11-06 芒星作戦
芒星作戦
6月X日。午前2時。
それまで盛んに草葉の陰で鳴いていた虫たちが、急に静かになった。
オムルガラ川上流の魔軍第五軍の幾重にも張りめぐらされた防衛陣地の監視塔で、周囲を警戒していた魔軍兵士がそれを奇妙に思った。
「おい、なんで虫たちが鳴き止んだんだ?」
監視塔の床で、退屈しのぎに碁盤ゲームをしていた二人の魔軍兵士は、碁盤から目を離さずにうるさそうに答えた。
「たぶん、獣人族のゾウたちでも押しかけて来ているんだろう!」
「いや、例のトカゲ族かも知れんぞ?ヤツらは虫が大好物と言うからな?」
「そうだ、トカゲ族に違いない。ギャ――ッハッハッハ!」
「そうに違いない!グア――ッハッハッハ... ?」
その時、南の空の一角から、花火が打ち上げられたように数十、いや、数百もの光る球がパーっと夜空を煌々と照らし、こちらに向かって来た。
「あれは何だ?!」
最初に虫の異変を気づいた魔軍兵士が叫んだ。
「なんだ?」
「何が起こったんだ?山火事か?」
二人の魔軍兵士が立ち上がったとき、その光る球は急速に接近した。
その大きさは50メートルほどの黄色い大火球だった。
「!」
「?}
「...」
ドガァ―――――ン...
大火球は、三人の魔軍兵士ごと監視塔を爆発音とともに吹っ飛ばした。
大火球は次々とあたり一面に落下し、爆発。土砂をまき散らし、鉄条網を吹き飛ばしていく。
ステルス魔法で姿を消したホワイトドラゴンに乗って、息をつく間もないような凄まじい大流星矢の雨を降らせているのはイザベルだ。
その横で目を見開いて、口も開けたままで、イザベルの攻撃を見ているエマ。
アールを操縦しているのは、リョースアールヴのアエリだ。
操縦と言っても、アールは賢いので念話でどう飛ぶかを伝えるだけなのだが。
アエリはアールの操縦とステルス魔法が任務だ。
イザベルによる大流星雨攻撃は1時間続いた。
魔軍第五軍のバリゾディス 軍団長は、「エルフ魔術師の攻撃がはじまった」との連絡を受けたが、同盟国軍がいくら飛翔弾攻撃をしようが、エルフ魔術師に攻撃させようが、コンクリートで作られた頑丈な地下陣地は安全だと考えていた。
それに、戦車壕は多少の爆撃などでは埋まらない。同盟国軍の機械化部隊も戦車壕に阻まれて近づけないだろうし、歩兵部隊が接近すれば、地下に縦横に張りめぐらしたトンネルを使って魔軍部隊でもって包囲殲滅するだけだと楽観視していた。
NJ-1号兵士輸送装甲車
午前3時。
カイオが土属性魔法で、幅50メートルの突撃路をまたたく間に作る。
NJ-1号兵士輸送装甲車の上部機銃座に座ったカイオは、時速50キロで装甲車を走らせながら、土属性魔法で表面をしっかりと凝縮し、戦車が通っても問題のない道路をどんどん作っていく。
もちろん、装甲車にはリョースアールヴのヨシュミが乗っており、ステルス魔法と防御バリアーを張って、魔軍から装甲車が見えないようにしているし、また攻撃を受けた場合もカイオを守れるようにしている。
そのカイオの後から、ナガジー中佐の指揮する機械化師団が轟々と土煙を巻き上げて突進する。
カイオは、戦車壕がなくなるところまで道路を作ると、ヨシュミのゲート魔法で、獣人族軍の機甲師団が待機している場所へ飛び、用意してあった装甲車にヨシュミとともに乗り込み、同じ方法で突撃路を時速50キロで走りながら、たちまち突撃路を作って行く。
それが終わると、離れたところから同様の方法で突撃路を作る。
マスティフ将軍の機甲師団は、ナガジー中佐の機械化師団の両翼を受け持った。
