
***
山道をほとんど下りきったころ、風迎えのトンネルへ続く古い道が少しだけ見えた。月夜は何気なくそちらを見た。中は昼なのに、どこか涼しそうに見えた。けれど今日は何の音も聞こえなかった。誰かが泣いていたような感覚も、風鈴が遅れて鳴ったときのようなずれもなかった。
ただの、古い隧道だった。
小麻里が言った。
「今日はそっちじゃない。」
「わかってます。」
「見てたでしょ。」
「見るのまで禁止ですか?」
「一人で入るのは禁止。」
月夜は返事の代わりに頷いた。
やがて村の入口に着くと、空気が変わった。白雲神社の空気が風と木と古い木材の匂いだとすれば、沢良木村はもう少し人の匂いがした。日に干された布団、どこかで煮えている味噌汁、庭に撒かれた水、自転車の車輪が土道を通る音。家々は低く、塀も低く、そのあいだに夏があまりにも簡単に入り込んでいた。
月夜は歩みを緩めた。
「どうしたの?」
小麻里が尋ねた。
「村って、こんなふうに見えたんだなって。」
「どんなふうに見えるの。」
「静かなのに、思ったより忙しいです。」
小麻里は少し周りを見てから言った。
「田舎はもともと、静かに忙しいものだよ。」
その瞬間、遠くから誰かが素早く走っていく足音が聞こえた。月夜が顔を向けたとき、路地の端に小さな影がひとつ見えた。誰かが塀の向こうからひょこっと顔を出し、すぐにまた消えた。よく見る暇もなかった。
「今……」
月夜が言いかけると、小麻里は大したことではなさそうに前へ歩いた。
「村の子でしょ。」
「すごく速かったんですけど。」
「速い子もいる。」
月夜が路地のほうをもう一度見ると、誰もいなかった。代わりに、陽射しだけが塀の上に薄くかかっていた。
***
あかね商店は、相変わらず村の真ん中で一人だけ少し忙しそうだった。
店の前には小さな木箱がいくつか置かれていて、中には茄子と胡瓜、まだ少し土のついたじゃがいもが入っていた。ガラス戸の向こうでは古い扇風機がゆっくり回っていた。風が涼しいというより、店の中の匂いを少しずつ混ぜているだけのようだった。味噌、干した昆布、菓子袋、古い木の棚の匂いが一度に感じられた。
月夜が戸を開けると、ちりん、と鈴が鳴った。
「いらっしゃい。」
奥からあかねおばあちゃんが顔を上げた。前掛けをしたままで、手には値札用の紙が握られていた。
「今日は小麻里と一緒なんだねえ。」
「お使いに来ました。」
小麻里が短く言った。
「神社のお使いはいつもきちんとしてるねえ。」
「リストだけです。」
「リストがきちんとしてれば、半分はきちんとしてるんだよ。」
あかねおばあちゃんはそう言って笑った。月夜は籠を奥の棚の上に置き、結が書いてくれたリストを広げた。新しい布巾、麦茶、砂糖、御札の紙の代わりに使える厚い白い紙。そして一番下に、とても小さく書かれたあんぱん一つ。
小麻里はその文字を見て言った。
「最後のは消してもいい。」
「もう結が一つはいいって言ってたじゃないですか。」
「じゃあ一つ。」
「どうして私に確認するんですか?」
「あんたが二つ買うほうに揺れそうだから。」
月夜は否定しようとして、ぴたりと止まった。実際、木乃葉が少しがっかりする顔を思い浮かべると、一つくらい余分に買ってもいいのではないかと思っていた。ほんの少しだけ。
小麻里が目を細めた。
「今揺れたでしょ。」
「まだ行動はしてません。」
「考えはしたんだね。」
「考えまで取り締まられるんですか?」
「あんぱんに関しては。」
あかねおばあちゃんが横で小さく笑った。
「白雲神社は今日も平和だねえ。」
「平和があんぱん一つで揺らぐ場所です。」
月夜が呟くと、あかねおばあちゃんはさらに楽しそうな顔になった。
必要なものを選ぶのは難しくなかった。小麻里はどこに何があるのかほとんど知っていて、月夜はその後ろについていきながら籠に一つずつ入れていった。途中で木乃葉が好きそうな菓子袋が目に入ったが、小麻里の視線が横からすぐに飛んできて、月夜は静かに手を下ろした。
「今、何もしてません。」
「しようとしてた。」
「どうして全部する前に気づくんですか?」
「顔に書いてあるから。」
