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16、妖怪

私はもう帰らない――。


真夜中の森を手探りで歩いていた。ズボンは泥だらけ、小砂利で足の端が切れた。裸足だった。それでも家には戻らない。


女らしくしろ、だなんて知った事ではないし、そもそも好き好んで女に生まれた訳でもない。しきたり、ルール、親の期待――何もかもがウンザリだ。


「帰らずの森だなんて最高ね」


木々が鬱蒼と茂る。今夜は満月だ。わずかに差し込む月光が薄っすらと地形を照らした。ただ不慣れな土地なので、右も左もわからず、彷徨った。


喉の渇きが辛くなった。


「どこかに小川でもあれば」


その時だ。問いかけに答えるかのように、生ぬるい風が吹いた。何かの気配がして、思わず振り向いた。


帰らずの森にはバケモノが出る――噂に聞いていた。


「子供騙しの嘘でしょ、そんなもの」


やがて、気配の方から鳥が飛び立つのを見て、胸をなでおろした。


「やっぱりね。こんなもんだと思った」


水場を求めて歩く。足が痛む、靴が欲しい。何か食べるものも。しかし行けども木々と茂みがあるばかりで、願いのひとつも叶いそうではない。


「こんな真っ暗じゃ見つけようがないよ」


家の暖炉、温かな夕食が脳裏に浮かんで、慌てて頭を振った。2度と帰らないと決めた。少なくとも、わからず屋の父がいる間は絶対に――。心を固くする。


次の瞬間、木々の隙間から何かが飛び出してきた。四足で低く唸る。


「狼だ……!」


咄嗟に棒切れを拾いあげ、構えた。それでも、唸声がいくつも増えていくに連れ、心が恐怖に侵食されていく。


ここで死ぬ、食われる。その未来が見えた気がした。


「だ、誰か、助け……」


かすれた声が口から漏れた。すると、また背後に気配を感じた。それは生ぬるく、優しく包み込むようで、しかし不快。そんなものが真後ろにある。


対峙した狼達は、耳を垂れながら後退りした。そして一目散に逃げ出していく。


私もつられて同じ方へ逃げた――。


その『何か』は離れずに着いてくる。帰らずの森に住むというバケモノ、悪魔、妖怪、人ではない何か。


逃げる最中つまずき、転んだ。耳元に寒気が駆け巡る。『何か』が囁いた。


――子供が1人で何してるの。


私は全身が凍りついたようになる。息も苦しかった。


『何か』はまた囁いた。


――僕に用事でもあるのかな。何か用かい? なんてね。


森の中がとたんに静まり返った気がする。同時に気まずさも孕んでいた。


焦れたように『何か』は早口になった。


――通じなかった? 妖怪に何か用かい!?



ー完ー



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