あらかじめ決められていた地点に達すると‐そこはもう戦車壕もない平野部だった‐戦車軍団は前進しながら、魔軍が現れると制圧しつつ進んだ。
あとに続く自走飛翔弾発射車隊は横に広がり、一斉に飛翔弾攻撃を開始して、イザベルが破壊したあとを、さらに爆撃する。
『芒星作戦』は、魔軍の意表を突くため、百以上のドコデモゲートを使って勇者国の機械化師団と獣人族軍の機甲師団を、それぞれの基地から魔軍第五軍の前線へ移動展開したのだ。
「バリゾディス軍団長、同盟国軍の機甲師団が出現し、わが軍の防衛線を破ってこちらに迫っています!」
「なに?それはヘラジカの群れが、先ほどのエルフの攻撃で驚いて山から飛び出して来たのではないか?」
「いえ、防衛線が次々に突破されているとの報告がひっきりなしに入っています!」
イザベルのガンデーヴァの弓の攻撃により、魔軍が数キロごとに建てていた監視塔はすべて破壊されたため、魔軍が機甲師団の接近に気づくのが遅れた。
そのため、魔軍が同盟国軍が大部隊で侵攻してきているということに気づくのが遅れ、迎え撃つために魔軍部隊を配置するのが遅れたことも、やすやすと機甲師団の前進を許してしまう結果となった。
ナガジー中佐の機械化師団とマスティフ将軍の機甲師団は、突撃開始から2時間で魔軍防衛線を突破し、クサビのように50キロも縦深く魔軍の防衛陣地内に食い込んだのだった。
そして、カイオが土属性魔法で作った道路を進軍した機甲師団のあとからは、装甲車に乗ったテジュア将軍の歩兵師団5師団の歩兵たちが、地下通路でつながっている魔軍防衛線を片っぱしから制圧していったのだ。
「突撃ー!」
「かかれー!」
ヤンガー少佐の勇猛隊とガネーシャ中佐のリザードマン精鋭部隊が、4つの坑道から魔軍第五軍の地下陣地に突撃した。
魔軍が正面からの機甲部隊の攻撃に気をとられ、魔兵たちをすべて正面方面に向かわせた隙をついて、残りの10メートルを掘りぬいて魔軍のトンネル道に達したのだ。
魔軍第五軍の地下陣地は、『寝耳に水作戦』でランたちが捕らえた魔軍の参謀イズン・グルヴェイグに、催眠術魔法をマヌラかけさせて描かせたマップをもとに、ヤンガーの勇猛隊とリザードマン精鋭部隊が4つの坑道から魔軍第五軍の司令部を目指し突撃した。
勇猛隊もリザードマン精鋭部隊も、魔軍兵士に遭遇すると自動小銃、手投げ弾、携帯式飛翔弾で片っぱしから倒していく。
勇猛隊の猛者の中には、自動小銃の弾倉が空になると、弾倉を替えるのもメンドウだ、と使い慣れたバトルアックスや三又槍で魔軍兵士に襲いかかる者もいた。
「ぐ、軍団長!敵がトンネルの奥から現れました!」
「バリゾディス 軍団長、リザードマン兵士たちが、居住区を制圧し、こちらへ向かっています!」
「軍団長、鬼人軍の突撃隊が、すぐそこまで迫っています!」
ヤンガーの率いる勇猛隊は鬼人兵で構成されているので、魔軍兵士はてっきり鬼人国軍の突撃隊が現れたのだと勘違いしていた。
「なに、どうして鬼人国軍がここにいるのだ?」
「軍団長殿、ここは危険です。早く、こちらから逃げ... ギャーッ!」
軍団長に逃げることを進めていた魔軍将校が、突如司令部にはいって来た白銀のような輝きを持つ鎧と兜に包まれた戦士の突き出した剣によって体を貫かれ倒れた。
剣は十数メートルの距離にいた将校を倒したのだ。
指令室にいた魔軍将校たちは一瞬、凍りついたようになった。
「あなたがバリゾディス司令官ね?」
バイザーの下から見える美しい紫の目でバリゾディス軍団長を見て訊いたのはオリヴィア。
その手には、いかなる鎧も盾も切り裂き、突き出せばその切っ先は、その剣をもつ者の大きさの百倍スパンの距離にいる者を倒すと言われる聖剣『シグルズの剣』だ。
