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はっ。
と目が覚めた。
酷い悪夢を見たような気がする。けれど、あれが悪夢だったと思うには、あまりにも顔面の痛みがリアルだ。強力過ぎる揺唄の乱打。どうやら冷湿布のようなものを貼ってくれたようで、ひんやりしている。そのあたりのアフターケアをしてくれるくらいの容赦はあったらしい。
場所は、台所。電気がついていないので薄暗い。居間の椅子を一つ持ってきて、そこに座らされていたみたいだ。
「……あれ?」
立ち上がろうとして、身体が上がらないことに気づく。さらに何度か挑戦しても、ごとごとと椅子が動くだけ。
不思議に思って状況確認をし始めた途端、理由が判明した。両足が紐で縛られて、椅子の足に固定されていたのだ。ついでに両手も後ろに回されて、手首から先しか動かない。
「緊縛……ですか」
うそーん。
「まさかこの歳でこんなのを体験するとは、思わなかったな……。揺唄さんもなかなかアブノーマルな趣味をしてらっしゃいますなぁ」
「誰がアブノーマルだって?」
ぎくぅ!
「ごとごと聞こえたから来てみれば……なんてこと呟いてるわけ?」
廊下に立っていたのは、僕を縛り上げたであろう揺唄本人だった。昼間のスカートをパンツに替えていて、アクティブな印象を受ける。ぱち、と電気をつけて、揺唄は台所に踏み込む。
「いや……うん。なんてーか」
気まずかった。目を合わせづらい。
揺唄はふぅ、と一つ溜め息をついた。
「ハルちゃん。さっきのことについて、何か弁解ある?」
「僕は……僕は何も知らないんだ」
「ふーん」
あからさまに軽蔑するような調子で言って、揺唄は戸棚を開ける。て、オイ待て。その棚は包丁が仕舞ってある棚だぞ!
「本当に、知らないの?」
揺唄が取り出したのは、刃渡り三〇センチくらいの短めの柳刃――刺身包丁だった。側面のしゃくりが鈍く光るその刃を、先から根本まで、丹念に調べながら、
「いつかもこんな遣り取りしたね。本当に知らないの?」
尋問を開始するのだった。
その声には、いつもはない危うい艶やかささえある。
「し、知らない、知らないっ。だからそれを仕舞ってくれ。な?」
「……、あの子の名前は?」
「それは、聞いた。か、かづみちゃんって言うらしい。かにアクセントを置くんだ」
「どういう関係?」
「僕にも、皆目、見当が」
「何歳?」
「聞いてない」
「なんでこの家に来たって?」
「き、聞いてない」
「なんであんなことしてたって?」
「僕にも、分からない」
「そ。――じゃあ、最後の質問だけど」
揺唄が包丁を置いて、かがみ込んで僕の顔を覗き込んだ。僕は思わず視線を背けてしまう。
まるい、まるい、ひとみ。
そのいつもは綺麗な円を形作っている揺唄の瞳が、きる、と広がったような気がしたのだ。
それは、その様子は、揺唄にはとんでもなく、この上なく、極まりなく似合わないような気がしたけれど――それでも、何故か、『殺意』という物騒な単語を連想させた。
「ハルちゃん――あの子を抱こうと思った?」
なんだ……。
「そのことか」
何を聞かれるのかと思えば……そんな、簡単なことか。
僕は視線を固定して、揺唄の瞳を真っ直ぐに見つめた。
ありったけの誠意を込めて。
テレパシーでも送るように。
「思わなかった」
揺唄に、言った。
「僕をそんな人間だと思ってもらっちゃ困る」
「ふぅん……」
訝しげに、揺唄は身を起こす。
そして、
「ま、今回だけ、信じてあげようかな」
ふっと表情を緩めて笑った。
その眼には、さっきのような不相応な様子は微塵もなくて、だよなぁ……と安堵している自分に気付く。自分の身に関してより安堵しているみたいだ。やっぱり揺唄はこうでなくちゃ、と――そう、思う。
ま、そのあとにきっちり打算が働く。たとえあれが僕のビビリから来ているとしても、結果オーライ。言わなきゃ多分格好つくさ。
とその時、
「まあでもぉ。いつかも言ったよね」
魔女のようなしたり顔で、にやり、と揺唄が笑った。
「ハルちゃん、そんなこと出来るオスじゃないもんねぇ」
どうやら。
ばっちり見抜かれていたらしかった。
「ほんとはさ、」
揺唄が釈然としない様子でそう白状したのは、僕の両手足の拘束を解いたあとのことだった。
「あの子から大体のハナシは聞いてたんだけどね」
「ど、どんな風に?」
「凄く嬉しかった、って」
なんだとっ?
