拗ねました
午後になり、久しぶりに統括宮殿にある庭園へ向かうと、そこは以前とは趣向が大きく変わっていた。ガゼボの天井にかけられた薄い白布は陽の光で淡く透け、その布の上にはスズランに似た白い花と緑の葉が細い茎で連なり天井から垂れ下がっている。ガゼボの周辺にも白い花が咲き広がり、庭園全体が真っ白な花畑のよう。
「メルヘンだ……」
唖然としながらガゼボを見上げていると、先に来てお茶の準備をしていたリタが振り返り、「お早かったですね」と微笑んだ。
「何だか、凄いことになっているね」
「この時期は陽を遮るために白布で覆いをし、ジュリア様がお好きな季節の花を飾らせています。庭園の花も全て植え替えさせていますよ」
「もしかして、季節ごとに変えているの?」
「はい」
なるほどと感心しながらガゼボの中へ入ると、テーブルの上にはリタが用意してくれたお茶とお菓子が置かれていて、そして。
「これは?」
対面の席の椅子の上に、両手で抱えられるほどの大きさの小鳥の人形がちょこんと置かれている。
「寂しがられないようにと、陛下がご用意されたそうですよ」
「……そう、なんだ」
薄々感じてはいたのだけれど、あの人は九歳をまだ幼子だと思っているのだろう。すぐに抱えてそのまま運ぶし、椅子ではなく膝の上に座らせ、目を離せばどこかへ行くと本気で思われている気がする。
「もう子供じゃないのにね」
「まあ……リスティア様はまだ子供ですよ」
「そうだけど、そうじゃなくて……」
まんまるの小鳥の赤いほっぺを指でぎゅっぎゅっと押し、その人形を抱えて椅子に座ると、埃よけの銀製の半球状の蓋が開けられた。
「久しぶりに王女殿下がお越しになられると聞き、料理人達が張り切ったようです」
「わあ……!」
薄いピンクのお皿の上には、可愛らしい形をしたスコーンが花のように並べられている。丸いものから三角のもの、リボンやバラの形をしたものまであり、クリームも花の形に絞られていてなんとも可愛らしい。ケーキスタンドには小さなケーキとタルト、ハムを挟んだ丸いパンが置かれ、その横には籠に入ったプレッツェルが。
「こちらは蜂蜜のケーキで、そちらは野菜を使ったタルトになっております。紅茶はリスティア様のお好きな香りのものをご用意いたしました」
カップに注がれた紅茶からふわりと甘い香りが広がり、思わず頬が緩む。
授業も予定もない休日を楽しむべく、庭園に咲き誇る花を眺め、スコーンをいくつか食べ、紅茶をおかわりしたあたりで、籠に入ったプレッツェルを手に取った。
「そろそろだと思うけど」
最後に会ったのは、確か王子宮殿へ部屋を移す前で……と思い返し、意外と日が経っていることに気付き、これはまずいのでは?と背筋がひやりとする。
「リオルガ……!シリルは、何か言っていなかった?」
「いえ、とくには」
リオルガの前では素直で良い子のあのお兄ちゃん大好きっこが、私に対しての恨み言を口にするわけもなく。
「忘れていたと知られたら……」
文句のひとつやふたつでは済まないと、プレッツェルを増やすべきかと考えていたそのとき。
「リスティア様」
背後からとても低く冷たい声が聞こえ、ピッ!と姿勢を正す。
「お久しぶりです。まさか……忘れられていたとは思いませんでした」
「……っ」
恐る恐る振り向くと、とんでもなく綺麗に微笑むシリルが立っていた。
「久しぶりだね、シリル……」
はは……と笑って誤魔化し、「どうぞ」と席を促すと、すんと表情を消したシリルが対面の席へ腰を下ろした。
(怒っている?)
