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【書籍②巻6/1発売】3度目の人生は、忘れ去られていた王女様でした(旧:3度目の転生は、忘れ去られていた王女様でした)  作者:


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面倒で愉快なもの


「皆、下がって」


クリスは侍女達を下がらせ、微動だにせず沈黙している王妃に戸惑うソレイルの肩を指で軽く叩き、「先に」と王子宮殿へ戻るよう促す。

そうして室内に残ったのは、王妃とクリス、そしてノクトだけとなった。


「母上」


ジッと対面の席を睨む王妃に声をかけると、ゆっくりと瞬きした王妃は、


「あの老いぼれめ」


と、押し殺した声で吐き捨てた。

それは清廉で穏やかな聖母と称えられている姿とは異なり、人前で決して表に出すことのない冷酷さと傲慢さが露わになっていた。


「どこで誰が聞いているのか分かりませんので、お控えください」

「誰もいないわ」

「それでもです」

「聞いていたところで、何が出来ると?私はこの国の王妃よ……」

「そろそろ後宮へお戻りください。ご相談したいことがあるので、後ほどおうかがいいたしますので」

「……そうね」


ふらりと立ち上がった王妃は、クリスに視線を向けることなく部屋を出ていった。扉が閉まるのを眺めながら、クリスは小さく苦笑を漏らす。


「困ったね……」


そう呟くと、横に控えていたノクトが首を傾げた。


「良くも悪くも、母上は生まれながらの王女のように育った人だからね。謀には向いていない」


大国の侯爵家の令嬢として不自由なく育ち、欲しいものがあれば家と親、周囲の者達を使い手に入れてきた。高価な品は勿論、望む交友や立場までも思いのままにし、ついには国王と国まで与えられたのだ。

そうして、自ら考え動く必要などなく、ただ一言「欲しい」と口にするだけでよかった人生は、今になって綻びとなって現れた。


「だから、始末しそこなう」


邪魔な異物を確実に仕留めることが出来なければ、それは後に憂いとなって牙をむいてくる。


「じわじわと苦しめ追い詰めるのではなく、一瞬で確実に、自らの手で仕留めなければいけない。そういった点は、母上もリスティアも甘い」


時期を誤り、後でもいいと慢心すれば、獲物だったものは力をつけ捕食者へと成り代わるだろう。


「ノクト。リスティアもそうだけれど、母上のことも見ておくように……少し、危ういからね」


取り乱したりせず冷静に、いつものように手にあるものを使えばいいものを――。


「ジュリアマリアのことになると、ああも愚かになるとは」


あれではまるでメリアのようだとクリスが溜息を漏らせば、ノクトが眉根を寄せた。


「婚姻は契約なのだから、王妃だけではなく複数の側室を持つことなど理解していたはずだ。ジュリアマリアのように寵愛だけが頼りの婚姻ならまだしも、後ろ盾もあり、跡継ぎもいて、名声もある母上が何をそこまでむきになるのか」

