思惑
目を細めて私を睨むイシュラ王を横目に見つつ、スプーンを持つ。視線だけで何か訴えかけられても私にはさっぱりなので、放っておくに限る。
さて……とポタージュをすくって口に入れれば、懐かしい味がして思わず目を瞬く。
いつもの野菜を煮込んだものではなく、バターの香りふわりとするほんのり甘いかぼちゃのポタージュ。
母がよく作ってくれたものに似ていて何だか嬉しくなり、イシュラ王から放たれている圧などすっかり忘れてスプーンを動かす。
「……おい」
おいと言われただけで名指しされたわけではないので、きっと私ではないと無視しておく。
すると、イシュラ王はあからさまに溜息を吐くと、指先でトン、トン……とテーブルを叩き、それを合図にローガットが空のグラスにワインを注ぐ。
ポタージュからソースのかかった小さな切り身の魚料理のあとは、口直しのソルベ。そしていよいよ次は肉料理だというのに、イシュラ王はこれまでひと口も料理に手を付けていない。
不摂生は駄目だとあれほど言ったはずなのに……と顔を上げると、じとっとした目をしているイシュラ王と目が合った。
なので、料理の載ったお皿とイシュラ王を交互に見て食べるよう促してみるが、鼻で小さく笑いワインを口に含むだけ。
――挙句。
「足りないだろうからやる」
お前はよく食べるからなと言わんばかりの自然さで、指先で魚の載ったお皿をこちらへ押してきた。
「要りません」
「……」
「どうぞご自分で食べてください」
「……肉か」
何をどう結論づけたのか分からないけれど、こういった場で人の物を奪うほど食いしん坊ではない。お皿を押し返して再度食べるのだと促せば、イシュラ王は微かに目元を緩めグラスを横に軽く揺らして見せた。
「これでいい」
それはご飯ではないと呆れていると隣から息を呑むような気配がしそっと右隣を窺い、両手で顔を覆いたくなる衝動を必死に堪える。
(うわあ……)
ただでさえ懸念材料が多く失態は許されないというのに、メレーヌ様は眉根をきゅっと寄せイシュラ王と私を見ていた。
これはやらかしてしまったのでは……と身構えたところで、難色を示したのはメレーヌ様ではなく、王妃様だった。
「ねえ、リスティア。こうした場では、もう少し王女らしく振る舞わないといけないわ。先ほどのドレスのこともそうだけれど、貴方のその素直さは陛下の前だけにしておかなければ……分別のない子だと、周りの者に誤解されてしまうもの」
やんわりと窘める王妃様の声音はとても穏やかで、表面上は私を気遣っているように聞こえる。けれど実際は、私はまだ王女にはほど遠く、愚かな子供だと言っているのと同じで。
「貴方にはまだ難しいのかもしれないけれど、きっとそのうち慣れるわ」
頬に手を当て苦笑する王妃様は、ただ黙って聞いているメレーヌ様へと顔を向けた。
「メレーヌ様、リスティアはとても賢く優秀な子なのですよ。まだ王宮に来たばかりだというのに順応力も高く、教師からも評価が高いのだとか」
謹慎中でもどこからか情報を集めていたのか……私の授業進度を把握しているらしい。
クリスですら顔色を変えたというのに、あの王妃様がこうも手放しで褒めるのだから何か思惑があるはずで……。
「それは素晴らしいわね」
「きっと優秀な王女に育つと思われますわ。それに先日、正式に王女として、そして王位継承者として、上層部だけを対象としたお披露目も行われましたの」
それがこれだったのだろう。
優秀な王女であった娘の継承権を放棄させ、男児こそ王位につくべきだと唱えた人の前で、王位継承者としてお披露目をした王女の話をすればどうなるか。
声を張り上げ怒りを露わにするか、それとも冷たく拒絶するか、もしくは放棄するよう提言してくるかと、そう予想していたのに――。
「王女殿下にも王位継承権を?」
まるで「明日の天気はどうかしら?」くらいの調子で訊かれ拍子抜けしてしまう。それは王妃様も同じだったらしく、何とも言えない表情でメレーヌ様を見つめている。
「放棄させる理由などないからな」
そしてこちらもまた、呑気にワイングラスを片手にただ淡々と答えるイシュラ王。
