(11)二人の男の名
「三浦耶都希さん、もう一つ大切なお話しをしなければなりません。……残念ながら、あなたに対して“闇喰”は使うことができません。出雲大社で握手してもらった際、確認させて頂いたのです」
困惑する私は、声を荒げた。
「なっ……なぜですか? そっ、そんなこと今言われても納得できません」
身体の芯から震えてくる、熱いものが込み上げてくるのが分かる。彼の不思議な話しを受け入れ、覚悟を決めた矢先の「できない」告知に、怒りの情が露わになる。
「覚悟を決めてここにいるんです。私に私利私欲なんてありません。なぜ? なぜダメなんですかぁ?」
人は激怒すると、顔の赤みが増し、額の血管が浮き出てくるが、まさしくその状態のようだ。お構いなしに吠えるように問い質した。が、あるコトバが私の脳裏をよぎった瞬間、血の気が引く感。そして鳥肌が立っているだろうと思われる寒気。声のトーンは無意識に下がった。
「……もしかして……もしかして、寿命が短いってことですか?」
その答えを聞かなければならないが、視線が地面から離れない。白髪男を見られずにいた。
今の気持ちを察してくれたのだろう。すぐさま応えてくれた。
「耶都希さん、寿命については問題ありません」
その返事に、ホッとする私。先ほどとは違い、怒りの情を冷静さで隠すことが出来た。
「……っれじゃ……それじゃあ、なぜなんですか?」
少し間が置かれ、言葉を選ぶように語り出す。
「耶都希さんはお父さんのこと、憶えていますか?」
「?」
なぜここで父のことが出てくるのか分からない。それに幼少期に両親が離婚しているため、憶えているはずもない。父親の写真さえも見せてもらったことがないのだから。
「憶えていません。……父のことと今回のことは何か関係があるんですか?」
脱線した感があり、胃の辺りから再び、数分前の怒りが出てこようとしている。次の彼の発言が、それを許してくれた。
「耶都希さんと握手して確信しました。……“闇喰”ができない理由、それはあなた自身、“闇喰”の力を備えているからです!」
またもや予想を超えた告知……呼吸をする事さえ忘れる程、脳に濃霧が覆う。頭が真っ白になるというのは、このことだ。
「なっ……ぇっ?……わっ……」
思い通りに言葉が出てこない。唾を飲み込んだ。
「なっ、なにぉ、……何を、おっしゃっ、ぃるのか、わかりません! わっ、わたっ……私にそんな、そんな力が、あるわけ、ないでしょ! ……じょっ、冗談は、やめて下さい!」
目を閉じながら首を横に振る彼がいた。そして、納得させるためか、ゆっくりとした口調で説明し始める。
「あなたのお父さんの名前……そう、お母さんの主人だった人の名は、湊孝博。そして私の名は、湊源翠」
一度真っ白になった脳では、未だ理解できない。
冷静に語っていた男の口調は強くなり、ハッキリと断言する。
「あなたに“闇喰”の力があるのは、私の孫だからです! 先祖代々の力を、あなたは確実に引き継いでいるということです」
声を失い、放心状態にならざるを得ない。
(初めて会ったこの男に、なぜ孫と言われなければならないの?)
(訳の分からない“やみく”という力を、なぜ私が持っているの?)
(母の敵は……叶えられない?)
濃霧で覆われていた脳が次第に働き始め、複雑な想いと疑念、不満、そして怒りが一気に襲来。しかし、驚きの連続で脳も精神も疲れているのか、爆発するところまではいかなかった。何気なく頭中で呟いた。
(この人が祖父? ……じゃぁ、後ろの人は……)
この時、連れの男を初めて篤と見る。穏やかで優しい目をしているが、どことなく悲しい目。
(いや、私を哀れんでいる目)
ジャケットを着こなし、紳士さを感じる。それ以外は特徴のない、中肉中背のどこにでもいそうな中年男。
私の視線が連れの男性に向いていることを、察したのだろう。
「そう、彼が私の息子であり、あなたの父、湊孝博です」




