大規模なお茶会
王女は王家の品位を示す存在であり、貴族社会の調整役、そして民からの支持を得る役割を担っている。だからこそ、お茶会の主催や慈善活動が公務とされ、王女が担うべき務めとして古くから行われてきた。
では、王子はお茶会も慈善活動も行わないのかといえば、そうではない。王子も同じようにそれらを行うが、政治色が強いものである。
お茶会は自分の派閥を育て、使節団との交渉や宴席の主催の予行練習となり、慈善活動は民からの支持を得るためだけでなく、統治者としての視野を広げるためのもの。同じ公務であっても王子と王女では目的も意味も少し異なってくる。
けれどこの国は絶対王政国家で、王女であっても次期王候補になれてしまう。国のためのお人形ではなく、国を統べる女王。王子達と同様に支持基盤を固め、統治者としての目を養うために、社交と公務を学ぶのだ。
「王族が自らお茶会を開くのは、単なる社交ではありません。公の場に立つ最初の機会であり、貴族達に王家の品位を示す場でもあります。そしてまた、王女殿下がどのような教養を持ち、どのような判断をされる方なのかを周囲が見極める場でもあるでしょう」
テーブルに並べられた色布の見本や席次表を眺めながら、説明を受ける。
「配色や配置、席次、進行の采配などがとても重要となります」
メレーヌ様は色布を一枚取り上げ、私へ掲げて見せた。
「まずは配色です。王家の色を基調にしつつ、季節の色を合わせるのが基本です。それと、貴族階級によって使える色が異なることも忘れずに」
沢山置かれている色布を眺め、私なら紫かな……と色々と考えていると、席次表を差し出された。
「次に配置です。誰をどこに座らせるかによって、大きく変わります。これに関してはこちらを。以前、第一王子殿下が主催されたお茶会の席次表です」
「随分と高位貴族が多いですね。それも、国の中枢にいる家の方ばかり」
伯爵家以上の名がずらりと並ぶ席次表を見て、王妃派閥の多さに目を細める。
「王子殿下の後ろ盾であるオルダーニ家は代々続く名門です。派閥も多く、中枢にいる貴族との繋がりがあるのは当然のこと。だからこそ、オルダーニ家の息女が王妃殿下となられたのですから」
暗記した貴族名簿と席次表を頭の中で照らし合わせ、ふむと頷く。オルダーニ家と比べても遜色のない中立派の家は席次表には見当たらず、下級貴族もいない。
社交クラブを立ち上げ味方に引き入れるとしたら、まずその辺りが候補になるだろう。
「そして采配ですが、まずは会場の選定と趣向を決め、お茶とお菓子の種類、装飾、そして侍従と侍女の手配となります」
メレーヌ様がテーブルの端に置かれていた数冊の本を手に取り、広げて見せてくれる。
「作法は国によって異なります。色の意味、花の扱い、席次、そしてお茶とお菓子についても、どれも国ごとの流行や文化が反映されます。例をあげるとすると、隣国ではお茶に香辛料を用い、柑橘の香りを好まれているとか」
「隣国……」
色布や席次表の下に敷かれていた近隣国の地図へ視線を落とし、隣国の位置を指先でそっとなぞる。
『レノア。少しだけ一緒に休憩しよう』
王太子妃教育で疲れた私に、婚約者だった彼はよく香辛料の入った甘い紅茶を持ってきてくれた。
一度目のレノア・ラウンセルだったときのことをふと思い出し、そういえばこの国とは紅茶の飲み方も、好まれる香りも違っていたと苦笑する。
「焦らなくて構いません。これらは一度で覚えられるものではありませんので、ゆっくりと身に付けていけばよいのです」
「はい」
「では、本日の授業はここまでにいたしましょう。明日と明後日は授業がありませんので、お忘れなく」
「ありがとうございました」
軽くお辞儀をして礼法室を出ると、恒例のように両腕をぐっと上げ、凝り固まった首や肩、腰を解す。
「お疲れ様でした」
「疲れたというよりは、筋肉が。階段の上り下りだけじゃなく、運動もして鍛えないと。そうだ、途中いなかったみたいだけど、どこかに行っていたの?」
