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それから三時間ほど――。明馬家では飲めや歌えや宴会という名の無法地帯が繰り広げられることになった。
例示するとこんな感じ。
「固有結界『無法地帯』ッ! よーしっ。このあたしがイッパツ唄ってやろうかな!」
「いいねいいねっ! 揺唄ちゃん、あたしも加担するよーっ!」
「そういえばヒメの中学、セーラー服だったのよ、ウタ」
「そーなんですかっ! いいですねっ! それどこへやったんですか? 『脱がさないで~』ですよね、ですよねっ。それとも『もってけ!』ですか? ホラホラお姉ちゃんも立って立って踊る踊るっ!」
「ウタちゃんのこと止めてね春君。よろしく~」
「あーっ、妹だからってばかにしてるぅ」
「そうだそうだ! 姉貴って種族はそもそも好き勝手やってくれちゃって。家を継いでやろうって妹に感謝しなさーい。妹ってのは苦労が多いっ!」
「そーだそーだ!」
「……(こくこく)」
「まったくよぉ……あんたはいいわよねぇはるよみ。一人っ子で。反論禁止」
「うるさいぞハルヨミぃ! アンタは大体――って、あたしにナニ言わせるつもりなのよばかぁ! 節菜さんに抱きつかれてやがって! アプサラスみたいに墜としてやろうかこらぁ! ギアスかけるぞ!」
「それよりかーづーみーちゃーん。籠姉さんが可愛がってあげるから、こっち来て来て。優しくしてア・ゲ・ル・カ・ラ。春君におんぶに抱っこじゃなくって、ね!」
「……(ふるふる)」
「はるよみ……ぃ。あんたはどーしてそんなんなのよぉ……わたしの仕事を増やしてくれちゃってさぁ……えぇ? 自覚あるわけ? ほら、言ってみなさいよ……。どーせあんたなんか、わたしのことうざったいって思ってるんでしょうが……分かってんのよ。動くな、ちょっと座れ! ……まったくさぁ。本当、本局のじじいといい、はやてといい、なんっっっも分ぁってないのよ、オンナゴコロってやつを……」ぶつぶつぶつ。「……ほら、紅生姜取りなさい。で座れ」
「きゃーははははっ。お好み焼き美味しいわ。春詠くん上手いねー。次のも頂くよー」
「……あっ……」
「って、辛ぁーーっ! 誰よタバスコかけたの! 春詠くん、これどう見たって分量間違えてる! なんでこれだけ地雷なのーっ」
「あたし見た見た、春詠くんがタバスコたんまりかけてるところ!」
「……春詠さん、よくないです」
――ああ。
思い出しても頭が痛ぇ。
そもそもの僕の敗因は、三姫さんと揺籠さんに飲み物係を任せてしまったことにあったのだ。二人が自分から名乗りを上げた時点で気付くべきだったのだろうが、僕も忙しかった身なもので、すっかり信頼しきってしまっていた。
定番といえば定番である。
いや、定番はちょっと外してる。
未成年も合法、ノンアルコールビール!
しかも周到なことに色の似た普通のジュースも用意しておき、僕にだけは普通のジュースを飲ませて偽装するというこの狡猾さ! 途中からなんか誰も彼も顔赤いし、態度変だし、おかしいとは思ってたんだよ!
