表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/20

第4話 鏡の向こう

「いったた……」


 (ほお)に当たるのは、冷たく(かた)い床の感触(かんしょく)。目を開けると、そこは階段の(おど)()だった。壁の一角には、全身がすっぽりと映る大きな鏡。さっき見たものと同じだ。


「ねぇ二人とも、起きて」


 身を起こし、小声で呼びかけながら弓丸と而葉(しかるば)さんの体をゆする。ほどなくして、二人は目を覚ました。


「……先手を取られた。やはり油断はできないな」

「うら若き乙女を床に寝かせるなんて、不届きな敵ね」


 パッと見た感じは学校だ。五月にしては肌寒く、窓の外も真っ暗。例えるなら、人っ子ひとりいない冬の夜の校舎(こうしゃ)、といった雰囲気(ふんいき)だ。申し訳程度に蛍光灯がついていて、思わず身震(みぶる)いしたくなるような感覚があった。


神域(しんいき)である常世(とこよ)と、普段君たちが暮らす現世(うつしよ)狭間(はざま)に作られた空間だ。十中八九、〈化生(けしょう)のモノ〉を操る禍者(かじゃ)のしわざだな」


 私たちは〈甘味処あづさ〉で過ごしていたはずだ。それが突然、客も店員もいなくなって大きな鏡が出現し、不気味なピアノの音が(ひび)き渡った。気がつけば、こんなところで倒れていたというわけだ。


 あの時、とっさに手を握っていた弓丸と而葉(しかるば)さんはここにいる。ただ、アヤの姿はどこにもない。


「……探さなきゃ。あの時一緒にいたんだから、きっとアヤもこの建物にいると思う」

「そうだな。向こうは確実に何か仕掛けてくるはずだ、早い方がいい」

無駄(むだ)に時を浪費(ろうひ)することは()けるべきよ。単独行動も(しか)り。探す場所、多少の見当(けんとう)はついてる?」

「うーん……」


 正直、この校舎の構造(こうぞう)はまだよく分からない。だが、アヤを探すという目的のみに(しぼ)るとすれば。


「ここと同じ、大きな鏡がある場所を(さが)す、っていうのはどうだろう」


 私たちが今いる場所の、最大の特徴(とくちょう)はこの鏡だ。一緒に流れていた校歌のことも気になるが、一番分かりやすいのはこれだろう。アヤがここにいないということは、同じ役割をこなす鏡が他にあるということだ。


一理(いちり)あるな」

「そうね。途中で音楽室を見つけたら、そこも(のぞ)いてみましょう」

「そうします」

「ね、早我見(さがみ)さん」


 動き出そうとすると、而葉さんに手をつかまれた。ふわりと鼻腔(びくう)をくすぐる、花のような甘い香り。(さわ)やかな印象の目元に前髪がかかって、サラサラのショートヘアが()れた。首をこてんと(かたむ)け、男子どころか女子生徒まで軒並(のきな)みノックアウトできそうな微笑(びしょう)を浮かべる。


「前から思ってたんだけど、そう(かしこ)まる必要はないの。先輩とか気にしなくていいし、もっと気楽に話しかけて頂戴(ちょうだい)。せっかくの(えん)なんだから、仲良くしてくれたら(うれ)しいな」

「……あっ、えっ、と」


——私、この人が苦手だ。


 理屈ではなく、本能的なもの。こんなに綺麗な微笑(ほほえ)みなのに、こんなに優しい声なのに。而葉(しかるば)さんと向き合うと、どういうわけか身がすくむ。声が震えないよう、顔が引きつらないように気を強く持ちながら、精いっぱいの愛想(あいそ)を返した。


「じゃあ、うーんと……藍果って呼んで、ね?」

「ありがと。改めてよろしくね、藍果さん」


 (とろ)けるような笑みを浮かべ、而葉さんはうなずいた。そんな彼女に背を向けて、私はそっと息をつく。而葉さんから感じる、この特有の圧迫感は何なんだろう。舞台をいくつも潜り抜け、結果を出してきたから——ということだけでは、やはり説明しにくい。他に考えられる原因が、何か……。


 チラッと後ろを振り返れば、視界に入ったのは立派なお(むね)。抜群のプロポーションは(うらや)ましい限りだが、苦労することも多そうだ。


 そんなどうしようもない余所事(よそごと)に気を取られていたら、而葉さんと目が合った。


「ぼんやりしちゃって。何か?」

「いや、あの……えっと、この建物を調べるなら、まずは上の階に向かった方がいいと思った、の」


 壁に取り付けられた、階数表示のプレートを指差す。


「下に行けば二階、上に行けば三階って書いてあるけど、最大で何階まであるかについては分からない。戦うにしても逃げるにしても、それくらいの情報は入手しておきたいんだけど……どう?」

「いいと思う」

「そうしましょう。賛成」


 この先、どんな危険があるか分からない。アヤの身も心配だが、この空間を作り上げた禍者の正体も気にかかる。


 アヤを見つけて、禍者のことも解放する。これが、さしあたっての目標だ。


 周囲の気配を探りつつ、私たちは静かに階段をのぼり始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