28、北
魔の者共来たり――。急報を知らさらた将軍は迎撃部隊を派遣した。すでに付近の村々は焼かれており、犠牲は相当数にのぼった。だが彼は無闇に動けない。この砦を抜かれてしまえば、王都まで遮るものは何もなかった。
「ここぞ正念場、死に場所となるやもしれん」
将軍は櫓に登り東の平地に目を向けた。土煙がそこかしこで見える。右の手のひらを差し出すと、護衛が望遠レンズを手渡してきた。
「万事、滞りないか?」
「はい。軍は北、中、南の三軍に分け、所定の位置へ。しかし……」
「なんだ?」
「北軍がやや突出しています。魔族も集中して襲い来るかと」
「それでよい」
北軍は囮、つまり死に兵だった。三軍の役割は明確だ。北で敵を引きつけて、中軍の騎馬隊が撹乱して敵陣を狂わせる。そして小勢ずつ砦に追いやって、砦の守備隊が弓で射る。南は、新たな軍に対する備えと中軍の補佐を命じた。
(許せとは言わぬよ、北軍の兵たちよ。万余の民を救うには他に手立てがないのだ)
将軍は拳を硬く握った。爪先が皮を切って、地が滴り落ちる。それでも彼は、原野だけを見ていた。
「北軍、接敵! まもなく激突します!」
予想と一致した頃合いに、それは知らされた。物見からの戦況を聞けば、思い描いた通りだった。あとは各人が作戦を守れば、撃退できる。
そこで轟音が鳴り響き、熱風が吹き荒れた。鮮やかなまでに立ち上る火柱は、どこか将軍の見込みを嘲笑うようだった。
「何事だ!?」
「敵方に闇術師が多数出現! 魔術により馬が怯えて走れません!」
将軍は、すかさず望遠レンズを東に向けた。算を乱す中軍は統制がとれていない。南軍は魔術に晒されながらも、踏みとどまるのがやっとの有様。混乱する中軍と連携がとれなくなる。
櫓から北軍の様子までは見えないが、絶望的だった。撹乱の騎兵も来ず、一軍だけで突出している。無数とも言える魔族が北に押し寄せるのを見たところで、レンズを懐にしまった。
「心せよ、砦に有象無象がなだれ込むぞ!」
将軍の予見は的中した。魔族の群れは、味方の軍を突破して、砦を目指して押し寄せた。大地は猛獣型、空は怪鳥の群れが覆い尽くしていた。
将軍は弓をひきしぼった。
「射て! ともかく射つのだ!」
放たれた矢は狙わずとも命中した。射抜かれた鳥は落ち、獣は倒れ伏した。しかし焼け石に水だった。まもなく砦は猛攻に晒された。
皆が必死に戦った。剣は油を巻いて、槍がへし折れるほどの奮戦だ。将軍自身も数え切れない魔族を斬り伏せた。
そうまでしても敵の勢いはおさまらない。兵たちは次々に脱落していった。運命という荒波に負けた者から、1人ずつ。
「もはや、これまでか……」
将軍は剣を自分の首元に向けた。しかし、視界の端に王都が見えた。ここを抜かれれば滅亡。王も、家族も、子供たちも、等しく毒牙にかけられてしまう。
将軍は奥歯をギリリと噛んだ。そして剣を一閃させ、魔族を両断した。
「まだまだ! この腕が動く限り戦い抜いてくれようぞ!」
その声で手下も活力を取り戻した。敵が突破しようとするのを、どうにか押し返す。
逆転の契機などもはや考えてはいなかった。無限とも思える暴力に向かって、剣を振る。一度でも多く、1体でも多く狩る。その手が止まった直後には死が待っている。
やがて誰かが叫んだ。
「援軍! 味方の軍が来ます!」
「味方だと……?」
将軍は空耳だと思った。だが敵は確実に混乱を見せており、統制がとれなくなっていた。
砦に駆けつけたのは、死に兵の軍だった。武装が不揃いだ。戦場で片っ端から拾い集めたのだろう。軍勢は半数以下の小勢ではあるが、獅子奮迅の戦いぶりが魔族を圧倒していた。砦にかかる圧力は消え、ボンヤリと眺める余裕さえ与えられたのだ。
援軍は確かに来た、北の方から――。
ー完ー




