好みは人それぞれです
「国王陛下、王妃殿下、メレーヌ・ダウム様がお越しです」
扉脇に立っていたローガットの声とともに扉が開け放たれ、クリスが口を噤み、ソレイルは分かりやすく姿勢を正し、私も扉へと顔を向ける。
最初に入って来たのはイシュラ王で、それに続くように王妃様。そしてその後ろから、ゆっくりと老婦人が姿を現した。
(あの人が……)
王妃の座を側室へと譲り、政治から離れ領地で静かに暮らしていた先代王妃様。
年齢を重ねても背筋は真っ直ぐで、歩き方はとても美しくドレスの裾は揺れも乱れもしていない。その淑女のお手本のような姿は目を奪われるほどで、現王妃様の華やかさとは違い品格というものを形にしたような人。
そんな姿にほうっと見惚れていると、先代王妃様の視線がすっと私に向けられ、何かに驚いたように目を見開いた。
(……えっと)
あまりにも凄くてぽけっと見ていたかもしれないけれど、口は閉じているし、姿勢も身形もおかしなところはないはず。
ジッと見つめられどきまぎしながらも平静を装うと、わずかに目を細めた先代王妃様は私から視線を外し、何事もなかったかのように案内された席へ――。
(ん……?)
以前の晩餐と同じく私の隣にはイシュラ王、対面には王妃様と王子二人。では先代王妃様はどこにと目で追っていると、黒いドレスが視界の右端に。
(まさかの、隣……)
どうして私はあちらの席ではないのだと、ギギッ……と音がしそうなほどゆっくりと左を見上げ、イシュラ王を睨む。
対面にクリスとソレイルが座っていた時点で気付くべきだった!と、そう内心頭を抱えていれば、王妃様が「ご挨拶を」と促した。
「先代王妃様、初めてご挨拶申し上げます。第一王子クリス・シランドリアです」
「第二王子ソレイル・シランドリアです。お会いできるのを楽しみにしておりました」
立ち上がって挨拶をするクリスとソレイルに先代王妃様が頷くのを見て、私も立ち上がり数歩下がってからドレスの裾を少しだけ持ち上げる。
「メレーヌ・ダウム様、初めてご挨拶申し上げます。第一王女リスティア・シランドリアと申します」
ふわりと微笑んで挨拶を口にすると、一切表情のなかったメレーヌ様の口角がほんの少しだけ上がり、正解だったらしいと胸を撫で下ろす。
「とても丁寧なご挨拶をありがとうございます。メレーヌ・ダウムと申します。私はもう王家の人間ではなく実家の姓に戻った身ですので、先代王妃とお呼びいただく必要はありません」
咎めたわけではなくただ事実を述べただけなのに、やんわりと諭されたような気分になる。
長く王妃として過ごした人は違うなあと感心しつつ、この人から礼儀作法を教わるのだと気付かれないように観察していると――。
「本当はおばあ様とお呼びしたかったのですが、メレーヌ様とお呼びさせていただきます」
とても純粋な子供のような顔で、本気で残念そうにそう口にしたクリス。それに続くように「わ、私も、メレーヌ様とお呼びします」と慌てているソレイルとは違って、とても演技がお上手である。
「座れ」
イシュラ王の一言で皆が席に着けば、すぐに食事が始まる。
最初に運ばれてきたのは香草を使った前菜。そして温かいポタージュが出てくると、そこから魚料理、肉料理と順に出されていく。
給仕は、イシュラ王と王妃様、それとメレーヌ様にローガットがつき、私にはリタ、クリスとソレイルには以前紹介されたクリスの専属侍従であるノクトがついている。
大人達のグラスには赤ワイン、子供達のグラスにはぶどう水が注がれると、メレーヌ様が口を開いた。
「子供達は皆、黒い衣装なのですね」
そう、子供達は全身黒だというのに、イシュラ王と王妃様は黒ではなく普段と変わらない装いのまま。給仕をしながらにこにこと笑っているローガットやリタ達からすれば、祖母と孫のお揃いのように見えて微笑ましいのだろうが、これはそんな和気あいあいとしたものではない気がする。
「先代王妃に合わせたのだろう」
「……どうやら、国王陛下は先ほどのお話をお聞きになっていらっしゃらなかったようですね」
「どう呼ぼうが俺の勝手だ」
先代王妃相手でも暴君なイシュラ王に慄くも、ローガットとリタが平然としているのでこれはいつものことなのだろう。
「私は好んで着ているのですから、合わせる必要はありません」
「子供達は好んでこの衣装を選んだのですから、メレーヌ様がお気になさる必要はありませんわ」
久々に見た王妃様は以前と変わらず聖母のようで、昨日まで謹慎させられていたとは思えないほど普段通り。
そんな王妃様に対して、イシュラ王は「好んで?」と小首を傾げ鼻で笑う。
「メレーヌ様についてお話をした際に、クリスとソレイルはこうした色の衣装に興味をもっていましたので仕立てさせました。ですが、王女は王宮に来てまだ日も浅く、好んでといったわけではなさそうですものね、子供達、と一括りにしたのは誤りでしたわね」
そう言って小首を傾げ微笑んだ王妃様は、紛れもなくイシュラ王の同類だろう。
「これの衣装は俺が用意させた物だ……どうだ?」
王妃様の嫌味をまるっと無視したイシュラ王が、私には関係ありませんよと、イシュラ王と王妃様の寸劇に耳を傾けていた私に急に話を振ってきた。
どうだ?とは、何なのだ……と半眼するも、さっさと答えろと眼力の圧まで飛んでくる。
「……選ぶのが大変でした」
「あの程度で、大変だと……?」
心底不思議そうな顔をされても困る。
あの量もそうだけれど、問題はそこではなくデザインなのだから。
「華やかな物より控えめな物が好きなので」
「で、選んだのがそれか」
そう不満そうに言われても、このドレスもあの大量の黒い衣装の中にあった物で、イシュラ王本人が用意させた物なのだから文句を言われる筋合いはないのでは?
「とても可愛いと思いますけど」
「……」
胸元のリボンを指で軽く摘まんで見せると、ふいっとそっぽを向かれてしまった……。
いったい何が不満なのだとジトっと睨んでいると、横から驚いた声が上がる。
「貴方が、用意させたの……?」
信じられないといった顔でイシュラ王を見たメレーヌ様は、そっと私のドレスへ視線を落とし「……ドレスを」と小さく呟いた。
有り得ないと言わんばかりのそれにコクリと頷けば、イシュラ王が「それは俺ではない」と、部屋の隅に立つリオルガを指差す。
「そのドレスはあいつだ」
どうやらこのドレスはリオルガが選んだ物らしく、だから不満そうにしていたのだと苦笑する。
「他にもっと良い物があったはずだが?」
「これが一番良い物でしたけど」
メレーヌ様と王妃様の言葉をなぞって、「好んで着ていますので」と付け加えておいた。