揺唄は阿呆みたいに陽気になるし。
揺籠さん無意味に色っぽくかづみちゃんを誘うし。
節菜さんダウナー系絡み酒って一番タチ悪いし。
三姫さん末の妹の苦労を滔々と演説するし。
つうかみんなして酒に弱すぎるだろ、いくらなんでも。ノンアルコールビールって0・5%未満だぞ。ビールテイスト飲料って呼ばれるくらい薄いんだぞ。それで酔えるって逆にすごい気がするぞ。あんぽんたんどもを素面でまとめる僕の身にもなってくれっての。さすがにかづみちゃんには飲ませていなかったにしても。
――ってなわけで。
僕とかづみちゃんは、たった二人で後片付けを終えて、お茶を啜っていた。
いつしか自然消滅した宴会と四つの魂。抜け殻が居間に転がって、ぐーすか言っている。お好み焼きのタネは完売し、ジュース類も軒並み空。食器類は全部洗い終え、しかばね達にはタオルケット。僕は揺唄の寝顔を見て、幸せそうなあほづらだなーと思いながら、急須で茶を注ぐ。
「多分、みんな風呂には入らないんだろうね。こいつといい」
「そうですね」
「かづみちゃんは入る? 今沸かしてるけど」
「頂きます」
かづみちゃんは湯気の立つ湯呑みを見つめている。
「ちょっと、疲れたかな? うるさかっただろ」
「いえ。凄く楽しかったです。大勢の人と騒いだことがなかったので」
湯呑みを両手で包んで口へ運び、おいしいですね、と呟くかづみちゃん。
しばらく無言でいると、おもむろにかづみちゃんが湯呑みを置いて、僕を見据えた。
「春詠さん。少し、お話、いいですか?」
「……、どうぞ?」
「わたしがあのような卑怯な真似に走ったことを、弁解させていただきたくて」会釈するように頭を下げる。「男の方を説得する方法など、あれしか思いつかなかったものですから」
「説得……?」
「はい」く、と顎を引いて、かづみちゃんは視線を心持ち落とし、目を閉じた。「死凶血禁から派遣されたわたしの使命は、あなたの『血』をこの身に受けることでした」
――そうです。春詠さんの考えていることで、間違いないです。これでも……あの、その、初……潮は、来ていますから。
わたしは、生まれて少しした頃から《試務》のお役目に就いていました。試務とは、凶番や血番の志術の臨床試験をお受けするお役目です。――実験体、まあ、平たく言えばそうかもしれません。そのわたしが今回のこのお役目を命ぜられたのは、わたしの父方の祖母が武月の分家だったためです。春詠さんは武月志術を持っているのですよね。
今、武月志術は死凶血禁に存在しません。
細かい話はわたしにも分かりません。ただ、何年か前に武力による内紛があり、その結果として武月の最後の当主が亡くなったと、そう聞いています。本来四属性あるはずの禁番志術が、現在の死凶血禁には三属性しかない。本局ではこの事実を重く受け止め、武月の胤を捜し求めていたのです。
それにはもう一つ理由があります。それは、裏切り者の時戸公の存在です。
これも細かい話は聞いていないのですが、時神一族の鬼子にして、稀代の裏切り者、死凶血禁に敵対する《媒介師団》の筆頭、と呼ばれている人物です。
……。時戸公は、時神刹那さんの実の兄なのです。節菜さんの旧姓は時戸。今は、時神本家の末子の許婚となっていますが。今は許婚殿に許可を貰って市井の高校に通っていると聞き及んでいましたが、そうですか、この方が……。
話を戻します。
時戸公に対抗するためにも、武月の血は死凶血禁に必要だと、そういったことも言われました。来たるべき脅威のために、禁番四家が揃っていなければならないと。
それから、大老公より言伝もあります。『君さえ良ければ死凶血禁に力を貸してくれないか』、と、そう仰っていました。
「以上で……わたしの話は終わりです」
長い話をしたからだろう、かづみちゃんは長く息を吐いた。そのあいだじゅう、ずっとお兄さんの忘れ形見の小刀を膝の上に置きながら。
僕は……とりあえず、握り締めていた左拳を開いた。
なんだろう。
なんというか。
とても――ムカつく。
そんなことのために、こんな女の子にあんなことをさせようとしたのか。死凶血禁は。僕の左手の武月志術、その死凶血禁における扱い。死凶血禁に敵対している節菜さんの兄だという人。考え難い、飲み込み難い、話だったけど。