「お説教してもらったって。どうかしてた自分を叱ってくれて、自分のワガママを聞かないでくれて、凄く嬉しかったって」
「そ、そうか」そっちか……。
後ろめたさで、僕はさすっている両手首に目を落とす。何を勘違いしてるんだ、僕は。揺唄の態度が不満そうだから、つい悪い方に捉えてしまった。
「えっと、他にも話したんだろ? どんな子なんだ?」
「覚えてないの? 小学校の後輩だってハナシだったけど」
「小学校? なら小学生なのか?」
「いや、中学生。ちょとちっちゃいけど。あたしとおんなじくらいかな」
「小さいな。――いで」
間髪入れず同意してやったら叩かれた。なら自分で言うなって。
「えっと……そうか。でも覚えてないんだよな、あんな子。どんなハナシだったのか、聞かせてくれるか? 何か思い出すかも」
「……それじゃ」
揺唄は毛先を指で弄りながら、かづみちゃんの話の内容を語ってくれた。
それによれば、かづみちゃんは僕の小学校の後輩……であるらしい。年齢は二つ下。つまり今は中学二年生。小学校の頃から僕に片思いしてたけど結局告白せずに転校。それで今回、親と喧嘩して家出してきたので、誰か、近くもなく遠くもなく頼れる人を探した結果、思い出と相まって僕をターゲットに選んだ。そういうことらしい。
「ずーっとハルちゃんのこと想ってたんだってさ。あんなことした理由聞いたら、『大人の真似』だって」かなり軽蔑を混ぜ込んだ口調で揺唄は言う。「そんなに想ってる人には忘れられてるんだから、世の中って、悲しーよねぇ」
「仕方ないだろ……そんなの、言われなきゃ分からないし」
「どーだか」
吐き捨てるように言う揺唄だった。今日の揺唄はやけに機嫌が悪い。って、さっきがさっきだから当然っちゃ当然か……。
「あと、付け足しがある。思い出してもらえないときのキーワード」
「キーワード?」
「うん。『竹林の月』だってさ」
「たけばやし? ちくりんじゃなくて?」
「たけばやし」
たけばやし……。ということは、『たけ』と読ませることに意味がある? そこに『月』と並べているという事は――待てよ? まさか。これって。
「……成程な。思い出した」
「え、ほんと?」
「ああ。多分」
成程。……成程ね。そうか。そういうことか。それなら、僕の常識はただしかったってわけだ。僕の住んでいる世界の常識が、通用しないわけだ。
「どんなエピソードなわけ?」
「ヒミツ」
そう答えて僕はポケットからケータイを取り出す。これは、すぐにあの人に連絡を取る必要がある。
……って、電源切れてるし。あ、そうか。昼間電池なくなったんだっけ。忘れてたな。
「あー。やっぱり切ってたの。電話繋がんなくて困ったんだから」
「……。そういや、揺唄、なんでこの家にいるわけ?」
「ゆりうたちょっぷ」
頭じゃなくて胸だった。咳き込む。
「ハルちゃんが雑誌忘れてくから届けてやったんでしょうが!」
「あ」
うわ。そういえば五付家であの本をバッグに入れた記憶がないや。
「そうか……そうだったのか」
「そうだったのよ! それで色々考えながら届けに来たのに、ここんち来たらとんでもない情景が繰り広げられてたってわけなのよ!」
うわぁ。そりゃ殴られても文句は言えんわな僕。「はーぁ」と大きな溜め息を吐き出して、目を覆う揺唄だった。
「……ご愁傷様でした、揺唄様」
「まったくよ、もう。色々と考えながら来たってのにさぁ……」
「ほんと、なんか、色々すまん」
「まぁ、今はいいよ」
覚えといてさえくれればね、と揺唄は付け足す。つまり後々までこのことは引っ張るということか。弱みを握られてしまった。
「で、ハルちゃん。気ィ取り直して。あの子の今後の扱いなんだけど」
「うん」
「とりあえず、今日はお泊り会開くことにしたから」
「……は?」
お泊り会?
