22、細菌
試験管を注視する。微塵も変化のないそれを、連日に渡って。
研究棟では、今も多くの部屋で明かりが灯る。それがひとつ、またひとつと消えてゆくのを、視界の端に捉えた。
「まだやってんの? 熱心だね」
同僚達は遠慮なしに帰っていく。この研究室も、いつしか自分1人きりになっていた。
「先は長い……」
ソファに身体を投げ出して寝転がる。スマホでニュースを開いたところ「食料危機」という見出しが見えた。
ニュースの要約文に目を通すが「記録的猛暑や大雨が続き、土壌の質に異変」と、目新しい情報は無かった。
最後の一文「科学的な改善に期待」とまで読んで、サイトから離脱した。
「急かすなよ。こっちも全力だ」
ゼリー飲料のストローをくわえ、額に濡れタオルを置く。補給と脳の休息を同時進行。個別に楽しむ贅沢は捨てていた。
「どうしたら結果につながるんだ。誰か教えてくれ」
つい弱音が漏れた。皆が帰った研究室。聞く者は1人もいやしない――はずだった。
「友達になればいいんだよ」
「誰だ!?」
起き上がろうとしたが、手足に力が入らない。視界も濡れタオルで塞がれている。
「部外者は立入禁止だぞ、警察に――」
突き出してやると言いかけて、やめた。声の響きからして子供だ。職員の連れ合いかもしれない。
口調に少しだけ気を使った。
「早く帰りなさい。ここは危ない薬がいっぱいだぞ」
「聞いてる? 友達になれば良いんだって」
「友達? 君と?」
「ううん。この試験管の子たちと。増やしたいんでしょ?」
「何を言ってるんだ。そんな非科学的な」
「科学が一番エライって、誰が決めたの?」
その言葉に耳が痛くなった。事実といえば事実だが「子供が何を」という憤りもある。
早く帰してしまおう、それには話を決着させておくべきか。
「具体的には何をしろと?」
「話しかけてみて。こんにちは、たくさん増えてねって」
「あぁ、たくさん増えてね、細菌のみんな。これで良いよな?」
すると、子どもの声が聞こえなくなった。
重たい身体を動かして、頭を持ち上げた。しかし人影は忽然と消えていた。気配すら感じ取れない。
「いったい何が……」
不意に試験管をみると、菌床に明らかな変化が見られた。思わず駆け寄る、見間違いではない。確かにポジティブな反応が起きていた。
「まさか、こんなことが!?」
左右を見渡す。誰もいないことを念入りに確認した。そして試験管に顔を近づけては、口を開いた。
細菌のみんな、どうですか最近は――。
ー完ー