「そうですか」
静かに頷いたメレーヌ様の一言で、ものの数十秒で終わってしまった重要な会話。
それは王妃様が期待していたものとは異なっていたらしく、思わずといった感じで「メレーヌ様」と小さく零した。
「何でしょうか」
「……いえ」
微笑みを浮かべてはいるけれど動揺は隠しきれず、思惑が外れた王妃様はすぐさま取り繕うように次の手を打ってきた。
「そう……リスティアは継承権を持ち、クリスやソレイルと同じ立場となったのですから、これからは王女だけを贔屓するのはよろしくないのではないかと思いまして」
(贔屓……)
次はそうきたかと、私は目の前に置かれた肉料理から目を離さず、耳だけを傾ける。
「贔屓とは人聞きが悪い」
押し殺したような低さで放たれたイシュラ王の声に驚いたのか、クリスの前にお皿を置こうとしたノクトの腕が震え、小さく音を立てた。
「贔屓などされていないと……?ここへ来てすぐ統括宮殿への行き来を許可し、特別な部屋と庭園を与え、王子宮殿の最上階にある部屋まで与えました。このどれも、特別扱いと受け取られても仕方ありませんわよね?」
これはイシュラ王の行いに対して抗議しているのではなく、王女は特別扱いされているというよくない印象をメレーヌ様に植えつけるためのものなのだろう。
王位継承権の話をしても関心のなさそうだったメレーヌ様に、別の角度から私の心象を悪くする材料を投げ込んできた。
確かに、王妃様の言う贔屓は存在する。けれどそれは王位継承に関わる特別扱いではなく、母に関する事情で生まれた私個人への優遇にすぎないけれど。
「どこの誰かも知れない者を後宮や王子宮殿に入れることなど出来ず、仕方なく客人として統括宮殿に置いた。あの部屋も庭園もこれの母に与えたものなのだから、主人がいなくなればその娘が受け継ぐもの……それと」
イシュラ王はゆっくりとメレーヌ様へ視線を向け――。
「王妃が常々気にしている王子宮殿のあの部屋の持ち主は俺ではない。あれは情けで譲り渡された部屋だ。その部屋に、王子を入れろと?」
喉の奥で低く唸るようにそう告げたイシュラ王。
どれが癇に障ったのかは分からないけれど、誰にだって触れられたくないものはある。
私はもしゃもしゃとお肉を頬張りながら、呆然とする王妃様を窺う。
絶対王政国家の次期王候補。それは国王だけでなく、王の矛と盾が認めなければ成立せず、その矛は既に私の手にあり、残るは盾だけ。
王妃様が焦る気持ちは分かるけれど、よく考えてみてほしい。ここは絶対王政国家なのだから、次期王候補なんて国王がどうにかしようと思えばどうとでも出来るということを。
ただ、イシュラ王がそれをやらないだけで。
イシュラ王はクリスもソレイルも、そして私のことも、国王としては皆ひとしく子として扱っている。ただ母への想いがある分、私に向けられる温度が少し違うだけ。
私が何かと優遇されるのは、イシュラ王が今でも母を深く愛しているから。私を通して母を見て、母とした約束を守ろうと必死になっているから――ただそれだけのこと。
(まあ……ほんの少しくらいは、情が芽生えたりも……)
あれだの、これだの、おいなどと呼ばれ、理不尽に睨まれ絡まれた数々を思い出し、そんなわけはないと半眼する。
そんなことを考えているとまたもや隣から視線を感じ、それと同時にふわりと頭を撫でられ硬直する。何事なのだと目をパシパシと瞬き、ぐぎぎっと顔を上げた。
「そんなところまで似ているのね」
メレーヌ様のどこか懐かしいものを見るような目に困惑し、「似ている?」と小さく言葉を漏らす。
「ええ、とても……あの子に似ているわ」
「あの子、ですか?」
恐らく、イシュラ王のことではないのだろう。
もしかして……と思い尋ねる前に、メレーヌ様は小さく溜息を吐き、ゆっくりと王妃様へ顔を向けた。
「口を出すつもりはなかったのだけれど、どうやら出してほしいようだから……そうね、王妃様の謹慎について、少し話しておきましょうか」
イシュラ王を思わせるような冷ややかな笑みを浮かべたメレーヌ様に、王妃様はふるりと肩を震わせた。




