平和には終わりません
「王妃殿下の謹慎については、既に聞き及んでおります。身内の愚行とはいえ、知らなかったではすまされない立場であることを理解しているはずです。寛大な処置をいただいたことを、感謝すべきでしょうね」
穏やかな口調で、触れられたくないところを容赦なく突いてくるメレーヌ様。まさか自分に返されると思っていなかった王妃様は、すぐに作り物の笑みを貼り付けた。
「謹慎中は愚弟の罪を悔い、祈りながら過ごしておりました。あれほどの罪を犯しながら、こうして私も王子達も無事でいられるのですから、陛下のご厚意には感謝しております」
「そうですね……王子殿下が次期王候補に指名されるまで、どのような非難も受けないよう、細心の注意を払わなければなりません。王子殿下方はいずれ、相応しいお立場へ進まれるのですから」
「胸に留めておきます」
殊勝な態度で返す王妃様と、味方することなく逆に諫めたメレーヌ様の両方を窺い、内心首を傾げる。
王族の婚姻といえば政治が絡むもの。特定の令嬢を次期王候補の婚約者として勧めるという行為には、必ず何らかの利権が伴う。推薦した人物は王妃の後ろ盾となり、礼法や教育、派閥にまで関わり、王家の人事に影響を及ぼすほどの力を得ることさえあるのだけれど……。
メレーヌ様は実家の姓に戻り王宮から離れ、政治から完全に距離を置いてしまった。王妃様を足掛かりに何か得たわけでもなく、寧ろ手にしていたあらゆるものを自ら手放しているのだ。
しかも、面倒ごとに巻き込んでくれるなと言わんばかりの空気を醸し出し、助力を期待する王妃様のために動く気配すら見せない。
(どうしてなのだろう……)
どう考えても、全くもってさっぱりである。
やはり実際に本人と話してみなければ為人など分からないものだと、運ばれてくるデザートに釘付けになりながら、もう少しだけ頑張りますかと全力で猫を被った。
「お腹いっぱい……」
前菜からデザートまで全て完食し、何とも平和に終わった晩餐。
あれから王妃様が何か言ってくることはなく、メレーヌ様はデザートを食べる前に「疲れたのでここまでに」と言い、一番先に席を立った。
「概ね、順調かな……」
初めての顔合わせは可もなく不可もなし。好印象を与えるほどではないけれど、これから教わるマナーや礼儀作法について、ある程度の基礎的な知識は備えていると知ってもらえたはず。
「……あとは」
王妃様とクリス達がどう動くのか。
座学はあと半年と言わず、できるだけ早くクリスに追いつくつもりでいるし、マナーや礼儀作法も最短で合格をもぎ取ってくる予定でいる。
そうなると残すは剣術と馬術、そしてジル・ゴルジの攻略なのだが。
「ジル・ゴルジは、結果で殴るとして」
最大の難関はやはり剣術と馬術で……。こればかりはひたすら練習あるのみなのだけれど、幸いにも講師としてリオルガというとても頼もしい先生がついてくれるらしい。護衛騎士兼侍従なだけでなく講師まで務める多才ぶりに、リオルガと同僚になる予定で奮闘しているエドを想いそっと合掌し、
「やることがいっぱいだ」
たった今出てきたばかりの部屋を振り返り、そう呟くと――。
「何をしている」
前を歩いていたはずのイシュラ王に、頭を掴まれぐいっと正面へ戻される。玩具ではないので無理やりはやめたまえと眉を顰めるが、当の本人は不思議そうな顔をしているので伝わってはいないのだろう。
「首を痛めるので、丁寧に扱ってください」
「それほど力は入れていないが」
ぽん、ぽん……と頭を軽く叩かれ、行くぞと顎で促され並んで歩くと、「それで?」と訊かれ小首を傾げた。
「それで、とは?」
「一人で話していただろう。何を思案していた」
「色々と……考えることがあって、大変なんです」
「その小さな頭で?」
「むぐ……」
