第2話 〈甘味処あづさ〉にて
そういうわけで、私と弓丸は〈甘味処あづさ〉の暖簾をくぐった。入口近くには贈り物用の和菓子が、奥の方にはテーブル席が設置されている。土曜の昼前というタイミングもあってか、客の入りはそこそこ。
「あら、藍果ちゃん来たの。ゆっくりしてらっしゃい」
「お世話になってます。また後で注文するね!」
甘味処あづさの店長、弥永のおばちゃんにペコリと礼をして、六つあるテーブル席の一番奥へと向かった。
「藍果、ちょっと待ってくれ」
「なに?」
「どうしてこの二人まで」
その席には、季節のおすすめスイーツ乗せホイップほうじ茶ラテをストローで思いっきり吸い上げるアヤと、抹茶アイスぜんざいを一口ずつすくっては味わう而葉さんが座っていた。
「なんですか、いたら迷惑ですか? 自分は藍果先輩に呼ばれて来たんです。それに、弓丸さんの行動は油断なりませんから。瀬名先輩のためにも、ここは監視役が必要でしょう」
「芳帖の君、とお呼びしましょうか。神様って割に案外人見知りなお方なんですね」
女の子二人にやいのやいの言われ、弓丸は眉をハの字にして私を見上げる。
「藍果……僕はこういう交流の場が得意じゃない。帰らせてくれないか」
「大丈夫大丈夫。いいから奥に座って」
「おだてたらいいってもんじゃない……」
弓丸はブツブツ言いながら席に腰掛けた。私は弥永のおばちゃん手製のメニューフォルダを取り、テーブルの上に広げる。
「弓丸はどれ食べたい?」
「……は? 僕は別に……っていうか、今は手持ちもないし」
「お供え」
私はにんまりと笑って弓丸を見る。
「ってことでどう? それならいいでしょ」
「……お供え」
弓丸は、二度瞬きをしてその言葉を繰り返した。開かれたフォルダへと視線を戻し、和菓子や茶、昔ながらのおやつが取り入れられたメニューを一つ一つ見ていく。その様子は、まるで年相応の子どものようで。戦いの時に見る鋭い表情とはうってかわって、その横顔から覗くまなざしは楽しげで柔らかい。なんというかこう、るんっとしている。本当は、神様にお供えするならお酒やお米なんだろうけど。せっかくなら、このお茶屋さんに連れてきてあげたいと思っていたのだ。
三ページ目に差し掛かったところで、弓丸はページの端を指差した。
「これがいい」
「……えっと、もうちょっと色々乗ってるやつじゃなくてもいいの? ここのお店、今風にアレンジしたメニューが人気だったり」
「これが食べたい」
弓丸が選んだのはわらび餅だった。キューブ型に切られた透明な餅に、あんみつときな粉が振りかけられたシンプルなメニュー。
「珍しいですね、弓丸さんがそんなふうに駄々をこねるなんて」
「アヤさん、そういう言い方してると嫌われちゃうよ。気持ちは分かるけど」
而葉さんは、白玉をつるんと唇の奥に誘って笑った。溶けかけている抹茶アイスはもう残り一口で、結露した水の滴がガラスの器を飾っている。私は、わらび餅を二つ注文した。
「ところで藍果先輩。あの男は今、何してるんですか」
「あの男って……日向さん?」
「はい。自分が知ってるのは、あの洞穴から出て別れたところまでです。化け物——えっと、〈化生のモノ〉でしたか。またそういうのにつけ込まれたら困ります」
「うーん……」
今朝、鎮場神社に向かう途中で、私は日向さんの家の前を通った。物置のすりガラスに写る大量のがらくたの影も、外に出された洗濯機も、相変わらずそこにあった。
でも。
「あのね。日向さん、捨てられるもの集めて、玄関先にまとめてた」
背を丸めてうずくまり、身を隠すようにして煙草を吸う姿しか見てこなかった私にとって、その光景は衝撃だった。〈忘れたいほど嫌な記憶〉を全て奪われてしまったことで、ずっと日向さんの足首をつかんでいたものも、きっと綺麗さっぱり消えたのだ。
それに、あの〈落とし矢〉が作用するのは、過去についての物事だけ。日向さんがこれから先経験する感情については、何も影響を及ぼさない——ここに来るまでの道で、弓丸からそう聞いた。
「弓丸の決断が、日向さんの背中を押したんだよ。私は、そう思ってる」
「ほんとですか? 自分には、先輩の顔に〈でも〉とか〈けど〉って書いてある気がするんですが」
「……この話は、いったん終わり。やり直せることじゃないし……それに」
半分殺されたようなものだとはいえ、日向さんは生きている。おとといの洞穴での出来事はやり直せなくても、今の日向さんは自分をやり直すことができる。私の選択と弓丸の思惑、その二つが重なって生まれた光景。それがあれだったのだとしたら、最善ではなくとも次善ではある、と弓丸は言うだろう。
「誰も死ななかったんだから、いいんだよ」
「……ふうん。好きよ、そういうの」
而葉さんが頬杖をつき、そう言って興味深そうに目を細めた。センター分けの黒髪がさらりと白い額を撫でる。そして、紅が差したその唇に、ちろ、と一瞬舌を覗かせた。
__〈あとがき〉__________
ここまでお読みくださりありがとうございます。日向さんについては、また今後触れることになると思います。
次回、四人を襲うものとは……!? 乞うご期待です!