「気に障られることがあったのでは?」

「だとしても、力のない側室など放っておけばよかった。いずれ代が変わり、楽に処分出来たのだから」


理解し難いものだと、クリスは小さく息を吐きノクトを連れ部屋を出る。


「そうだ、リスティアの授業内容と進度はノクトに調べさせていたよね」

「はい。ご報告した通りです」

「それなら、誰かが隠したのかな」


教育棟にいる教師陣は根っからの探究者で、地位や名声、金で動くような者ではない。


「私情……?」


言葉にしながら、それも有り得ないとクリスは首を横に振る。

一通り調べさせたが、ジュリアマリア・スカルキに縁のある者はおらず、長年王宮で教師を勤めてきたオーバンでさえ国王に肩入れするほどの恩や情はなかった。


――では、誰が何の為にリスティアの情報を隠したのか。


「不快だね」


把握出来ない点が多すぎると、誰もいない通路をゆっくりと時間をかけて歩きながら思案する。


「あと半年もあれば私に追いつけるとは言っていたけれど」


理解度も基礎も劣るはずのまだ九歳の子供が、たった半年で長年教育を受けてきた者に追いつくことは、本来あり得ないこと。

だが、あれは虚勢でも誇張でもないように見えた。


「どれほど優秀だとしても、限度がある」

「国王陛下が教師をつけておられたのでは?クリス様も以前、そのようなことを仰っていましたよね」

「それしかないとは思うけれど……腑に落ちない」


秘密裏に教育を受けていたとしても、ああはならない。

リスティアの言葉の選び方や、人を見透かすような態度は年齢にまるでそぐわず、根本的な何かが違う。

だからか、あれとやり取りするたび、どうにも説明のつかない感覚に陥る。

感情を表に出すことなく冷静でいようとするクリスの神経を逆なでし、苛立たせ、それはとても不快なはずなのに、どこか愉快にも感じているのだから困ってしまう。


「もう一度、リスティアがどれほどの進度で何を学んでいるのか、細かく探っておいで。次は誤魔化されないよう、前回の者は処分して新しい者を使うといい」

「承知しました」


淡々と頷くノクトを横目に、クリスは「面倒だね」と吐露する。

あれが国王に贔屓されていようと、矛と盾を取り込もうと、次期王候補になったとしても――。


「本当はどうでもいいのだけれど」


国や民を守り、慈しみ、身を削った先に、どれほどの見返りがあるのか。きっと差し出すものの方が多く、同等かそれ以上のものなど何も返ってはこない。

少しの努力と公務で日々自堕落に過ごせる王族ならまだしも、国王はそうはいかないだろう。


「王なんてつまらない」


けれど、クリスにはそれしかない。

国王になることを当然のこととして、それ以外の選択肢など与えられず生きてきたのだから。夢中になれるものも、心を寄せるものもない。その道がもし閉ざされてしまえば、自分を保つ為の拠り所が何もないクリスは、どこへ向かえばいいというのだろう。


「存在価値などない……」


だからこそ、国王という役を誰よりも欲している。


――それなのに。


「ああして思うがままに次期王候補になられたら、気に食わない」


ははっ……と笑い、自身の瞳を指差す。


「それに、あの父上と寸分違わないバイオレットの瞳を見ると、私は偽物だと言われているみたいで気分が悪いんだ。抉り取ってやろうかと、いつも思う」


これも。


「事故に見せかけて抉り取りましょうか?」

「それは駄目だよ。あれは私の妹なのだから」

「妹、ですか?」

「どうして変な顔をするのか……妹が欲しいと、言っていただろう?」


これだって、嘘ではない。


「まあ、あれは妹というより……もっと年配の者のような感じではあるけれど」


欲を言えば、従順で思い通りになる、利用価値のある妹であればよかったが。


「さあ、母上のところへ向かおうか」


この速度であれば、後宮につく頃には王妃の頭も冷えているだろうと、クリスは苦笑する。


「この時間ですと、男爵令嬢がいますが」

「メリアか……」


先日、クリスが運営している社交クラブのお茶会について王妃の下を訪ねたのだが、そのときに会ったメリアは、以前の彼女とはまるで違っていた。

無邪気で世間知らずなメリアは、貴族令嬢らしい教育を敢えて施されず、利用価値のある者として育てられてきた。

思ったことをそのまま口にし、悪気なく行動するので、普通であれば遠巻きにされるものだが、王妃と王子達の庇護があること、それとメリアの飾らない振る舞いが珍しかったのだろう。

周囲は興味深げに、どこか面白がるように彼女を受け入れた。


けれど、無邪気で純粋だった少女などもういない。



『お久しぶりです、第一王子殿下』


王妃の私室でお茶を飲んでいたメリアは、クリスを見てすぐに立ち上がり、ドレスの裾を持って優雅に挨拶を口にした。立ち姿は美しく、目を細めわずかに口角を上げ微笑む姿は、完全に王妃を模範したもの。


『……これはまた、ずいぶんと』


苦笑したクリスが王妃へ視線を向けると、何も言わずただ満足げにメリアを見ていた。


『どのように教育なさったのですか、母上』

『そう難しいことではないわ。ただ、自分がどこに立っていて、その場所がどれほど脆いものか教えただけよ』

『ああ、それで男爵夫人が後宮に呼ばれたのですね』

『愚弟のようになっては困るもの』


メリアが引き起こした騒動によって王子達の立場が揺らぎ、血を分けた者の軽率さで王妃としての権力にも綻びが生じた。

だからこそ、メリアを作り直すことにしたのだろう。


『どこか、母上のようですね……』


そうして出来上がったのは、王妃を模写したかのような貴族令嬢。


『ますます良い子になったわ』


それは扱いやす子になったという意味だろうと、クリスは人形のように微笑むメリアを見つめ、緩く首を横に振った。


『以前のメリアの方が、受けがよさそうですが』

『そう?それなら』


王妃が指先を動かしメリアを呼ぶと、耳元で何かを囁いた。するとメリアはほうっと息を吐き、ぱっと花が咲くように笑みを浮かべた。


『どうだった、クリス?ちゃんと王妃様のような令嬢に見えた?』

『……演技?』

『ふふっ、おかしなクリス。あれも、今も、他のも全部私だよ?ただ、使い分けただけ。淑女ならそれくらい出来ないと!そうですよね、王妃様』

『そうね。時と場合を考え、色々と使い分ける必要があるわ』



無邪気に笑うメリアは以前と同じように見えたが、あれはもう純粋なものではないだろう。


「妙な歪みかたをしなければいいけれど」


通路の脇に咲く花を摘み、ぐっと握り潰す。



従順で利用しやすいからこそ妹にしたメリア。

処分などさせてくれるなと、クリスは微笑みを浮かべた。




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