端的な感想は、そう。
胸糞悪い。
「……さん。春詠さん」
「ん、あ、ごめん、なにかな」
少し自分の世界に入っていた。意識を引き戻す。
「もう一つ、その、これはお願い、なのですが」
「僕にできることなら何でも良いけど?」
「抱きついても……いいですか?」
酷く言いにくそうにしながらも、かづみちゃんは言った。僕は思わず面食らうが、断る理由もない。
「別に……いいけど」
では、とかづみちゃんはテーブルを迂回して、隣へ来た。僕の左胸に自分の頭を預けるようにして、身体を凭せ掛ける。横から抱きつく形。軽い圧力を、僕は受け止める。
「話をしていたら、思い出したんです。兄のことを」
「お兄さんいたんだ」
「はい。兄は、一年くらい前に、死凶血禁を抜けました。わたしを試務の任から解くために頑張ってくれて、脱走まで企ててくれて……でも、失敗して、一人だけ。それで、それっきり、です。媒介師団に入ったのかもしれません。山野に隠れているのかもしれません。それとも……」
そのあとに、言葉は続かなかった。
「そう……」
僕は右手を彼女の髪へやった。短い黒髪の上から、柔らかく手を置く。
「何も知らない僕が言えたことじゃないかもしれないけど……お兄さんは、きっと見つかると思う。きみが生きていれば、きっと。絶対にきみのことを考えてるはずだ」
「……」
「でも、それでも苦しいんだったら……僕で良ければ、いつでもお兄さんの代わりになるよ。それまではいくらでも抱きついていい。僕は嫌がらない。傍にいる」
「……はい……っ」
「だから、自分を大切にするんだ。自分の体を投げ出すようなことは、もう二度としちゃ駄目だよ。みんながみんな僕みたいな臆病者とは限らないから。何をされるか分かったものじゃない」
かづみちゃんの頭が、左胸で震えていた。頷いてるのか、しゃくり上げてるのか、もはや分からない。何かを我慢しているのかもしれない。
辛かっただろう、と僕は想像する。いきなりお兄さんがいなくなって、いきなり見も知らぬ男の元へ送り込まれて、雨の中で、震えながら待ち続けた。それが辛くなくて、いったい何だと言うのだ。残念ながら僕は、その辛さを見逃せないくらい、辛いのが苦手だった。
左腕をかづみちゃんの細い胴に回して、壊れそうな身体を抱き込む。その体勢はまるで夕方の再現。でも、今度は身を預けてくれている。この震えも、性質としては真逆であるはずだった。そう信じたかった。
手近にあったカラフルな缶を手に取る。
それを持つ左手。
そこに宿っている武月志術。
それは、『重さを重ねる』『架空の重さ』を操るチカラ。
僕が幼少時の事故以降手に入れた能力にして、僕の左手を治癒させたとも考えられる外的要因。その時僕を救ってくれた、僕にとっての英雄の、きっとその人から貰ったであろう、忘れ形見。
それが、もう、断絶してるとは……ね。
断絶。
僕の人生の目的の一つが、その人に会うことだった。会って、一言だけでもお礼を言って、こんな風に育ちました、こんな風に治りましたって報告するつもりだったのに。
それが、断絶とは。
武月の一族だけでなく、僕の望みも断絶とは。
「こりゃ、ちっと、しょっくかな」
炭酸じみた飲料を飲み干す。誰が飲んだか半分くらい残っていた液体が口内を通り抜けて、体を内側から侵していくようだった。にがい。
仰向けた顔を戻したところで、節菜さんの唐紅のかんざしが目に入る。こちらに背を向けて、規則的な動きで肩が上下している。
兄、か。
この人、妹だったのな。
でもって、その兄が敵とは、また、難儀な運命背負っていらっしゃる。兄というのはどうしてこうも妹を苦しめるのだろうか。……ああ、そういや三姫さんも末娘なんだっけ。揺唄も揺籠さんの悪戯には困ってるっていってたな。どうやらここにいる妹は、全員難儀な運命を背負っているらしかった。一人っ子僕だけか。
まったく。
なんつう冗談なんだか。
身体から湯気を上らせるかづみちゃんはいささか眠そうだった。母さんのワンピースタイプのパジャマはかなりぶかぶかだったが、膝下まで隠れていてむしろ具合が良いように思えた。濡れた髪を見て、自分の配慮が思い至らなかったことに気づいて腰を上げる。
「ドライヤーの場所、言ってなかったね」
