第十一話「二重螺旋」
「旦那様。寂しかったのか?」
からかうようにロザリーが聞いてきた。俺はかっとなり怒鳴ってしまった。
「ふざけるな!ロザリー、俺はお前を助けるために5000人もの人間を殺す兵器を作ったんだぞ」
ロザリーは飄々と答えた。
「どうでもいいさ。そんなこと。それよりも―――アル、ただいま」
ロザリーが慈愛に満ちた顔で、両腕を広げてくる。
「どうでもいいわけが……ないだろ」
声が、思ったより小さく出た。
「なんだ、抱きしめてくれないのか?流石の私もここで抱きしめてもらえないと恥ずかしいんだが」
訳が分からない。分からないが、何故か俺はロザリーを強く抱きしめた。会いたかった人がいるからだろうな。
「―――おかえり……ロザリー」
数秒のはずの、それでいて長い沈黙の後、ロザリーが俺を抱きしめたまま言う。
「アル、お前は人を殺す兵器を作ったかもしれない。事実、多くが死んだのだろうな」
「ああ、前世も………今世でもやっちまった」
「だがな、アル。救われた人数を数えたことはあるか?今日は私が救われた。それも事実だろ?」
俺は答えられなかった。
「答えはでないかもしれん。だがアル、私と探していけばいいじゃないか。人生は長いぞ。エルフの人生は特にな」
ロザリーがゆっくりと俺から離れた。
「なあ、ロザリー。一つ聞いていいか」
「ふむ、何だ」
「なんでここにいるんだ。帝都に連れて行かれたんじゃないのか」
ロザリーは少し間を置いてから、こともなげに答えた。
「帝都まで行ってきたよ」
「…………ん?」
「おいたが過ぎる帝王も殺してきた」
俺は固まった。
「殺してきた……?」
「ああ。捕らわれていたのはエルフだけじゃなかったからな。ダークエルフ、獣人、ドワーフ。帝都の地下に百人以上が閉じ込められていてな。亡くなっていた者はそれ以上いてな。ムカついたから殺したよ」
しばらく沈黙が落ちた。
「幻滅したか?」
ロザリーが、珍しく俺の目を見ずに聞いた。声のトーンが、さっきまでと少し違った。
「幻滅?」
「私は人を殺してきたんだ。怒りに任せてな」
俺は答えた。
「閉じ込められていた人は?」
「連れてきたよ。今はグリーンウッドに預けてきた。百人以上の食事と寝床の手配で、あの人は今頃てんてこまいだろうな」
「なら問題ないな」
ロザリーが俺を見た。
「まあ、それが罪かどうかは俺には分からない。分からないが……まあ罪なのだとしたら、二人で閻魔大王に裁かれるしかないな」
「ふむ、それもそうだな。まあしかし、裁かれる前に、また弱みを握るのもありだな」
弱みって……本気っぽいロザリーの冗談を聞き流し、ロザリーに言う。
「それより、今はグリーンウッドさんの所に行かないとまずいかもな」
「ふむ、そうだな」
二人並んで歩き出した。少し歩いた所でロザリーが口を開いた。
「嬉しかったよ。助けに来てくれて」
「……そうか」
「素直じゃないな、旦那様は」
「うるさい」
ロザリーが小さく笑った。
―――――――――――――――――――
仮拠点は、砦から少し離れた丘の上に設けられていた。
テントが並び、焚き火が何か所も燃えていて、百人を超える様々な種族が身を寄せ合っている。エルフの白い肌。ダークエルフの灰色がかった肌。獣人のごつい体躯。ドワーフの短い足と分厚い腕。
その中央で、グリーンウッドさんが額に手を当てながら立っていた。
「ロザリー……お前という奴は……」
「ふむ。礼はいらんぞ?」
「礼なんかせんわ!何故帝王を殺してくるんじゃ! 帝国はまだ数十万の兵を持っておるんじゃぞ!」
「帝国は今、後継者争いで揺れている。それに後継者候補達にもすこーしばかりお灸を据えてきたから、当分の間何もしてこないさ」
グリーンウッドさんが俺を見てきた。助けを求めるような目で。
「アル……」
「俺に振らないでください」
その時、背後から足音がした。
「ロザリンド殿」
振り返ると、戦士長が立っていた。血と煤を纏ったまま、表情一つ変えずに。
「ご無事で何より」
それだけ言って、また前を向いた。
ロザリーが小さく笑った。
「ありがとう、戦士長」
グリーンウッドさんはしばらく唸ってから、深く息を吐いた。
「……で、彼らはどうするんじゃ」
「ふむ、私はそれを相談しようと思って来たんだ」
ロザリーが焚き火の前に腰を下ろした。俺とグリーンウッドさんも、その隣に座る。
「ロザリー、何か案があるのか?」
