疑いの治癒
口の中に残っていた茶を喉に通す音が響き渡りそうだった。それくらいに二人の間には静寂が訪れる。
どれくらいの時間だったかは分からない。少なくとも果胡には茶が冷めるくらいの時間が経過したように思えた。
「………へ、へええええええ。治癒の経歴が?誰か治癒が出来る医務官の方っていましたっけ?」
「いませんよ。私の身体が医務官の元に託された時にはもう治癒の痕が残っていたとエリスが言っていました」
「へ、へええええええ」
ごくごくと喉に通す茶は、実際殆ど冷えていなくて、水のように呷るには少し粘膜に刺激が強すぎる。だがその温度も感じられぬくらいに果胡は動揺を隠すべくカップを傾ける。中身がなくなってしまっても無意味にソーサーにおいては口元に運び、また置いては持ち上げを繰り返す。そのうちバートがおかわりの茶を注いでくれた。
「残っていた治癒の痕は魔法のレベルではない。しかも治癒の痕自体も一見分からないようにされていたくらい、高位技術が使われていた。……心当たりは?」
「…………」
果胡にバートの目は見れない。だが、この声は、空気は、もはやもう伺いではない、確信だ。そもそも隠し事など向いていない果胡に、上手く誤魔化すことなど出来るはずもないのだ。ましてや相手がバートという城の頭脳とも言われる存在に誤魔化しも嘘も出任せも通じるわけがない。半分バレると思いながら、それでも強行したことだ。全くの予想外ということでもない。
果胡は観念したように深い溜息をついた。
「……私です」
確信していたくせに、バートは驚いたように息を呑んだ。予想が当たらなければいいとでも思っていたのだろう。
「……カコさん…、あなたは一体……」
「…そんなに驚かないで下さい。予想はしていたんでしょう?」
「そ、それはそうですが…。でも、治癒なんてどうやって…」
治癒のことを追及されるということは想定済みだ。その時の為の答えもちゃんと用意している。ただそれは、リタが隣にいてフォローしてくれながらの構想だったので、果胡一人ということを全く考えていなかった。ボロが出ないよう、脳に血液を回してフル回転させる。
「どうって、神力を使ってでしか治癒は出来ないことくらい、誰でも知っていることでしょう」
「神力を……。カコさんには神力が…?」
「確かによくあることではないですが、何も天地がひっくり返るほど珍しいことでもないですよ。神力を持っている人間は神子以外にもいます。たまたま私がそれだったと、それだけです」
「治癒を行えるほどの神力があれば、神子の候補にも挙がったはず…。だがあなたの名前はなかった。今までどうやってその力を隠し通していたというんですか」
魔力や神力というものは、生まれ持ってのものだ。努力によって増幅することは出来るが、ないものを出現させることは出来ない。ルヴィフィア国だけでなく全世界で、出生と同時に魔力や神力の有無を調べることは義務付けられているので、力を隠し持つということは基本的には出来ない。
「言うタイミングがなかっただけで隠していたというわけではありません。神子の候補に名前が挙がらなかったことは私には分かりかねますが、そもそも私は出生が明らかじゃないんです。身元が分からない人間を神子にするのはリスクが大きかったんじゃないですか?」
「一理ありますが、だからといって隠せるようなものでは…」
バート相手に曖昧な言い訳は通用しない。これも想定済みだ。変に言葉を濁すより、支障のないところで正直に答えた方が彼の追究からは早く逃れられるはずだ。
「記憶を失くしているということが手伝って、周りは少し腫れ物に触るような扱いになります。力を使わず、こちらから言おうとしなければ誰も深く知ろうとはしないですよ。もし、あの時のように力を使わざるを得ない時はいつか来るとも思っていたので、バレてしまうことは想定済みでした。ただ、神力の行使は非常に体力がいるので、公表してこの力を求められるような状況にはなりたくないとは思っていたんです。黙っていて医療に携わろうとしなかったこと、騙すような形になってしまっていることは申し訳ないとは思っています」
「…………」
不自然に雄弁ではなかっただろうか。考えるように黙るバートは、何故黙っているのか。疑っているのか。果胡は努めて緊張が顔にでないように無表情を決め込むが、内心今にも『嘘ついていませんからね!?』と言ってしまいそうである。
約一分、バートの思考はようやくどこかに落ち着いたのか、息をつくようにそうですか、と呟いた。
「確かに神力を持つ者は多くはないにせよ、若干数います。ただ、治癒が出来るほどの、それもこんなに精密なコントロールで使える者は神子以外に私は知りませんでした」
「…私の出生が明らか、あるいは私が立候補でもすれば神子になっていたのかもしれないですね」
「そうじゃなくても、今の神子ロッテは……!」
「ロッテは?」
代理の神子である。もしかしたら果胡が本物の神子なのではないかという選択肢を、バートはむやみやたらに口には出来ない。現在の神子はロッテだということが浸透している今、間違っても実は本物ではなかったのだと言うわけにはいかないのだ。またそれを果胡にいうわけにもいかない。
「……いえ、何でもありません」
果胡はちょっと意地悪だったかもしれないと、伏せるバートの視線に心の中で謝った。神子であるかどうかは、結局のところ周りに神子だと言われている者が神子なのだ。事実は二の次、果胡が本物だと名乗りを上げたところで事態は変わらないだろう。バートが果胡をどう捉えたかは置いておいて、彼もきっとそう思ったから押し黙ったのだ。バートは優秀なので、今守るべきことが何なのかはよく分かっている。
「それでバート、お願いがあるのですが」
「はい?」
「私に神力があることは黙っておいてほしいんです」
「……何故?」
果胡の神力を当てにして酷使させようなどとはバートも思っていない。だからこそ、バレてしまった今何故尚も隠し通しなければならないのかと、バートには疑問なのだ。神が崇拝されるこの世界で、神力を持っているということは誇るべきことだ。敢えて自分から言わなくても、隠す程のことはないだろうと誰もが思う。
「特別意味はありません。単に目立ちたくないだけです。神力を持っているとなれば、どうしたって周りの目はそういうものになりますからね」
「私が黙っている分は別に構いませんが、私の治療に当たった者は疑問を抱いています。カコさんに目が向くのは時間の問題かと」
「エリスには本当のこと言っておきます。予定はないですが、今後神力を使うことになれば身体が機能しなくなることもあるので、仕事面でも迷惑をかけます。いつまでも体調不良という理由では誤魔化し切れないでしょうし」
他の人達は煙に巻いておけばそのうち興味が薄れるだろう。それまで果胡の存在に行きつかなければいいが、そこはバートやエリスが規制をしてくれることを願うしかない。
不安を残しながらも、バートは分かりましたと頷いてくれた。
「私の力の及ぶ限りでご協力はしましょう。方法はどうあれ、私はあなたに命を救ってもらったことに変わりはないですからね」
「それを言うなら私の方です。あなたには…、バートには言葉では言い尽くせない感謝と恩があるんです」
「そんな大袈裟な。人として当然のことをしたまでですよ」
眉尻を下げてクスリと微笑むバートに、果胡は同じような笑みを向けた。
「全然、大袈裟なんかじゃないですよ」
今も昔も、変わらないバートで良かった。




