第二十四話 『夢で見たものが気になっても、倉庫整理は待ってくれませんでした!』
神社暮らし、不思議な夢より先に朝ごはんと倉庫整理です!
一巻 鐘が鳴る前の夏
第二十四話 『夢で見たものが気になっても、倉庫整理は待ってくれませんでした!』
——
目が覚めた、と思った瞬間、月夜は見知らぬ空の下にいた。
上には雲のように見える光の塊が浮かんでいて、そのあいだを流れる色は夜でも昼でもなかった。青い光と金の光が薄く混ざっては、水面に落ちた墨のようにゆっくり広がっていく。風は吹いていたが、木の葉が揺れる音は聞こえなかった。代わりに、遠くで水車が回るような低い響きと、どこかで紙が折られるような乾いた音が流れてきた。
月夜は身を起こした。
足元は一面の草地で、草の葉一枚一枚が妙に鮮明だった。葉先には小さな光が宿っていて、足を動かすたびにその光が露のように散った。少し離れたところには古い商店街のように見える道があり、瓦屋根の低い建物が並んでいたが、看板には読めそうで読めない文字が書かれていた。人のような影もいくつか見えた。怖くはなかったが、むしろそれが余計に不思議に感じられた。
月夜はまず周囲を確かめた。あの路地は狭く、あの橋の下には水が流れていて、あの遠くにそびえる木はたぶん道しるべに使われていたのだろう。そんな考えが、記憶でもないのに自然に浮かんできた。
「……ここ。」
言い終える前に、背後で風が裂ける音がして、月夜は振り返った。
扉があった。
扉といっても枠や取っ手があるわけではなかったが、空気の真ん中が裂けたみたいに縦に開いていて、縁はなめらかではなかった。霧と波紋と紙を破った端が一度に重なったように、絶えず揺れながら形を変えていた。その向こうには白雲神社が見えた。鳥居、石段、縁側の端に掛かった風鈴、そして朝の光を含んだ境内。
扉の向こうの神社はあまりにも鮮明だった。今自分がいる場所より、むしろそちらのほうが現実に近く見えた。なのに不思議なことに、その扉の前に近づくと胸が痛んだ。
そのとき、とても小さな声が聞こえた。
「——月夜。」
誰が呼んだのかはわからなかった。けれどその声はひとつではなかった。小麻里のようでもあり、結のようでもあり、木乃葉がからかう直前の息遣いのようでもあった。月夜は一歩踏み出した。
その瞬間、扉の向こうから誰かの手がこちらへ伸びてくるように見えた。
***
もう一度目を開けた。
今度は見慣れた天井が見えた。窓の隙間から淡い朝の光が入ってきていて、横からは布団のふかふかした匂いがした。昨夜ちゃんとかけて寝た布団は、胸の下までずり落ちていた。
そしてその上に、木乃葉がいた。
正確には、覆いかぶさっていた。
近すぎた。ゆるく流れ落ちた髪が月夜の頬の近くをくすぐり、木乃葉の尻尾三本が同時に布団の上でゆっくり揺れていた。朝の低い光が、木乃葉の首筋と肩の上に薄くかかっていた。
二人のあいだに、妙なほど長い沈黙が生まれた。
「……どうしてここにいるんですか?」
月夜が迷った末、ようやく口を開いた。
木乃葉が小さく笑って言った。
「起きたら合意の上で強制的にしようと思って。」
「何をですか。」
「朝の身体検査。」
「その前置きのせいで全然信用できないんですけど。」
「合意は取る予定だったよ。」
「強制も一緒についてましたよね。」
「だから合意の上で。」
「その言葉で全部解決しようとしないでください。」
月夜は布団を引き上げながら、すっと少しだけ身を引こうとした。
——すうっ。
戸が開き、その光景を見た小麻里が戸の隙間で止まった。
月夜は布団をつかんだまま、木乃葉は月夜の上のほうに手をついたまま、二人ともそのまま小麻里を見て、小麻里は数秒間何も言わなかった。
その次に、静かに戸を閉め始めた。
「行かないでください!」
月夜がほとんど叫ぶように言った。
戸がまた止まり、小麻里はとても落ち着いた顔で言った。
「邪魔しちゃ悪いと思って。」