「ふむ、あるぞ。この帝国の砦を私とアルの愛の巣にする」
「「「「は?」」」」
ロザリーが意味不明なことを言い出して、皆固まった。が空気を読まないロザリーは続ける。
「ふむ、冗談が伝わらなかったか。ま、愛の巣は置いといてくれ。本題だが………二度と帝国が馬鹿なことが出来ないように、ここを防衛拠点に作り変える」
グリーンウッドさんが顎に手を当てた。
「しかしの、ここは長居できる場所じゃない。彼らも体を休める場所が必要じゃ。村に戻る、それが先決じゃろ」
ロザリーが立ち上がり、手招きをした。すると焚き火の前に、三人が進み出た。
最初に口を開いたのは、背の低い、岩のように分厚い腕のドワーフだった。頭が俺の肩ほどしかないが、立っているだけで地面が沈む気がする。
「イーグマル。ドワーフの鍛冶師だ。世話になる」
次に、耳の尖った獣人。狼に近い顔立ちで、傷だらけの体に薄い布を巻いている。それでも目だけは、ぎらりと光っていた。
「シラク。獣人の狩人頭だ。借りは返す」
最後に、一歩前に出たのはダークエルフだった。
灰色の肌に、銀の長髪。年齢が読めない顔をしていて、目が妙に落ち着いている。帝国の牢に閉じ込められていたとは思えない、どこか飄々とした佇まいだった。懐から折り畳まれた紙を取り出し、広げながら言った。
「レオール・ディ・チェリア。ダークエルフの……まあ、何でも屋だ」
紙には、帝都の地下牢の見取り図が、几帳面な線で書き込まれていた。脱出経路に、細かい注釈まで添えてある。
「牢の中で暇だったのでな。描いておいた。おかげでロザリンド殿の脱出がずいぶん早くなっただろう」
ロザリーが頷いた。
「彼らがいたから、想定よりも早く帰って来れた。戦えない者は村に帰るのは構わない。戦える者はここで、防衛に徹する。どうだ?」
グリーンウッドさんが静かに皆を見渡した。そしてゆっくりと頷いた。
「……分かった。戦士長を含め半分はここで防衛を。半分は戦えないものを連れて村に帰ろう。女王様への説明は……まあ、儂が何とかする」
「すまんな、グリーンウッド」
「謝るなら次から事前に言うんじゃ」
「善処する」
「ほぼ言わん気じゃな!?」
俺は思わず噴き出した。
戦士長が無言で立ち上がり、戦士たちに指示をだした。
イーグマルが鼻を鳴らした。シラクが静かに立ち上がる。レオールは空を一度見上げてから、また懐に手を入れ、何かをさらさらと書き始めていた。
「レオール、今は何を書いてるんだ」
「この砦を防衛拠点にするんだろう?設計図を少し書いていたんだ」
「…………鏡文字?」
俺が設計図に書き込まれている鏡文字に驚いていると、レオールが謝ってきた。
「あーすまん、昔からの癖でな。後で書き直すよ」
だが、俺が驚いたのはそれだけではない。二重螺旋階段が描かれていたのだ。描かれている城もまるで―――
「ロザリー、この設計図、何かに見えないか?」
「ふむ。見えるな。二重螺旋………DNAか?」
「うん、よく分かんないが違う。結論からいうとシャンボール城にそっくりなんだよ」
俺がそういうと、ロザリーは首を傾げた。だがレオールがバッと立ち上がり叫んだ。
「なぜその城を知っている!?この世界に存在しない建物のはずだが……まさか」
あー、確定したな。彼は――――転生者だ。
名前:シャンボール城(Château de Chambord)
別名:森の中の宮殿/ルネサンスの奇跡
建造年:1519年着工(フランソワ1世の命により)
所在地:フランス・ロワール渓谷
規模:★★★★★
敷地面積5440ヘクタール。365の暖炉、440の部屋。その巨大さはフランス王の権威そのもの。
芸術性:★★★★★
ゴシックとルネサンスが融合した独自の様式。見る者を圧倒する外観は今も世界遺産に輝く。
神秘性:★★★★★
設計者は未だ正式には不明。しかしその二重螺旋階段には、ある人物の影が色濃く残っている。
謎:★★★★★
二つの螺旋が絡み合いながら、決して交わらない階段。上りと下りが出会わない、この構造を考案できる人物が、果たして当時何人いただろうか。
影響力:★★★★★
ルネサンス建築の集大成として、後世の建築家たちに多大な影響を与え続けている。
特殊スキル:
「二重螺旋の階段」
上る者と下る者が決して出会わない、二本の螺旋が絡み合う階段構造。その発想は――DNAの二重螺旋と、奇妙なほどよく似ている。




