犯人
美しい花畑のような庭園でお茶を楽しみ、友とも話せて、あとはもう夕食にお肉が出れば言うことはないと、心地よいそよ風に目をつむってうとうとしていると。
「王女殿下」
お腹に深く響く低音の良い声で呼ばれ、ゆっくりと目を開ける。そこでまず視界に入ったのは、後ろに控えていたはずのリオルガの背中で……。
「今、誰かに呼ばれたような」
「お気になさらず、仮眠を取られていて構いませんよ」
「ん……」
「王女殿下と、呼びましたよ」
「……あ」
それでは、と目を閉じかけたところで、ひょいっとリオルガの向こうから顔を覗かせたのは、今日もとても美しいジル・ゴルジだった。
「お昼寝の最中でしたか」
「……」
「王女殿下?」
リオルガに阻まれながら小首を傾げたジル・ゴルジの長い髪がさらりと揺れる。
いつもは下している腰まである絹糸のような黒髪は後ろでひとつに結われ、深紅で統一された化粧も艶やかで。
「あれ?」
けれど、肩のショールと深いスリットの入ったドレスではなく、白いシャツとズボンといった装いで現れたジル・ゴルジに、目を瞬かせる。
思わず見惚れてしまうほどの妖艶さも、凛とした空気もそのままではあるけれど、衣装は男性のもの。
「男装?」
そう口からするっと零れ、違う違う、この人男性だった……と、ぼんやりした頭を慌てて叩き起こす。
「男装ではなく、これが本来の格好なのですが」
クスッと小馬鹿にしたように笑ったジル・ゴルジは、「邪魔だ」と言ってリオルガの肩を軽く押し退けた。
「どうしてここに?」
「王子宮殿でお茶会があるため、統括宮殿へ避難してきているとローガットから聞きました」
「そうですか」
枕にしていた小鳥の人形をテーブルの上に置き、リタが入れ直してくれた紅茶で喉を潤してから、スコーンへ手を伸ばす。ひと眠りしたらお腹が空いてしまったらしく、これが成長期というものかとふたつほどお皿に載せた。
「その所為で陛下が朝から落ち着きがなく、政務に支障をきたす前にお迎えにあがりました」
「誰を?」
「王女殿下を。それ、美味しそうですね」
ジル・ゴルジは私のスコーンをジッと見つめると、何故かさっきまでシリルが座っていた椅子に腰を下ろし、花の形のスコーンをお皿に載せクリームをたっぷりと付けた。
甘党なのかな?と眺めていると、クリームの上にさらにジャムを山盛りかけて、ひと口でスコーンを食べてしまう。
「……わあ」
「ん、王女殿下用のお菓子は美味しいと聞いていましたが、なかなか……」
もうひとつ、と手を伸ばすジル・ゴルジを見て、リタに彼の分の紅茶をお願いする。
「ああ、ありがとうございます。私の周囲にいる男達は甘いものを避けますので、こうした機会はとても貴重でして、わざわざここへ足を運んだ甲斐がありました」
「それはよかったですね」
「はい。それに、こうして王女殿下とお茶をしたと知られたら陛下になんて言われるか、とても楽しみです」
頭のよさそうな人は皆、腹黒なのだろうか……と思いながら、「それで?」と用件を促す。
「今日は重要な政務はありませんので、国王陛下の執務室に遊びにいらっしゃいませんか?次期王候補を目指されているのであれば、雰囲気だけでも知っておくべきでしょう?」
「何も知らない子供がいたら、邪魔になるのではありませんか?」
「ご謙遜を……ただの子供であれば邪魔かもしれませんが、王女殿下であれば陛下は喜ばれますよ」
話ながらせっせとお皿に載せていたタルトもひと口で食べきると、ジル・ゴルジは席を立ち、私の側まで来て手を差し出した。
「エスコートさせていただきましょうか?」
目を細めて艶やかに笑うジル・ゴルジは、まるで絵物語に出てくる魔性の魔物のようで。これほど美しければ人など思うままに操れてしまうのだろうと、溜息を吐きながら立ち上がり――。
「では、お願いします」
とにっこり微笑み、差し出された彼の手に小鳥の人形をそっと置く。
「……これは?」
「国王陛下がわざわざ作らせた小鳥の人形です。大切にエスコートしてくださいね」
これのお礼も言おうと、リオルガの手を握り歩き出す。
「鳥……?」
「早く行きますよ」
「あ、リタ。そこのお菓子を全て包んでくれ」
それほど気に入ったのかとジル・ゴルジを見ると、嬉しそうに包まれていくお菓子を眺めている。
「あの人、甘いものが好きなの?」
「ええ……疲れたときは甘いものがいいと言って、何か必ず持ち歩いています」
「リオルガは甘いものは苦手だよね?」
「苦手というか、口の中がずっと甘いと気になるというか」
「お茶があればいいの?」
「そうですね」
ほほう……と心のノートに書き込んでいると、追いついたジル・ゴルジが私の隣に並んだ。右手に小鳥、左手に包まれたお菓子を持つ姿は何ともいえず……リオルガと顔を見合わせる。
「甘いものが苦手な護衛ではなく、私との方がやはり相性はよさそうですね」
「リスティア様ではなく、甘いものを優先するような者を側に置くわけにはいきません」
「これは、王女殿下のおやつだよ」
確かに自分が食べるためだとは言っていなかったけれど、どうせ食べるのだろう。
リオルガに対して意地悪く笑っていたジル・ゴルジは、ふと視線を前に向け、声を落とした。
「そういえば、王女殿下は類を見ないほど優秀だとか」
静かな通路にその低い声が思っていた以上に響き、聞こえなかった振りをするわけにもいかず、私は「どうしてそれを?」と尋ねた。
「私は枢密院の長です。その程度の情報は当然入ってきますよ」
そう言って小鳥を軽く揺らして見せ微笑む、とんでもなく美しいジル・ゴルジを目の保養にしながら、「あとは?」とどこまで把握しているのだと促す。
「授業が始まってすぐに第二王子殿下に追いつき、そろそろ第一王子殿下に追いつくと」
ふっと口角を上げたジル・ゴルジを見て、ああやっぱり……と確信する。
「正確な情報でよかったです」
「……ん?」
「クリスお兄様は、私がとても未熟で基礎的なこともできないといった誤情報をつかまされたようなので」
ジル・ゴルジはとても愉快そうに目を細め、「へえ……」と口にする。
執務室の扉が見えてきたところでリオルガと繋いでいた手を放し、ジル・ゴルジに「小鳥を」と言って返してもらう。
「誰が、何のためにそんな余計なことをしたのでしょうね。私を有利にしたいのか不利にしたいのか……今のところは足を引っ張る行いですから、あとで厳しく罰を与えないといけませんよね」
そう言って微笑むと、ジル・ゴルジは肩を竦めて見せた。
「王女殿下が優秀だと知られれば、喜ぶ者もいれば、危険視する者も出ます。特に、王妃殿下のように王位継承権に敏い方は」
どこか含みのある言い方に、それで?と目で促す。
「期待値を下げておけば、余計な目を向けられずに済む。ただの子供として扱われているうちは守りやすいですしね」
けれど、足を引っ張る行いなのは変わりない。
腕にある小鳥の人形をしっかり抱え直し、「もし犯人を見つけたら」とジル・ゴルジを見上げる。
「震えて過ごすといい、と伝えておいてください」
にこっと笑い、イシュラ王の執務室をノックした。