「おっ、もうバリゾディスを見つけたか?」
そう言って血だらけのグレイブを下げて現れたのはベンケイ。
その横にはリョースアールヴ《光のエルフ》のミッチェラがいる。
オリヴィアとベンケイの護衛役としてついて来たのだ。
ゾロゾロっと、勇猛隊の隊員たちも入ってきて司令室の中を見渡す。
キャビネットの陰にいた魔軍兵士が、クロスボウでオリヴィアを撃とうとしたが、その前にミッチェラがバリアーを張りながら、素早く風属魔法“鎌鼬 ”で魔軍兵士を真っ二つにする。
「動くんじゃない!この子はリョースアールヴ《光のエルフ》だ。武器に手をかけたヤツは、そいつのようになるぞ!」
ベンケイがギロリと司令室の将校たちをにらむ。
「みんな武器をすてなさい!」
ガチャン
ゴトン
ガチャ
ゴトッ
オリヴィアの声で魔軍将兵たちは、みんな武器を床に落とした。
「おまえたちは?」
「私たちは勇者王国軍よ!」
「では、君が“紫の瞳の騎士”か... わが軍の将兵たちに恐れられている... それにしても見事な作戦だ。背後からトンネルを掘って来るとは想像もしなかった」
バリゾディスが、勇者王国軍のあざやかな作戦に感心した口調で言う。
「あら、恐れられているとは光栄ね!私はオリヴィア。勇者王国の王妃よ!」
「なんだ、なんだ?なんで、オリヴィアの方がわたしより有名なんだ?」
ベンケイが口惜しがる。
そこにヤンガーが十数人の勇猛隊の隊員とともに現れた。
「それは、姉上、オリヴィアさんの方が美人だし、白銀の甲冑も目立つからですよ!」
「なにィ...?」
弟のヤンガーの言葉に、緑色の目を少しつり上げ、手にしたグレイブを構えるベンケイ。
「まったく!ベンケイちゃんは、これほど美人なのに、魔軍の将兵どもはどこに目の玉をつけているのかしらね...」
「そ、そうだよな?オリヴィアの言う通りだ!よく見ろ、バリゾディスに魔軍の将兵ども。わたしが美女の誉れ高い、ソフィア・ベンケー・シュテン・アルマライト王妃だ!」
ヤンガーが後ろを向いて笑いを堪えている。ベンケイに見つかれば八つ裂きにされかねない。
「“紫の瞳の騎士”に“鬼人国突撃隊の隊長か... 君たちの捕虜になるのなら光栄だ」
バリゾディス軍団長はそう言って、降伏を申し出た。
魔軍第五軍は、戦闘開始から10時間後に完全に制圧された。
あちこちで抵抗を続けていた前線の魔軍陣地の魔軍兵士たちも、バリゾディスの投降勧告にしたがって、次々と武器をすてて投降した。
『芒星作戦』における勇者王国軍の死傷者は負傷48名。
獣人族軍の方は、負傷者362名。一方、魔軍第五軍の損失は、死者1780名、負傷者3850名、捕虜27万人以上となった。
* * *
『芒星作戦』の大勝利が報告されると、次に実施される『簪星作戦』と『扇星 作戦』の打合せがママデンキを通して、勇者王国軍作戦司令部と人族連合軍の総合作戦本部、それに獣人族国軍の総司令部による打ち合わせが行われた。
「そうですか... レオさまから、そのようなお話があったんですね...」
アイミは、レオが魔軍の飛行輸送船団を攻撃して、魔軍のが実施を計画している『炎の地獄作戦』を遅らせる目的で、レオからリョースアールヴ隊による魔大陸強襲部隊を送る提案をがあったことを話し、アウロラをリョースアールヴ隊のサポートとして送れないかと聞かれ、アイミが断ったことをアウロラに話したのだ。
「それは、たとえば、私が魔族に捕らわれて、魔族種に体を変換されたとして、私にエルフ魔術師たちを殺せ、と言われるのと同じことなのよ。そんなことは絶対にできないわ」