お泊り会って、あれか。
女子とかが夜にきゃーきゃー言いながら、好きな人の話とか恐い話とかをしながら一夜を過ごすって、あれか。
「想像の内容が小学生だけど……まあ、それよ」
「どこで?」
今日はやけにこの一連の質問を繰り返しているなと思いつつ、僕は問う。
「ここで」と揺唄は下を指差す。
「台所か」
ゆりうたちょっぷ二発目。
的確に喉だった。
「だ、だれが……」
「あたしと、ハルちゃんと、かづみちゃんと、籠姉ぇと、三姫さんと、あとたまたま三姫さんと居たらしくて、節菜さん。計六人」
「なんで?」
「かづみちゃんが黙秘権行使してんの。家のことは喋らないし、電話番号も言わないし、苗字まで言わないし。そんでいて、まだハルちゃんにこだわってるみたいで、『この家から動かない』って」
「……」
「それに、明日休みじゃない。なら、別に一日くらいいいかなって。籠姉ぇに相談したら賛成してくれたし。三人で買出ししてくれるって言ってたから、もうすぐ来ると思う。ハルちゃんのお母さんにも了解取っといた。ほどほどに、だって」
マジかよ。
家人が意識失ってるあいだに、どんだけお膳立てが整ってるんだ。
「ということで、ハルちゃんには、コックさんをやってもらいますっ」などと高らかに宣言する揺唄。
「おいおい、僕が?」
「だってホストだし」
あ。
「それに一番上手いし」
うぐっ。
「しかも、六人分よ、六人分? 腕が鳴るってものじゃなぁい?」
うぐぐっ。
「あたしも手伝うからさ。ね、頑張ろうよ、料理長?」
「お、おう! そこまで言うならやったろうじゃないか!」
って、何を作るんだ?
「お好み焼きだってさ。かづみちゃんが食べたいんだって。もう籠姉ぇにも言っといたから」
「そうか……」
本当、どこまでお膳立てが整ってるんだか。
まあ、お好み焼き、久しぶりにいいかもしれない。僕のヘラテクニックを見せてやる。
「じゃ、そーゆーことで、あたしちょっと。かづみちゃんとお話でもしてて」
そう言って、揺唄がそそくさと台所を辞した。多分トイレだろう。これ幸いと、僕は居間へ向かう。
居間では、かづみちゃんがテーブルの横に正座していた。
母さんの持ち物のTシャツと長ズボン。やはり彼女にはサイズが全然合ってなく、ズボンの裾は数回折り返され、シャツの袖も大分余っていた。手には僕の用意した生姜湯のマグカップ。それを包み込むように持っている。ちゃんと飲んでいてくれたかと一安心。
時計に目をやると、時間は六時過ぎ。意識が飛んでたのは一時間弱くらいか。顎に的確だったからな……。
僕はかづみちゃんの近くに腰を下ろし、(なんとなく正座)、正面から顔を合わせる。
切れ長の一重目蓋に、長い睫毛。黒髪黒瞳、白い肌、痩せ型の頬。
髪はボブカットで、整っていれば日本人形風になるのだろうけど、くせっ毛なのかちゃんと乾かさなかったのか、今は少し乱れていた。瞳には光が乏しくて、見ている者、つまり僕、を不安にさせる。
「初めまして」
「……、はじめまして」
言って、まるで睫毛に憂鬱を乗せているかのように、かづみちゃんは目を伏せた。憂いを帯びた表情。年齢にまったく見合わない薄幸さがある気がした。
「改めて名乗ろう。僕は、明馬春詠。春詠でいいよ」
「わたしは、かづみです」
「苗字は?」
「……」伏し目のまま、無言。答えたくないらしい。
代わりにマグカップをテーブルに置いて、かづみちゃんは三つ指を突いた。 頭が下がりきるのに合わせて、髪がさらりと横に落ちる。
「先ほどは、ご迷惑をお掛けしました。生姜湯も、ご馳走様でした。美味しかったです」
惚れ惚れするほどに見事な所作だった。背筋には筋が通っているし、角度もおそらくは絶妙で、この子の育ちの良さを想像させる。あるいは、この子に対する躾の厳しさを、か。
「こちらこそ、なんか、ごめん」つられて頭を下げる僕。中流階級だ。「頭を上げてよ。揺唄が来る前に少し話そう」
「はい」
かづみちゃんは衣擦れの音だけで身を起こした。
「手短に言うけど、きみのメッセージ、受け取った。ただ、詳しい話はまたあとで。揺唄がいるから」
「はい」
話の早い子だった。
けれど――とんでもなく失礼な連想ではあるけれど、
「……あまり、固くならないでいい」
この子の態度は、まるで従順なマリオネットを連想させる。
