10、校長先生
1人の少年が校庭の片隅に腰掛けていた。同じ年頃の子たちを眺めている。ボールが跳ねると「パスを回せ」という声が聞こえた。やたら遠くから響いた気がする。
ジッと座り続ける少年に、校長が声をかけた。
「君は遊ばないのですか?」
少年は膝を抱えながら答えた。
「僕は下手だから」
「上手でなくとも、仲良く出来ますけどね」
優しく諭されても、少年は座り込んだまま動かない。
これまでに何度か同じことを尋ねられたが、少年は不快ではなかった。祖父よりも老いた校長と口を利くことを、割と気に入っていた。否定も叱責もない、そよ風と対話するような心地がして――。
だが、そんな交流も唐突に終わる。校長が長期入院したためだ。1週間、2週間と過ぎても、復職する気配は無かった。
少年は図書館で調べ上げた結果、千羽鶴を折ろうと決めた。折り方は知らない。手順は見様見真似だった。
(うわ、酷いものが出来たな……)
一作目はシワだらけ、二作目は歪みが酷く、三作目でまともな形にできた。
あとは量産するだけだが、千羽はあまりにも遠い。放課後は図書室で、帰宅すると自分の部屋で折り続けた。
机の上で突っ伏して眠るほど、根を詰めた。それでも先は長かった。
「君、何してるの?」
放課後の図書室で、女子生徒に話しかけられた。事情を打ち明けると、彼女は感心した。「いいねそれ!」
少女は校庭に飛び出して、大勢の生徒たちを連れ戻った。図書室のテーブルが人で埋め尽くされた。
「折り方が上手だね、教えてよ!」
すでに百羽以上も仕上げた少年は、慣れたものだ。「上手いなマジで」と褒められると、少年の顔は火がついたように赤くなった。
その件を境に、図書室は折紙教室に変貌した。日を追うごとに顔ぶれは減ったものの、残った者たちの結束は固い。少年も彼らとは、物怖じしない程度には親密になった。
「998、999、1000!」
ついに完成。少年たちは校長に会うため病院に向かった。意気揚々と病室に尋ねたのだが、その瞬間、表情が凍りつく。
ベッドは無人だった。窓が小さく開いていた。差し込む夕陽、赤く染まるレースカーテンが、音もなく揺れた。
校長は消えてしまったのか――そよ風に乗って。
すると、窓の向こうに人影を見た。そこは中庭だった。
「先生!」
窓越しに叫ぶと、検査着を着た校長が振り返った。「気分が良いので、出歩いていました」そう言って、柔らかな笑みを浮かべた。
校長は今日、好調のようだった。
ー完ー