アイミがやや憤然とした顔で言う。
「アイミさんの言っていることは正しいと思います。私もふつうであれば、そんなことはイヤだし、断るでしょう。でも、私はレオさまやアイミさんに大きな恩があります」
「そんな... 恩だなんて」
「魔族の│靉靆の者であった私を受け入れてくれて、
なおかつ、私が魔術学校のヒョルバルズル校長の魔術で正気ではなかったにせよ、
アイミさんを殺そうとまでしました。
それなのにアイミさんもレオさまも勇者グループのみんなも私を許してくれたばかりか、
シーノちゃんはリニュルフにしてくれました。
メイさんのお母さんであるユーリンさんにもたいへん感謝しています。
素性のわからない私を信頼してくれ、あまつさえ養女にまでしてくれました」
「それは、レオさまも勇者グループのみんなも、ユーリンさんも、みんなあなたは心根のいい人だと知っているからなのよ!」
「アイミさんが話してくれた、 エルフ国のエスティーナ女王さまが“勇者グループの参戦がなければ戦いは終わらない、という創造主さまからのメッセージ。
私は、そのメッセージには、ただ勇者王国軍が戦いに参加するだけではなく、
“すべての使命がある者はその役割を果たすべき”という言外のメッセージがこめられているのではないか、と考えるのです」
「“すべての使命がある者はその役割を果たすべき”?」
「はい。ですから、アイミさんがエスティーナ女王のあとを継ぐというのも“アイミさんの役割”なのではないでしょうか。それならば、私の使命は、私がよく知っている魔大陸で魔王の野望を砕く使命を果たすことなのではないでしょうか」
「............」
アイミは何も言わなかった。
アウロラの言っていることは、納得のいけることだ。
“私自身、“私のエルフ族としての役割”、いや、“エナタール教の巫女としての役割は、常にミィテラの世界を救う”ということだった。
だから、女王様にイーストランジアへの偵察隊に参加を求められたときもすぐに承諾したし、
聖堂の森でレオさまたちとお逢いして、それからレオさまとカイオさまとイザベルさまがエルフの戦いに参加され形勢を逆転できたのも、すべては偶然ではなく必然だった...
だから、私はエルフの女王にならなければならないということを心の中では理解していたのだ。エルフ女王になるのが、私の存在理由。”
頭の中に光が差したように、アイミは理解した。
「アウロラさん、ありがとう!」
「えっ?私は何もお礼を言われるようなことは、まだしてないんですけど...?」
「ううん。私の使命について気づかせてくれたのよ!」
「私が?なんか差し出がましいことを言ったような気もしますけど...」
「私は決意しました。私は今からエルフ女王になります」
「ええーっ?今からエルフ女王になるの?」
「ええ。ただ、私にはレオさまもいるし、子どもたちもいるので兼任ということになりますけど、これは早い方がいいと思うの」
「そうね。アイミさんはレオさまの王妃であり、ママでもあるから」
「そして、魔大陸での任務は、あなたに一存します」
「ええええ――――!? 私に一存? ムリ、ムリ、それは飛躍しすぎよ、アイミさん!」
「あら、“私の使命は、魔大陸で魔王の野望を砕く使命を果たすこと”って言ったのは誰だったかしら?」
「も――う... わかりました。ニルミッタに二言はありません。やります、まかせてください!」
「それでこそニルミッタちゃんよ!魔大陸に送りこむリョースアールヴの人選は私も手伝いますし、レオさまたちの説得も私にまかせてちょうだい!」