「何が目的で来たのかは知らないけれど、僕はきみを乱暴には扱わないから。それは約束する。きみを家に置いておくことに、僕としては異論はないし、母さんもどうにか説得しよう。だから、あまり固くならないで。楽にしてもらって構わないよ」
「はい」
同じようにこく、と頷くかづみちゃんだった。
まあ、そう簡単には変わらない、か。
「今日これからどうするか、聞いてる?」
「はい。家事は全部出来ますから、何でも命じて下さい」
「命じるだなんて――」
それには及ばない、と言いかけて思い直す。
この子にとって良いのは、どっちだ? 糸人形のようなこの子を、このまま飾っておくことと、僕の隣で働いてもらうこと。おまけに、これから来るメンバーはこの子にとっては初対面ばかりだ。
ガラスケースに入った人形。そんな光景が想像された。
「それじゃあ、これはお願いだ。僕の料理を手伝ってもらう。言っとくけど、僕を男だと思って甘く見ない方がいいよ? もう四年はこの家の台所を守ってるんだ」
「楽しみです」
そう言って、かづみちゃんはくすりと笑みを浮かべた。
僕もつられて笑ってしまう。
なんだ。いい顔できるんじゃん。
「そうそう、揺唄から聞いたよ。お好み焼き食べたいんだって?」
「はい。一度しか食べたことがないので……。それに、大人数でわいわい食べるには向いている料理だと聞きます」
「そりゃそうだけど……そんなのでいいの?」
「食べたいです。色んなものを乗せてみたいです」
「そっか。じゃあ、色々トッピングを工夫してみよう。材料は沢山あるし、スパイスとかも、本格的じゃないけど揃えてあるよ」
「タバスコありますか?」
「え? あ……あるよ。それも、使おうか」
睫毛が少し上向いた。
「はい。たっぷり」
うえぇ……辛いの好きなのかよ、この子……。それは僕の唯一苦手な辛味なんだけど、今日は我慢だ。忍耐だ。耐辛偽装万歳。だって、かづみちゃんの膝に乗っている両手が拳になっているのだ。そこまで力説されたら、僕の都合なんざ引っ込めなくてなんとする。
そういえば、
「一度って、誰と――」
と言いさしたところで、本日二回目の《ぴんぽーん》が鳴った。かづみちゃんに断りを入れて立ち上がる。
玄関に出ようとしたところで、揺唄と鉢合わせた。
「多分籠姉ぇたちよ。時間だし」
「そか」
サンダルを履いてドアを開ける。そこには揺唄が言った通りの人物たちが、ぞろぞろと立っていた。前から身長順で、三人。しかし、みんな僕より背高いな……僕が低いんだけどさ。
揺籠さん、三姫さん、節菜さん。
キャップ。ツインテール。かんざし。
「……」
どんだけバリエーション豊富なんすか。
全員ととりあえず挨拶を交わして、居間へと招き入れる。
「買出ししたやつは、適当に出しておくね」と揺籠さんの肩が僕の眼前を通り過ぎる。がさがさと音を鳴らす幾つかのビニール袋。お菓子だったりチョコだったりジュース缶だったり
次に三姫さんの細い鎖骨、と『よろしくー』の会釈。あと二リットルペットボトル。
彼女は同じ高校の三年生。二つに結った髪がトレードマークのお茶目な人だ。以前縁があって、節菜さんを介して知り合った。今日は何故か、服のサイズの影響で胸元が強調されている。あんまり見ないようにしないとな……。
最後に節菜さんの白い首。
この人は、高校の二年生。僕の知り合いで揺唄とも知り合い。涼やかな眼とか唇とか顔立ちとかから、冷徹な印象を受ける人である。紺のTシャツに、パンツとジャケットはデニム。オトコマエかつ洒落も色気もない、動きやすさ重視な感じ。この人の性格を表しているな。
一際目を引くのは、長い髪をまとめているアダルトな意匠の唐紅色のかんざし。背中を覆うほど長い節菜さんの髪を一時も休まずに留めている相棒。というか、宝物らしい。
すると節菜さんだけが立ち止まって、
「今日はお招き頂きありがとう」
いつも通りに冷徹な声で言った。聞き様によっては皮肉とも取れる口調だけれど、この人の場合はこれがデフォルトである。
「どういたしまして。ハプニングですけど。あ、雨降ってました?」
「霧雨程度にね。傘立て、使わせてもらったわ。――お邪魔します」
僕にではなく家全体に言うような『お邪魔します』だった。ふと見れば、三人ともさりげなく靴はきっちり揃っている。……この人といい揺籠さんといい、無頓着なようでいて、きっちりしてるんだよな。
――春。
五月。