月夜は納得がいかず、ガラス戸に映った自分の顔を少し見た。そこまでわかりやすい顔なのかと思ったが、正直よくわからなかった。
会計を終えて外へ出ると、陽射しは少し強くなっていた。小麻里は荷物を半分に分け、月夜に軽いほうを渡した。月夜は抗議しようとしたが、小麻里があまりにも自然に重いほうを持ったので、タイミングを逃した。
「それ、私が持ってもいいんですけど。」
「手首。」
「痛くないです。」
「それでも。」
その短い言葉には、もう何も言いにくかった。月夜は軽い袋を持ち直し、小麻里の横を歩いた。
店から少し下ると、村道が広くなった。田んぼと家のあいだを通る道を歩いていくと、遠くに新しく建てられたらしい低い建物が見えた。白い壁と大きな窓、運動場へ続く低い柵。山の古い分校で見た木造の建物とは、まるで違う顔だった。
月夜は学校を見ると、少し足を緩めた。
「あそこが今の学校ですか?」
小麻里はそちらを見た。
「うん。沢良木小学校高葉山分校。今はあっち。」
「前は山にあったんですよね。」
「移ったって言ったでしょ。」
「小麻里は通ってたんですか?」
「少し。」
もっと聞きたかったが、小麻里の横顔が妙にいつもより静かに見えて、月夜はひとまず口を閉じた。運動場には誰もいなかった。夏休みだからか、低い鉄棒とブランコだけが陽射しの下にじっと立っていた。
けれどそのとき、建物の裏手からまた足音が聞こえた。
軽くて速い音だった。さっき路地の端で聞いたものと似ていた。月夜が顔を向けたとき、運動場の柵の向こうに誰かの髪の先がほんの一瞬だけ見えた。短く結んだ髪のようでもあり、陽射しを受けたリボンのようでもあった。けれどよく見ようとした瞬間、その影はまた建物の裏へ消えてしまった。
月夜は瞬きをした。
「また……」
小麻里は今回も、大したことではなさそうな顔だった。
「たぶん近所の子でしょ。」
「村の子って、みんなあんなに速いんですか?」
「違う。」
「じゃあ、あの子だけ速いんじゃないですか。」
「そうかもしれないし。」
小麻里はそう言って、また歩いた。月夜は学校のほうをもう一度見た。低い建物、空っぽの運動場、半分開いた窓。そして今しがた消えた小さな影。
帰り道、二人は自販機の前で少し止まった。小麻里は麦茶を選び、月夜は少し迷ってから桃味の飲み物を押した。缶が落ちる音が、やけに大きく聞こえた。
「甘いの、けっこう好きなんだね。」
小麻里が言った。
「そこまでじゃないです。」
「桃味選んでおいて?」
「これは水分補給です。」
「甘い水分。」
「……そういうふうに言うと変になるじゃないですか。」
小麻里は何も考えていないように缶を開けた。
「変に聞いたほうの問題。」
月夜はなんとなく缶の飲み口を見つめた。確かに最近は、木乃葉だけでなく小麻里まで、たまに妙な方向へ言葉を投げてくる気がした。
***
神社へ戻るころ、袋の中のあんぱんは一つだけだった。木乃葉ががっかりする顔が少し浮かんだが、同時に結が「一つ」と言っていた声も思い出した。そちらのほうが強かった。
石段の上に、白雲神社の鳥居が見えた。村の人の匂いが少しずつ薄れ、また木と風の匂いが近づいてきた。
月夜はふと振り返った。
沢良木村は、相変わらず静かに忙しかった。低い屋根と細い路地、新しく移った学校、そしてどこかで素早く走っていった知らない子。
神社で過ごす夏は、たぶんそんなふうに始まるらしかった。
まだ知らない顔があって、まだ知らない道があって、それでも帰る神社は、後ろではなく前にあった。
その! Xで『一週間以内には戻ってくるのです!』と言ったのに! 約束を守れませんでした!
言い訳をするなら! 新しい作品に使うために、論文を一本書いていたのです! そのうち公開するのです!
小説を書くために論文を書くのは、自分でもちょっとよくわからないんですけど! そのうちわかることなのです!
とにかく! こうして戻ってきたので、これからはどんどんてぇてぇ百合百合を書いていくのです!
あ、それと残響軌跡は一体どうすればいいのかわからないのです……前に使っていた設定集が十七万字だか十五万字だかあって、修正もできないので、ほとんど最初から書き直すことになりそうなのです……。




