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11、パン

なぜか兄が帰ってこない。だから食べるものもない――。


擦り切れた毛布を頭から被った。寒くはないのに震えが止まらない。


「どうしたんだよ、兄ちゃん……」


燃料が切れた。窓の外から差し込む月明かりが、家具を蒼く照らす。それで、コップやテーブルが動き出しそうに見えて、目を背けた。


外から足音が聞こえて、聞き耳を立てる間に通り過ぎていく。また別の物音が鳴って、玄関に迎えに行くと、野良猫を見かけただけ。


1人で過ごす夜が、こんなにも辛いなんて知らなかった。空腹で寝付けない。何度も水瓶の水を呷っては横になる。眠りは浅かった。


翌朝。気だるい身体をひきずって、市場にでかけた。


――おい、あの店から盗み放題だぜ。


そんな事を、顔見知りの少年が教えてくれた。


狙うは年寄り1人で切り盛りしている雑貨屋だ。店主が倉庫に向かったときがチャンスだという。


――今だぞ。欲しいもん持っていけよ。


店には食品も並んでいた。瑞々しい野菜、それと焼き立てのパン。香ばしい薫りに目眩がしそうだ。お腹はもう限界だった。欲しい。手を伸ばせば届く。それを掴んで逃げれば良い――。


それでも手は硬直して動かない。手のひらはジットリと濡れて、ほほに汗が滴っていく。


(盗みは悪い子のすることだ)


心の中の声がやまない。その声が手足を縛るようで、指先1つ動かせずにいた。すると、知り合いの少年が駆け寄ってきた。「何してんだ、ビビリ野郎」と罵りながら僕を押しのけた。


結局僕は何も持たずに、店から立ち去った。まもなく怒鳴り声が聞こえる「誰か捕まえてくれ、こそ泥のガキ!」あの少年は両手に余るほどの食品を抱えながら、路地裏へと逃げた。


(僕は意気地なしなんだろうか……)


盗む勇気が持てなかった、それは悪いことなのか分からない。飢えた腹を抱えて、ただ歩き続けた。


自然と足が駅に向いたのは、妙に騒がしかったからだ。やがて蒸気の煙が見えると、たまらず駆け出した。


道行く人が噂している。「倒木があったんだとさ」「どうりで昨日は止まってた訳だ」


駅前広場につくと、僕は思わず飛びついた。


「兄さん!」


力強く抱きしめられた。


「遅くなってすまん! 仕事からまっすぐ帰りたかったが、車中泊させられちまった!」


ニコリと笑う兄は、やたらと大荷物だった。燃料の油、調味料に野菜。そして大きな買い物袋。


「腹が減ってるよな。食いながら帰ろう」


袋はきつね色に焼けたパンで、ぱんぱんに膨らんでいた――。



ー完ー

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