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第二十二話 『静かな風が通り過ぎたあとも、日常は続いていました!』

神社暮らし、小さなずれはありましたが、今日もお茶とご飯と庭仕事が先です!

一巻 鐘が鳴る前の夏


第二十二話 『静かな風が通り過ぎたあとも、日常は続いていました!』


——


翌朝、境内には風が吹いていた。


強い風ではなかったが、縁側の端に干された手拭いがほんの少し揺れて、竹の葉が互いに肩を擦り合わせるくらいだった。けれど不思議なことに、風鈴は鳴らなかった。軒先に吊るされた小さな硝子の風鈴は、確かに風を受けているのに、中の舌だけが軽く揺れるばかりで、音はしなかった。


月夜は箒を持ったまま、それをしばらく見上げていた。


「どうしたの?」


後ろから小麻里が聞いた。


「風鈴です。」

「風は吹いてるのに、音がしなくて。」


小麻里は軒のほうを一度見て、何でもないように答えた。


「湿気でも吸ったんでしょ。」


「風鈴も湿気を吸うと口を閉じるんですか?」


「じゃあ熱を吸っておしゃべりになる風鈴もいないとおかしいでしょ。」


月夜は少し返事を選んでから、結局、箒の先を庭へ下ろした。


「それは少しうるさそうですね。」


「だから静かなほうがいい。」


小麻里はそう言って、また庭を掃き始めた。月夜はどうにも、小麻里の言葉を聞いてもすぐには納得できなかった。風鈴が鳴らないこと自体がおかしいというより、その音のない揺れが妙に目に引っかかった。昨日、本殿の横に新しく掛けておいた紙垂が陽射しの中で白く揺れていたが、そのうち一枚だけ向きが少し違っていた。ほかの紙は風に沿って外側へ流れているのに、それだけが内側へ巻き込まれたように見えた。


「お姉ちゃん。」


「今度は何。」


「あれ、昨日わたしたちが折ったやつですよね?」


小麻里は箒の手を止めて、月夜が指したほうを見た。一瞬、本当に一瞬だけ目が細くなった。けれど次の瞬間には、何でもないように歩いていき、指先で紙を直した。


「折り目が甘かったんでしょ。」


「昨日はまっすぐでしたけど。」


「夜に湿気を吸ったんでしょ。」

「朝から紙と張り合わないで。」


月夜はその言葉に笑いそうになったが、笑おうとしても、うまく笑いは出なかった。小麻里はまた箒を持ち、月夜もその隣で庭を掃いた。石畳の上には落ち葉はほとんどなく、代わりに、とても細かい白い埃のようなものが鳥居のほうの日陰に少し集まっていた。どこかから飛んできた砂にしては、色が薄すぎた。


月夜が箒の先でそれに触れようとした瞬間、後ろから結の声がした。


「それは私がやる。」


結の言葉を聞くと、月夜の手は反射的に止まった。結は奥の居室のほうからゆっくり歩いてきて、小さな紙袋をひとつ取り出した。そしてその中にあった粉を、白い埃の上へほんの少し振りかけた。


何も起きなかった。


ただ、埃が濡れた灰のように沈み、風が一度通っても散らなかった。結はそれを箒で静かに掃き集め、用意していた小さな木箱の中へ入れた。


「それ、何ですか?」


月夜が尋ねた。


結は手を払ってから、ようやく答えた。


「夜の間に入ってきたもの。」

「たまにあるよ。」


「たまにあるなら、大丈夫なんですか?」


結はすぐには答えなかった。代わりに月夜の顔を一度見て、いつもより少しだけやわらかく言った。


「大丈夫。」

「日が昇ったあとに残っているものは、たいてい力が弱いから。」


たいてい。


月夜はその一語が、妙に気にかかった。けれど結はそれ以上説明せず、小麻里も何も言わずに庭の端を掃いていた。聞けば答えてくれそうでもあり、答えてくれなさそうでもあった。だから月夜は、もう一度箒を動かした。


そのとき、縁側のほうから木乃葉がのろのろと現れた。まだ寝起きなのか、髪の先が少し乱れていて、尻尾の一本がいつもより低く垂れていた。けれど境内を一度見渡した木乃葉の目が、ほんの一瞬だけ止まった。