洗面所へ行ってドライヤーを起動し、かづみちゃんに渡す。髪が短いからか、ブローまであまり時間はかからなかった。
「ありがとうございます」
「かづみちゃんは、しばらくこっちにいるの?」
「春詠さんさえ良ければ」鏡の奥でこくんと頷く。「戻るところは……ない、わけじゃないですけど」
「僕は構わないよ」母さんになんて言い訳するかはともかくとしても。「とりあえず今日は僕のベッドを使うといい。もう眠いでしょ?」
僕の部屋は二階だ。見られて困るものは特に置いてないし普段から片付けてあるので、まぁ女の子を案内しても問題ないと思う。「男臭いかもしれないけど」と招き入れると、かづみちゃんはマジックハウスに初めて入った子供みたいにきょろきょろしていた。モノトーンの敷き布団が乗った黒いパイプベッドに案内して、枕だけは一階から持ってきたものに交換しておく。
「春詠さんは、どこで寝るんですか」ベッドの端に腰を下ろして、かづみちゃんは言う。
「適当に床かソファにでも寝るよ」
「だめです、そんなの」
「だめって言われてもなぁ」
「じゃあ、一緒に寝ましょう」僕の方へと手を差し伸べて、かづみちゃんは言う。まるで誘うように。
「それはちょっとなぁ……」
「あの言葉は嘘だったんですか? 『僕は君に何もするつもりはない』って」
「うぐ」
改めて聞くとこっ恥ずかしくなる台詞だ。
間違いを犯すつもりは、確かに無いけれど。
「寂しいんです、一人で寝るの」
決定打とはこういう言葉のことを言うのだろう。
「……分かったよ。一緒に寝る。ただし何もしないからね、絶対に。君から何かしてきたらその時点で僕は逃げる。これでオーケー?」
「おーけーです」
かづみちゃんの手を取り、その横へ、枕を持ってごそごそと潜り込む。シングルベッドは二人で寝るには少々きつかったが、かづみちゃんの身体は小さい方だし僕の身体は大きくない方なのでどうにか収まった。
「おやすみなさい、春詠さん」
タオルケットの下で、かづみちゃんの指が僕のそれに絡んでいた。
やがてかづみちゃんがすやすやと寝入ったあともばっくんばっくんと高鳴る心臓のせいで寝付ける気がしなかった。むしろいい匂いや体の感触のせいで余計に酷くなっていた。女の子に抱きつかれながら眠った経験は残念ながらまだ一度しかないのだ。
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節菜はまどろむ瞳を薄く開けて、明馬家の壁をぼんやりと見つめていた。
かづみと春詠の話は、全て聞いた。そういう理由だったわけか、と納得する。本局も、随分と乱暴で強引な手段に出たものだ。御爺様も焦っているのかもしれない。
しかし――節菜は舌打ちする。かづみ、余計なことを。公のことまでべらべらと喋るとは思わなかった。よっぽど起きだして妨害してやろうかと思ったのだが、どうせ知られた所で、春詠が関わるような事案ではない。ならば知られた所で、多少こちらを見る目が変わるだけだろう。そんな風に思うことにした。
記憶もほじくり出せた。芒生カヅチ、かづみ兄妹。そんな二人がいたのを思い出した。兄の方は相当な使い手だったはずだ。死凶血禁本局を、単独とはいえ脱出できたのだから。そこへ妹の奪取を失敗するというマイナス要素が加わっているなら尚のこと。彼一人ならば易々抜けられたはずだ。時期的にも、一年前のこの時期は好機だっただろう。人が出払っていたのだから。
三姫と、少し相談する必要があるかもしれない。試務の役目は厳しいとはいえ、暮らして行く上ではむしろ待遇自体は良い方だ。本局に直談判して、送り返すのが一番だろう。
節菜はおもむろにまぶたを閉じ、緊張を解きかけて、
(そういえば、二人して戻ってこないわね)
じっくりを耳を澄ます。三姫と揺唄の寝息はすぐ近くから聞こえるが、それ以外の音――そう、たとえば荒い息遣いだとか、床の軋む音だとか――は節菜の聴覚を持ってしても捉えられなかった。
……何してるんだ、私は。これではまるで変態みたいじゃないか。
自分のしている行為を冷静に捉え直した節菜は、今度こそ緊張を解いて、意識を欲求に委ねた。
…
「……おっと。遅かったじゃないか。もう日付の変わり目だよ? 待ちくたびれたよ。徘徊癖もどうにかして欲しいもんだ。じゃあ早速。うん。うん。成程、そうか。なかなか上手くやってるじゃないか」