授業の途中、側から離れることのないリオルガがほんの少しだけ姿を消していた。
「礼法室の外で、明日のことについてローガットと少し話をしておりました」
「明日……?あ、第一王子が主催するお茶会」
そういえばそうだったと、クリスの顔を思い浮かべてぎゅっと眉を顰める。
「社交クラブの子達を集めて、王子宮殿でお茶会を開くって言っていたよね」
私はデビュタントもまだなので、顔を見られるわけにはいかないと分かっていて誘ってきたあれだ。
「普段は王都内にある会場で行われているそうですが、今回は特別に王子宮殿の庭園で行われるようです。計画された時期には、まだ王妃殿下が王子宮殿の管理を担われていたため許可がおりたこと、招待状はリスティア様が王子宮殿に入られる前に送られたため、そのまま予定通り開催されることになったとローガットが申しておりました」
「そうなんだ」
「それと、第一王子殿下の社交クラブに入っている者達だけでなく、王都に滞在している全ての貴族の子息、息女に招待状が送られたそうです」
「それは、派閥関係なくということ?」
「はい。王都に滞在できるだけの資金がある家に限られますが、それでも相当数いるかと」
「へえ……」
王妃派閥の者達だけで構成されている、第一王子の社交クラブ。下級貴族だけでなく、そこに入れなかった派閥の違う高位貴族達ですら、王族主催のお茶会となれば出席したいに決まっている。
その心理を巧みに突いた支持基盤を固めるためのお茶会。向こうも本格的に動き始めてきたと、疲れた目を指で解す。
「シリルも友人達と出席するそうです」
「……え?」
「偵察に行くと、そう言っておりました。ですので、お茶会前にご挨拶に伺うかと」
お茶会当日は、私は統括宮殿に避難することになっている。授業もないので、久しぶりに母の庭園にあるガゼボで、一人でお茶とお菓子を楽しもうと思っていたのだけれど……。
「プレッツェルも用意しておこうかな」
そう呟くと、リオルガからふっと笑う声が聞こえた。
知識も技量も優秀で、欠点のない完璧な王子。民から愛され、貴族達から次期王候補へと後押しされる、イシュラ・シランドリアの再来と称されている第一王子――と書かれている新聞をぽいっとテーブルに放り、自室の窓から庭園を見下ろす。
「これが、チートというやつでは?」
数日前から準備が進められていたらしく、色とりどりの花が咲き乱れる庭園の中に、丸テーブルと椅子がいくつも並べられ、テーブルクロスや装飾には紫がふんだんに使われている。庭園を行き交う侍女達は忙しそうに動き回っていて、それらをノクトが采配しているように見えた。
「新聞に載るほどなんだね」
「類を見ない規模のお茶会ですから」
「庭園も凄く華やかで上品な感じになっていたけど、あの大量の花はどこから持ってきたんだろう」
「植え替えさせたと聞きました」
「わあ……」
朝食後、私とリオルガはすぐに王子宮殿を出ることにした。
見学してみたい気持ちもあるけれど、余計なことに巻き込まれたら嫌なのでさっさと逃げることにしたのだ。
「……ん?」
お茶会は午後からなので、この時間なら招待客はまだ誰も来ていないはずなのに、王子宮殿を出てすぐに人の声が聞こえ反射的にリオルガの背に身を隠した。
「皆に訊かれて、だからね……なの」
「どうして……と……だよ」
「でも、大丈夫!……私が……」
(メリアとソレイル?)
庭園に繋がる小道で立ち止まり、何か話しているメリアとソレイル。二人もお茶会に出席するのか、普段より華やかな衣装を纏っている。
「……だから。ね、お願い!」
「でも、それだと……」
距離が離れているので話している内容はよく聞こえないが、メリアがソレイルの上着の袖を引っ張り、甘えるように「お願い」と何か頼み事をしているのは分かる。
その二人の様子を見て、やはりいつも通りのメリアだと興味を失くす。
あのときの妙なメリアは気にするようなことではなかったのだと、二人に背を向け歩き出した。