「邪魔する状況じゃないです!」
「そう?」
「そういう目で見ないでください!」
木乃葉はまだ笑っていた。ものすごく憎たらしいくらい楽しそうな顔だった。
「小麻里、誤解しないで。まだ何もしてないよ。」
「まだ……。」
小麻里がその言葉だけを繰り返した。
月夜は顔が熱くなるのを感じながら、慌てて木乃葉の肩を押した。
「……とりあえず降りてください。」
「残念。」
「何がですか。」
「身体検査。」
「それ続けたら結お姉ちゃんに言いますよ。」
その名前が出ると、木乃葉はようやく少し身を引き、月夜はその隙に布団を整えて起き上がった。さっき見た草地と不思議な扉はまだ頭の中に残っていたが、目の前の状況があまりにも現実的で、余韻は長く持たなかった。
小麻里は部屋の中を一度見て、月夜の顔を見た。
「何か夢でも見た?」
月夜は答えようとして止まった。
木乃葉の目がほんの一瞬細くなり、小麻里もそれを見たようだったが、先に問い詰めはしなかった。
「少し変なところにいました。」
「どんなところ?」
「説明しにくいです。村みたいでもあって、森みたいでもあって……空がおかしくて、白雲神社が見える扉がありました。」
小麻里の表情は大きく変わらなかった。けれど視線がほんの少し下がってから戻った。
木乃葉は黙ったまま自分の尻尾の先を指に巻き、しばらく沈黙が流れると、小麻里が先に言った。
「朝ごはん食べてから話して。」
月夜は瞬きをした。
「またご飯ですか?」
「夢のせいでお腹が空かなくなるわけじゃないから。」
その言い方があまりにも小麻里らしくて、月夜は結局力が抜けて笑ってしまった。木乃葉も小さく笑った。部屋の空気は少し前までとは別の意味でぎこちなかったが、そのぎこちなさもすぐに朝の光の中へ溶けていった。
***
朝ごはんの席では、思ったより何も起きなかった。
月夜は少し身構えていた。夢で見た空、裂けた空気の向こうに見えた白雲神社、誰かが呼んだ自分の名前。そういうものを話せば、三人のうち誰か一人くらいは深刻な顔をするのではないかと思っていた。
けれど現実は違った。
小麻里は味噌汁の椀を月夜の前に置き、結は焼いた魚を分け、木乃葉は「朝から襲った側もご飯は食べないとね」みたいな顔で自分の席に座った。
月夜はそちらを見て、すぐに視線を逸らした。
「なんで避けるの?」
木乃葉が聞いた。
「避けてません。」
「今、目が逃げたけど。」
「それは目の自律性です。」
「朝から難しいこと言うね。」
小麻里が箸を取りながら低く言った。
「そんなこと言う力があるなら食べな。」
「はい……」
月夜はおとなしくご飯をひと口食べた。温かかった。口の中に米粒の甘みが広がると、頭の中に残っていた不思議な光が少しぼやけた。夢は鮮明だったが、食卓の上の湯気と木の器の感触は、それよりもっと近かった。
結が静かに聞いた。
「さっき言ってた夢、他に覚えてることはある?」
月夜は箸を止めた。
「空がおかしかったです。昼でも夜でもない色で、道みたいなものもあって。村みたいに見えるところもあったんですけど、看板の文字はよく読めませんでした。」
「怖かった?」
「怖くなかったのが一番変でした。」
月夜はゆっくり言葉を選んだ。
「初めて見る場所なのに、完全に初めてではない気がしました。どこへ行けばいいのかも、少しわかる気がして。思い出したわけじゃないんです。ただ、体のほうが先に知っている感じで。」
小麻里は味噌汁をひと口すくいかけて、少し止まった。結は目を伏せ、木乃葉は自分の尻尾の先を指で押さえた。
三人とも何も言わず、月夜はそのとき迷ってから口を開いた。
「やっぱり何かありますよね?」
月夜が尋ねると、木乃葉がすぐ笑った。
「夢ってもともと、何かありそうなふりをするのが得意だからね。」
「その言葉で流されると思いました?」
「半分くらいは。」
「半分しか引っかかりませんでしたね。」
「成長したね。」
