37、朝食
オートファジーなんて簡単だろ、食わなきゃ良いだけじゃん。
キッカケはそんな軽口だった。しかし妻や娘と話し込んでるうちにヒートアップして、良くない方向に盛り上がった。
「だったらやってみなさいよ、絶対失敗すると思うけどね」
「パパもちょっとくらい痩せたら? ひどいお腹!」
ここまで言われたら引けなくなった。そしてまだ日も高いうちからベッドに潜り込む。ここから15時間は飲まず食わずだ。水くらいは飲めるので、水筒を枕元に。
「あとはもう、朝までひたすら寝るだけだ」
ご褒美の朝食はすでに購入済みだ。冷食の濃厚豚骨ラーメンにフルーツヨーグルト、それと2リットルのバニラアイス。2人がせっせと頭を下げる中、至福の朝を味わうのだ。それを思うだけで笑いが込み上げてくる。
横になる。意外と眠れそうだった。うとうとと、柔らかな睡魔とたわむれる――が、それは不意に破られた。
「この匂い、ビーフカレー!?」
リビングからそれは押し寄せてきた。とたんに堪らなくなり、奥歯を噛み締めた。よりによってカレー、匂いで腹が減りそうな晩飯を、厭味ったらしく食うだなんて。心なしか、リビングの2人は普段よりも会話を弾ませているようだった。
「あいつら……卑怯だぞ!」
毛布をかぶって丸くなる。こみあげる食欲は、腹を殴ることで堪えた。
どれほど脂汗を流したのか。いつしか辺りはとっぷりと暗くなり、リビングも静まりかえっている。夜更けを迎えたらしい。
「まだ23時? 嘘だろ……」
日付を越えてすらいない。まだ前半戦の渦中だと知り、目眩を覚えた。何か食べたい。なんでも良い、チョコでもアイスでも炭酸ジュースでも良い、とにかく糖分が欲しくて、渇きに苛まれた。
「負けるわけには、父の威厳が!」
水を飲んでやりすごす。しかし食欲は、脳裏に居座ったままだ。
「ここは寝てしまおう。ひつじが一匹、ひつじが二匹……」
ひつじ、ラム肉、ジンギスカン。近くに新店舗がオープンしたけど評判はどうだろう。
「違う、そうじゃない! ひつじを数えるんだよオレ!」
やはり眠れない。冷蔵庫が時々、大きな音を出してうるさい。こんなに鳴っただろうかと不思議に思うほど耳につく。
23時半、まだ眠れない。目が回りそうだ。何かできないかと、喉をひっかき、転げ回る。そして最終的に辿り着いたのは、自分の二の腕だ。たぷたぷと余る肉を噛んでみる。
すると衝撃が駆け抜けていった。
「あれ、しょっぱいぞ。オレの腕しょっぱい!」
天の助けを得た気分だ。腕も、手のひらも、ふくらはぎも、口が届くようなら舐め回した。衛生面なんか知らん。虎も自分の身体を舐めるのだから似たようなもんだ。
あとは眠ってしまった。そしてついに勝利の朝日――8時を迎えた。
「やぁお二人さん、気分はどうだい?」
問いかけるも不穏な気配だ。妻も娘も、冷蔵庫の脇でうつむいている。何か腹でも突かれたような違和感を覚えた。
「どうかしたの?」
「おはよう。あのね、冷蔵庫が壊れたみたいで、もう中はドロドロなのよ」
確かにひどい有様だ。冷食やアイスが溶けて、床まで濡れている。オレのご褒美も当然お預けだ。味気なく食パンをかじるしかなかった。
こんな朝食でもう、超ショック――。
ー完ー