「今日は朝から働き者だね。」


木乃葉が言った。


「木乃葉は今起きたばかりじゃないですか。」


月夜がすぐに返すと、木乃葉は胸元に手を当てて、傷ついたような顔をした。


「私は夜の気配を守るので忙しかったんだよ。」


「ただ寝てただけじゃないんですか?」


「寝るのも守り方のひとつだよ。」


いつもなら小麻里がすぐにもう一言言うところだったが、今回はそうしなかった。代わりに、結が木箱の蓋を閉める音だけが小さく鳴った。木乃葉はそちらをちらりと見て、何でもないふりをしながら月夜のほうへ近づいてきた。


「まあ、大したことじゃないよ。」

「風がちょっと歩き回っただけ。」


「風ですか?」


「うん。少し道を間違えた風。」


木乃葉の三本の尻尾のうち一本が、ごくわずかに膨らんでいた。月夜はそれを見て、思わず箒を少し強く握った。


「木乃葉。」


「ん?」


「尻尾、嘘つけないんですね。」


木乃葉が少し止まった。それから、ゆっくり自分の尻尾を見下ろした。


「……この裏切り者……」


その言い方があまりにも本気に聞こえて、月夜はようやく少し笑ってしまった。小麻里もごく小さく息を漏らし、結は箱を持って奥の居室のほうへ向き直りながら言った。


「朝の仕事が終わったら、お茶にしよう。」

「今日は少し温かいものに。」


月夜は結の言葉を聞いて何も言わなかったが、風鈴がまだ音もなく揺れていることだけ、もう一度確かめた。


***


温かいお茶は、なかなか冷めなかった。


夏の朝に熱い湯呑みを両手で包んでいるのは少し変なことだったが、いざ飲んでみると身体の内側がゆっくりほどけるような気がして、喉の奥へ温かい香りが落ちていくたびに、肩に入っていた力が少しずつ抜けていった。


結はいつも通り、何も言わずにお茶を注いでくれた。小麻里は湯呑みの横に小さなお菓子をひとつずつ置き、木乃葉は自分の分を受け取るなり、まず匂いを嗅いだ。


「今日のお茶、ちょっと濃いね。」


木乃葉が言った。


「わざと。」


結が短く答えた。


「身体を温めるほう?」


「うん。」


その会話を聞いて、月夜は湯呑みの中を見下ろした。薄い茶色の水面から、湯気がごく細く上がっていた。さっき境内で見た白い埃とはまったく違う薄さだった。その違いが、妙に安心させてくれた。


「じゃあ、さっきのあれは、お茶を飲めば大丈夫になる種類なんですか?」


月夜が尋ねた。


結はすぐには答えなかった。代わりに湯呑みを持ってひと口飲み、ゆっくり置いた。


「身体が先に冷えると、心も一緒についていくから。」

「だから先に身体を温めるの。」


月夜はそれ以上聞かず、お菓子をひとつ取った。さくっとしていて、甘かった。とても普通の味で、むしろありがたいくらいだった。


すると小麻里が月夜をじっと見て、横から言った。


「あんた、朝からずっと顔が固かった。」


「そうでした?」


「うん。」

「箒を持って、風鈴とにらめっこしてる人みたいだった。」


「風鈴とにらめっこして勝ったら、何が残るんですか。」


「静かな勝利感?」


その言葉に木乃葉が笑った。


「いいね。すごくこの神社らしい。」

「音のしない風鈴を相手に、静かな勝利だなんて。」


「木乃葉が言うと、急に無駄にそれっぽくなりました。」


「私はもともと、無駄なものをそれっぽくする才能があるからね。」


「自慢することじゃないですね。」


言葉を交わしているうちに、少し前まであった妙な緊張はゆるんでいった。小麻里がお菓子の欠片を皿の端へ寄せ、結が飲み終えた湯呑みを静かに片づけた。木乃葉は縁側のほうへ寝返りを打ち、陽射しの当たる尻尾の先をのんびり揺らした。