そっとシリルを窺うと、座った彼の髪が陽の光を受けてきらきらと輝いていて、細い髪が風にふわりと揺れる。元々整った顔立ちで天使のように可愛らしかったのだけれど、今は可愛さが抜けて端正さが増した。そういえば身長も高くなっている気がすると、まじまじと観察しているとシリルがぎゅっと眉を顰めた。
「そんなに僕にご興味が?」
「へ……」
「ああ、ありませんよね。僕のことなんてすっかり忘れていたのですから」
「え、あー……それはね、あの、色々と忙しくて」
「凄くお忙しいのでしょうね。確か、最後にお会いしたのはお披露目前ですか」
ぎゅぎゅっとさらに眉を顰め、明らかに不貞腐れているシリルを見て、やってしまったと空を仰ぐ。
前回も心配してわざわざ会いに来てくれたというのに、またしても同じことをしてしまった。
「ごめんね。忘れては……いたのだけれど、でも会いに来てくれて嬉しいんだよ?」
「そこは嘘でも、忘れてはいなかったと言って誤魔化すべきではありませんか?」
「そしたら、もっと拗ねるでしょう?」
「……拗ねてはいません」
ふいっとそっぽを向いたシリルに、プレッツェルの入った籠をそっと押し出し貢物として捧げておく。それを横目で見たシリルは深く息を吐き、「忙しいのは知っていました」と呟いた。
「お披露目を無事に終えたことも、王子宮殿へ移動したことも、授業が始まったことも、兄上から聞いていました。初めてのことなのですから、大変なことも忙しいことも理解しています」
「はい」
「でも、だとしたらなおさら、友を呼んで気分転換などをするべきでは?それに、これから行う社交についても相談にのれると……他にも話すことが沢山あるというのに」
「はい」
「お話し相手兼友人という肩書はいまだ健在ですが、以前のように出入りを許されているわけではありません。リスティア様に呼ばれないと、王子宮殿どころか王宮にも来られません」
「はい」
まったく、とプレッツェルを食べ始めたシリルを見て、ほっと肩の力を抜く。
「それで」
「はい」
「はいではなく、どうなのですか」
「どうとは?」
「虐められていませんか」
「ん?大丈夫、かな」
王妃様やクリスとソレイルに何かされても同じくらいやり返しているので、一方的にやられるということはない。
むしろ、やりすぎて私が虐めている側ではないだろうか?と一瞬考えてしまい、曖昧な返答になってしまった。
「大丈夫ではなさそうですが」
「倍にしてやり返しているから大丈夫だよ」
「ということは、何かされているということですよね。……第二王子殿下ですか?」
「あれはまったく問題ないよ」
「それなら、まさか第一王子殿下ですか?警戒するようにと、そう言っておいたはずですが」
「警戒対象だし、関わりたくないけど、向こうからやってくるんだよね」
決して私から関わっているわけではないのだと、これまでの出来事を順に話すと、シリルはどこか遠くを見つめながらプレッツェルを齧り始めた。
「警戒されているというか、退屈しのぎに珍獣で遊んでいるというか。どちらにしても、邪魔になればどうとでもするような人なので、十分気を付けてください」
「珍獣って、私のことではないよね?」
「リスティア様以外に誰がいると?」
エドといいシリルといい、私を何だと思っているのか。猛獣や珍獣と言われるようなことなどしていないと、控えているリオルガを振り仰ぐと、にっこりとお日様より眩しい笑顔を向けられ撃沈してしまった。
「……あれ、そういえばお友達は?このあと一緒にお茶会に出席するんでしょ?」
「友人とは、あとから王子宮殿で合流します。ここへは入れませんから」
「そっか」
「分かっているのか、いないのか」
「ん?」
「王子宮殿でのお茶会も特別なことではありますが、統括宮殿でこうしてお茶をいただくことに比べれば大したことではありません。特別さでいえば、こちらの方が断然上です。しかも、国王陛下が管理されている庭園ですから、そこを見られるだけでもとても羨ましがられました」
そう言って笑うシリルは、私が一人でいて寂しくならないよう気遣ってくれたのだろう。
「王女としてお披露目が終われば、友人達を紹介します。それと、社交クラブの方も既に準備していますので、ご心配なく」
「私の?」
「はい」
仕事が早いと手をパチパチと叩くと、シリルはとても満足そうに微笑む。
「面倒なことはこちらでやっておきます」
「ありがとう」
「ですから、リスティア様は確実に国王の盾を手に入れてください」
その声音は先ほどまでの優しいものとは違い、強い圧を含んだものだったが。
「うん、任せて」
そうさらりと返せば、シリルは目を見開いた。
「勝算が?」
「うーん」
少しだけ考えた振りをしたあと、ニッと笑う。
「負ける要素はないかな」
「それならいいです」
ふっと笑って肩を竦めたシリルは、籠からいくつかプレッツェルを取り出し、ハンカチに丁寧に包んだあと立ち上がった。
「それでは、また。なるべく早いうちに呼んでいただけることを願っています」
「お茶会、楽しんでね」
「それはどうでしょうか。でも、兄上の顔が見られたので頑張れます」
そう言ってリオルガの下へいき、頭を撫でてもらいご機嫌に庭園を出て行くシリルを見送り、「さて……」と、統括宮殿を見上げる。
「そろそろ私も動かないと」
籠からひとつプレッツェルを取り出し、あぐっと齧った。