僕はこの人のお陰で、この左腕の真の意味を知ることになった。十年間の平和な日常に闖入してきた人と出来事。そして、ある意味では、僕と友人の命の恩人とも言える。僕にとっては一つの手掛かりでもある。でも、僕はあんまりこの人と一緒にいたくなくて――
「お留守」
「は――わっ!」
声と同時に飛んで来たかんざしの先端は、まさに間一髪で、僕の左頬をかすめていた。
節菜さんの黒い長髪がざわりと空気を含んで落ちる。
「油断するなと言ったでしょう?」
「は、……はひ。すみまぜん」
これなんだよなぁ。
五月の一件以来、稽古をつけるとかなんとかで、隙があれば日常生活だろうといつだろうと容赦なく打ち込んでくるし踏み込んでくる、おまけに節菜さんの部活(女子野球部)がない日は体育センターに呼び出されて、折檻まがいの手合わせまで。これが強いのなんのったらないんだよ。空手部で全国狙えたんじゃないかってくらいの身のこなし。……まあ、かなり変則的なきらいはあるから、空手の型とは相性が悪いのかもしれない。
おかげで本番度胸と戦闘勘と攻撃に対する耐性はついたとはいえ、こう殺伐とした空気をいつも醸し出すのはやめて欲しいんだ。そういうのって、会得しても日常生活では使わないし。
「でも、今日はほら、パーティなんですし、あんまりそういうのは」
「ほら」
「ひぇっ!」
横薙ぎに振られたかんざしが前髪をなぶった。どんな手首の使い方かは分からないが、予備動作ほとんど無し。体重移動だけで発勁しているっぽい。ほら、の声がなかったら額に一文字が刻まれていたところだ。今でこそこうして反応できるものの、始めた当初は酷かった。母さんに喧嘩まで疑われたくらいだ(実際は私刑に近かったけど。しかも僕は被害者)。
ひゅんひゅんひゅん、という風鳴り。節菜さんは、いつもの大道芸じみた技術で長い髪をかんざしに巻き、留めた。
「ま、今日は少なめにしておきましょう」
「ですか……、まあ、ともかく居間へどうぞ」と僕は先導する。背中から刺されるのは恐いけど、彼女もそこまで外道じゃあるまい。「ダイニングじゃ狭いんで、リビングでやります。メインはお好み焼きにするつもりですけど、いいですよね? アレルギーとかあります?」
「ないわ。でも紅生姜を載せて頂戴」
御注文が一つ多いお客様だった。ていうか何故に紅生姜。
そしてきっかり三〇分後。
「えー、本日は皆様ご足労いただきまして、誠に有り難う御座います」
六人が囲んだテーブルの横で、僕はそんなことを言っていた。
テーブルは長方形なのでそれを加味して僕を時計の七時とすると、五時にかづみちゃん、三時半に揺籠さん。一時にいるのが三姫さんで、十一時にいるのが節菜さん。九時の位置にいるのが揺唄だ。
何故揺籠さんが『半』なのかというと、つまり、かづみちゃんを美少女と認定してめろめろ状態になっているから。いつでも手を伸ばして抱きつける位置にいるというわけ。
テーブルの上には所狭しとお菓子や調味料やお皿が並べられ、中央にはでんとホットプレートが鎮座していて、いつでもお代わりを焼ける温度にセットしてある(焼くの僕だけど)。既にお好み焼きの切り身(かづみちゃんは腕が良かった)とジュース(三姫さんと揺籠さんが注いだらしい)も全員に行き渡っている。
「残す所食べるだけとなりましたが、ここで改めて、今回の新顔さんを紹介したいと思います」
僕は隣の女の子に視線を移してから、
「この子、かづみちゃんです。皆さん宜しく」
細かいことは言わないことにして、彼女を紹介した。
「よろしくね、かづみちゃん」「可愛いよ美少女ーっ!」「楽しもうねっ」
そして拍手の嵐に、かづみちゃんは頬を染めて俯く。その表情が揺籠さんのツボにさらに深く嵌まったらしく、指笛まで飛び出す始末。僕も拍手で彼女の存在を迎える。
――迎える、その中で、一瞬だけ節菜さんの顔を見遣った。不機嫌そうなわけではない。むしろこの人が不機嫌そうなのはデフォルトみたいなものだ。そうではなくて、半ばこの子の存在を訝るような視線を、遠慮がちにではあるが、節菜さんが向けていたからだ。この人にはかづみちゃんについて、何か心当たりがあるのかも知れないけど……今は置いておいてくれるつもりらしい。こちらに気付いた節菜さんに小さく頷いてみせると、慌てたような睨眼を返されてから視線が逸れた。ちょっと面白かった。
「では、僭越ながら乾杯の音頭を取らせて頂きます。今日という日と、かづみちゃんという新しい友人に――」
『乾杯』
五つのコップに続き、最後のコップが控えめに掲げられた。