胸に手を当てて大変なのだと静かに頷いていると、イシュラ王が私の頭のつむじを指で押し、ふっと鼻で笑った。
「あまり考え込むな……小さいのだから」
ぎゅっ、ぎゅっ、と押してくる指をペシッと手で払いのけ、歩く速度をわざと落とす。
すると、少し後ろを歩いていたリオルガが隣に並び、「リスティア様?」と私の顔を覗き込んだ。
「どうかなさいましたか?」
「ううん、何でもないよ。さあ、王子宮殿に戻ろう」
さっとリオルガの手を握って歩き出すと、目を瞬いたリオルガは「そうですね」と微笑む。
こういったとき、リオルガは私の意図を正確に汲んでくれるのでとても心強い。
「……おい」
「おいという人はいません」
そうぴしゃりと言い、立ち止まったままのイシュラ王の横を通り過ぎると、前を歩くローガットとリタから小さく笑う声が聞こえた。
「そうだ、このドレスはリオルガが選んだものなんだよね?」
「はい。陛下が選ばれている際に側におりましたので、比較的落ち着いたデザインのものを選ばせていただきました」
「どうして?」
「以前、街で買い物をされたときに、落ち着いた色や形のものばかりをご覧になっていました。それに、実際に選ばれた品もそういったものが多かったので、派手な装いはお好みではないのだろうと判断いたしました」
なるほど……と頷く。
リオルガ自身も派手なものは苦手らしく、色もあまり目立たない灰色や黒を基調とした服を好むのだという。
灰色や黒、または金といった色はどちらかというとイシュラ王のイメージで、リオルガとシリルは真っ白という感じがするので勿体ない。
「ありがとう」
「デザイン画から選ばせていただいただけで、お礼を言われるようなことは何もしておりませんが……お気に召されましたか?」
「うん、とっても」
これ以外はどれも派手なものだったので、とても助かった。
「リオルガは趣味がいい……へっ!?」
歩きながら話している途中で襟首を引っ張られ、思わずたたらを踏む。犯人は分かっているので振り返って睨めば、イシュラ王はそっぽを向き鼻を鳴らした。
「なんてことをするんですか」
「さっさと歩かないからだ」
「歩いていますよ」
「……遅い」
「遅いも何も、足の長さが違うんですから歩幅がっ、わ……!」
「それでは日が暮れる」
「何で持ち上げっ……うぐっ」
「さっさと戻って着替えるぞ」
突然荷物のように肩に担がれ、抵抗する間もなく無言で運ばれていく。
「むぐ……うっ……」
何が起きたのか分からず、圧迫されるお腹と戦いながら必死にリオルガへと手を伸ばすと――。
「わあっ……っ!」
イシュラ王が身体を捻り、私の身体がぶんと振られた。
「な、な……っ」
「大人しくしていろ」
大人しく……?肩に担がれながら、大人しく……?
「……リオルガ、助けて」
「陛下、もう少しお優しく」
「十分優しいと思うが……なあ?」
「どこが……っ、わ……!」
もう一度ぶんと横に振られ、我慢出来ずイシュラ王の背中を拳で叩き抗議する。
「このっ、落とす気ですか……!」
「落とされたくなかったら、口を閉じておけ」
「だったら揺らさないでください……っ、お腹が」
「陛下、その抱き方では苦しいのではないでしょうか」
「……」
見かねたリオルガが「抱き方を変えてください」と言うと、荷物運びから縦抱きへと変更され、そのまま統括宮の中を歩くことに……。
「下してくれれば、自分で歩けますけど」
「放っておくと勝手なことばかりする」
「勝手なことをしているのは私ではないのでは」
「……落とされたいようだな」
「……」
「それでいい」
すれ違う侍女や侍従の視線を感じながら、そっと遠くを見つめる。
心の中で「この暴君が!」と何度も罵倒し、国王陛下という乗り物に乗って王子宮殿へと戻ることになった。