それでも月夜は、時々軒先のほうを見てしまった。


風鈴は相変わらず吊るされていた。今は風も弱まり、ほとんど動いていなかった。けれど一度目に引っかかったせいか、静かな硝子玉ひとつが、どうにも気になった。


昼ごろになると、境内の空気はすっかりいつも通りに戻っていた。結は味噌汁に入れる葱を刻み、小麻里は漬物の器を出した。月夜はその横で箸を置き、コップに水を注ぎ、まだ乾ききっていない布巾を縁側の端へ干した。


「月夜。」


小麻里が呼んだ。


「そのコップ、ひとつ足りない。」


「四人ですよね。」


「木乃葉が二杯飲む。」


「私がいつ?」


木乃葉がすぐに顔を上げた。


「さっきお茶を飲んだあと、また水を探してたでしょ。」


「それは喉が渇いてただけだよ。」


「結果が同じなら、あんまり変わらない。」


月夜は結局コップをもうひとつ置いた。木乃葉は納得いかない顔をしていたが、昼食の間、本当に水を二杯飲み、それを見た小麻里は何も言わなかった。


昼食が終わったあとは、庭に干していた布巾を取り込んだ。陽を受けた布はすぐに乾いていて、手に触れるたび、乾いた草の匂いのようなものがした。月夜がそれらをひとつずつ畳んでいると、結が横に来て静かに尋ねた。


「さっきのこと、まだ気になる?」


月夜は畳んでいた布巾を見下ろしてから、正直に少し頷いた。


「少しだけ。」

「怖いというより、わからないものが残っている感じがして。」


結は少しだけ境内のほうを見た。鳥居の向こうの道は、真昼の光のせいでかえって白く見えた。


「わからないものが、全部危ないわけじゃないよ。」


結が言った。


「でも、わからないふりをしていいものと、しちゃいけないものは違う。」


「その二つは、どうやって見分けるんですか?」


「ひとりで見ないこと。」


結はごく当たり前のように言った。


「変だと思ったら、ひとりで確かめずに誰かを呼んで。」


「それだけ守れば、たいていは大丈夫。」


たいてい。


朝に聞いた言葉が、また浮かんだ。それでも今度は、少しだけ不安が薄かった。


そうして月夜は布巾を全部畳み、胸に抱えた。


「……じゃあ次は、すぐ呼びます。」


「うん。」


午後はまた、普通に流れていった。小麻里は奥の居室の棚を整理し、月夜はその隣で道具の名前をひとつずつ覚えた。御札の紙、予備の紐、小さな鈴、客用の湯呑み、古い帳面。どれも初めて聞くようで、手に触れると少しずつ場所を持っていくものたちだった。


木乃葉は途中でやってきて帳面をめくり、小麻里にすぐ手の甲を叩かれた。


「それはおもちゃじゃない。」


「私だって字くらい読めるよ。」


「読めるからって触っていいわけじゃない。」


「この神社の神様に、ちょっと厳しすぎない?」


「神様ならもっと気をつけて。」


木乃葉は静かに帳面を閉じた。


***


日が傾き始めるころ、風鈴が鳴った。


最初はとても小さく、ちりん、と硝子の内側を爪先で軽く弾いたような音を立て、月夜は反射的に顔を上げた。縁側の端の風鈴は、ようやく普通に揺れていた。


けれど不思議なことに、安心より先に、別の感覚が来てしまった。


鳴るのが遅すぎたような気がした。


まるで一日中こらえていて、日が傾く直前になってようやく息を吐いたみたいに。


「月夜?」


小麻里が横で呼んだ。


月夜はじっとしていたが、少し遅れて顔を向けた。


「……あ、何でもないです。」


そう言いながらも、視線はまた軒先へ向かった。風鈴がもう一度鳴った。今度は澄んでいて、普通の音だったが、普通すぎて、かえって朝の沈黙がさらにくっきり残った。


何も起きなかった。

少なくとも、今日のところは。


風鈴が、もう一度鳴った。

その……僕が冨樫先生になったわけではないのですよ! これからも連載は続けるのですよ! 僕なりに作家生活をしてみた結果、今の自分の力量には二日に一話くらいの連載ペースが合っているとわかったのです! もちろん毎日連載が目標ではありますが、僕がもっとすごい作家になるまでは、二日に一回くらいで連載していくのですよ!

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