ホテルの一室で、窓へ向かって笑いかけながら膝を叩いている人物がいた。見た目は端正な青年で、歳の頃は二十代前半といったところ。すっきりした顎のラインには青髭すらなく、精悍な印象を受ける。目を閉じたままでいることが奇妙だが、盲目なのかもしれない。
隣室へ続くドアがノックされた。青年が返事をすると、扉が開く。入室して来たのは、メイド服に身を包む長身の女性だった。
「紅茶をお持ちいたしました、御主人様」
紺のワンピースに白いエプロンドレス、ヘッドドレスを身に着け、銀縁眼鏡を掛けている。昨今の大仰なフリル付きやミニスカートではなく、地に足のついた――悪く言えば地味なもの。エリザベス王朝時代のものをモデルとして多少のアレンジを加えた、純然たる、古き良き給仕服だ。現代には受けが悪いとしても。
銀トレイの上のカップは二つ。
長い脚の歩幅は広く、揺れも大きいはずだが、それでも紅茶は波立たない。メイドの女性は音もなくソーサーをテーブルに置いた。一礼してから、『御主人様』に促されて椅子に座る。
「任せる、ということでしたので、オレンジペコーなど選んでみましたわ。お気に召されると良いのですが」
「秋さんに淹れてもらう紅茶なら、なんでも美味い」
「あら。またまたお上手ですこと」
青年は一瞬だけ目を開けた。通説に反して柔らかい三白眼、その視線を紅い液体に向ける。それから目を閉じ直し、口をつける。
「色、香り、味。全てがいい。――さすがにこういうときは解除だ」
「そうですわね」
メイドの女性は垂れ眼を細めて首肯してから、
「ところで、そちらの方が斥候でいらっしゃるのですか?」
「そう」と青年は閉じた目を向けて頷く。「色々と前情報を集めてもらってた。と言いつつナンパなどしているんだから困ったもんだけど。そろそろ動くつもりだよ。時間もないしね。白黒の方にも、持って一週間だと言われているし」
「左様ですか」それから、メイドは思案げに首を傾げる。「世の中には、不可思議なことも多いのですね。わたくしもまだまだスキルアップのし甲斐がありますわ」
「秋さん、あんたの場合はし過ぎだってば……。それに、こればっかりは教えられないんだって。技術でも知識でもないんだから。才能、ってよりは、体質に近い」
青年の指摘に、うっとりしていたメイドの表情は溜め息に反転する。
「残念ですわ。猫ちゃんとお話できるなんて、諜報のし放題ですのに」
「可能かどうかで言えば、血を半分入れ替えないと無理だね。五体のうち二つくらいを潰す覚悟で、飛び降りなり飛び込みなりして輸血を受ければどうにかなるよ。お勧めしないけど。第一、こいつと話せてるのも超特例みたいなものなんだから。相手がいなくちゃ宝の持ち腐れ。彼は猫のように見えるけど猫じゃないんだ」
「不可思議なことですね。わたくしもスキルアップが足りません」
「少なくとも『存在』と『対処法』は教えたじゃないか。足掛かりは出来た。あとは秋さん次第だよ」
「ええ。勿論です。今まで通りですし」
その時、窓ガラスがぎぎぎぎと猫が爪で引っ掻いたような嫌な音を立てた。
「ああ、悪い悪い。風呂沸かしてあるから、入りたかったら秋さんにねだってくれ。秋さん、頼んだよ。応援に呼ぶ奴を決定したから、少し外す」
言いつつ、青年は窓を開ける。そこから入ってきたのは、尾の異様に長い巨躯の虎猫だった。
首輪のないところを見ると野良なのだろう、でっぷりと貫禄のある巨体といい、油断のない瞳といい、海千山千の猫であることが見て取れる。老獪でありながらむしろぎらつくほどの精気を持ち、それを不機嫌と倦怠感で隠しているような、不自然の塊の如き猫だった。
青年にしか聞こえない声で、虎猫は言う。
『あァ、糞寒ィ。タマァ縮こまって仕方無ェぜ。つーか、手前ェの糞意地の悪さ考えたら、この状況で呼ぶヤツなンざ奴以外居ねェだろうがよ』
全部の文字に濁点がついたような、ひどい銅鑼声。
「まあね。勿論だよ、マーク」
その声に、部屋から出ようとしていた青年が振り向いて言葉を返した。
「それが一番、誰にとっても悪くない結果を生みそうだからな。――なんとも面黒い事になりそうだ」
Intersect1-3 OUT.