結が言った。
「今は、夢のままにしておいたほうがいい。」
「どうしてですか?」
「夢だったから。」
あまりにも当たり前の答えだと思ったが、結がそう言うと、妙にそれ以上聞きにくくなった。
小麻里が横から付け足した。
「朝から難しい話をするとご飯がまずくなる。」
「今のはただのご飯の話でしたよね?」
「重要だから。」
月夜はその言葉を聞いて、小さくため息をついた。
結局ご飯は最後まで食べたが、不思議なものは残っていた。だからといって、ご飯がまずくなるわけではなかったが。
食事が終わると、朝の夢の話はそれ以上続かなかった。
代わりに小麻里が言った。
「今日は倉庫整理。」
「急にですか?」
「急にじゃない。昨日からやるつもりだった。」
「それを今初めて聞いたんですけど。」
「今言ったからいい。」
月夜は何かおかしいと思ったが、もう小麻里は立ち上がったあとだった。結も小さな鍵の束を持ってきた。
***
奥の居室の裏手にある小さな倉庫の中は、普段通りすがりに見ていたときよりもずっと深かった。古い箒、予備の灯籠、畳まれた簾、古びた木箱、祭りのときに使うらしい布飾りが壁沿いに置かれていた。
「おお……」
月夜が小さく呟くと、木乃葉が後ろから言った。
「宝物庫みたいでしょ?」
「宝物というより、何が出てきてもおかしくない倉庫みたいです。」
「それが宝物庫だよ。」
「基準が広すぎます。」
小麻里は奥の箱をひとつ指さした。
「それは触らないで。」
「どうしてですか?」
「木乃葉が昔入れておいたもの。」
月夜はすぐ手を引いた。
「説明十分ですね。」
「ひどくない?」
木乃葉が抗議したが、結までも静かに頷いた。
「その箱はあとで私が見るね。」
「結まで?」
木乃葉は傷ついた顔をしたが、尻尾の一本がこっそり箱の前を隠していた。
そのあとは、整理しながら古い紐は処分するほうに分け、まだ使える御札の紙は別に束ね、祭り用の布は外へ出した。そうしているうちに、月夜は低い棚の上に置かれた小さな鈴を見つけた。月夜が鈴を見つけてゆっくり手を伸ばすと、指先が触れる前に鈴が小さく鳴った。
ちりん——
月夜の手が止まった。
その音は確かに小さかったが、夢で聞いた乾いた音に少し似ていた。紙が折れるような音。風のあいだから漏れてきた、説明しにくい響き。
「それ、古いものだよ。」
結が後ろから言うと、月夜はゆっくり手を引いた。
「私が鳴らしたわけじゃないです。」
「わかってる。」
結は鈴を小さな布の上に置いた。そして何でもないように言った。
「たまに先に鳴るの。」
「大丈夫なんですか?」
小麻里が横から答えた。
「大丈夫。うるさくはないから。」
「基準がまた変ですよ。」
木乃葉が笑った。
「この神社のものはだいたいそう。おとなしいなら大丈夫。」
「おとなしくなかったら?」
「そのときは結がどうにかする。」
「責任が全部結お姉ちゃんに行ってるんですけど……。」
それでも不思議と、月夜はその鈴から目を離しにくかった。夢の中の扉の前で聞こえた名前。その声たち。そして今、自分から鳴った鈴。全部つながっていると言うにはあまりにも細かったが、何の関係もないと言うには、指先に残った感覚が長く続いた。
そのとき、小麻里が小さな布の束を月夜の腕に乗せた。
「ぼうっとしてないで、これ外に干して。」
「はい。」
「あと鈴とにらめっこしない。」
「してません。」
「負けた。」
「結果まで決めないでください……!」
月夜は結局、布の束を持って倉庫の外へ出た。外の陽射しは柔らかく熱く、境内には蝉の声が薄く敷かれていた。鈴の音も、夢の中の空も、ここまで出てくると一枚後ろへ退いた。
月夜は布を縁側の端に広げながら、空を見上げた。
今はただ、普通の夏空だった。
今日も連載は続くのですわ! 言うことはあんまり思いつかないんですけど! 最近だんだんレズ化が進んでいるのか、もう百合以外見られなくなってきたのです!




