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世界は全てを理不尽にして神子に押し付ける  作者: 咲乃いろは
第五章 侵されていく神子の存在
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忘れたころにやってくる

城に帰ってきた時、果胡は異常に疲れた気がした。祭という慣れない賑やかな場ということもそうだし、悪意のある空気に触れるというのは身体的にも精神的にも疲労が溜まる。

風呂に入ってもまだ寝る時間には少し早かったので、リタの部屋で二人は茶を啜っていた。


「あんな煽るようなことして、リタのことバレてましたけど大丈夫なんですか?」

「顔を隠していたとは言え、剣の紋章で俺が誰だかはバレてたろ。それはむしろ牽制にもなるし、俺は別にいいんだけど、問題はあいつは最初からカコを狙っていたということだ」

「何でまた私を…」


あの鍛冶屋の男と果胡は本日以外に面識はないはずだ。これといって特徴のない容姿をしていたが、もしどこかで会っているとして、あれだけ気味の悪い雰囲気を醸し出していたら覚えていそうなものだ。果胡は人の顔を覚えるのが特別苦手ではないが、得意というわけでもない。もしや本当にどこかで会っているのかと記憶を探っていると、リタが不意にズボンのポケットから一枚の紙を取り出す。広げて見せたそれは、先日バートに見せられた、彼がまとめた書類。


「…これ…、ええっと、誰でしたっけ。この前の事件の首謀者?」

「いや…、あの神子の定義を著書した人物の周りをうろついていたという人間。この間城を攻めてきた連中の一人だっていう」

「ああ。…この人が何か?」


この紙を何故リタが持っているのかは分からないが、何故このタイミングで果胡に見せてきたかも分からない。当然何か理由があるのだろうとリタを見ると、彼の指が紙の上、男の顔写真を指した。











「あの鍛冶屋の男だ」











え、という驚きの声が出らずに、果胡は短く息を吸う。同時に、頭に浮かべる鍛冶屋の男と写真の男を見比べるが、共通点は性別くらいだ。似ても似つかない。


「ちょ、ちょっと待ってください。さすがに別人でしょう。怪しいってだけで疑うのは良くないですよ」

「そんな適当な理由で言わねーよ。顔は違うが骨格は一緒だ。左右で違うエラの張り方が違い、右肩が少し上がっている。魔法で顔を変えているが、骨格まで気が行き届かなかったんだろう。近くで見れたからよく分かった」

「でもそれだけで…」

「バートを含め、元々城の官僚たちが密かに目を付けていた奴だ。ベルクマン家とも繋がりがあることも分かっているし、確定とは言わないが可能性は高い」


魔法で顔を変えるということは不可能ではない。技術の高い者であれば、全くの別人に成りすますこともできるだろう。ただ、あまり簡単なことではなく、一般市民の魔法力でできることと言えば、髪や目、肌の色を変えたり、自分の骨格に沿った範囲でパーツの大きさを変えたり動かしたりすることくらいだ。それでも誰かと特定出来ないくらいには変化するので、洞察力が良い人間でない限りは騙すことは可能だろう。


「ベルクマン家との繋がりって?」

「ベルクマン家の御用達の鍛冶屋があそこらしい。といっても、名家に御用達の店があることは珍しい事じゃないし、当然それを理由に何か処罰することも出来ない。何か動きがあるまで様子を窺っていたところだったんだが…」


そこに、城に攻め入って来るという突飛なことをやってきたのだ。かと言って鍛冶屋とベルクマンを繋げる証拠になったかと言えばそうでもなく、防戦一方だった城側はある意味敗北を喫したとも言える。ただ、収穫がゼロだったわけではない。こうして鍛冶屋が城に攻め入って来た一人だということが判明し、そこから一気に敵を叩けるかもしれない。


「城を襲ってきた人達全てを捕らえられたわけではないんでしたよね?鍛冶屋の男…、この書類によれば名前はファブリス=アザールと書いてますが、このファブリスという男以外にも顔を変えて町に紛れ込んでいる人間はいるんじゃないでしょうか」

「そりゃいるだろうな。さすがに俺も全員の顔を覚えているわけじゃないから、顔を変えてなくても普通にその辺を歩いている可能性だって低くない」


草食動物の中に潜む肉食獣は、今は鳴りを潜めている。機会を窺っているのか、それとも本当に周りと仲良く暮らしているのか。いつか飢えた時には、牙を剥いて全てを噛み殺すかもしれないとは自分自身も知らずに。







「早めに叩いた方が良さそうだな」







のらりくらりとしていたリタの声が、ほんの少しだけ引き締まった。












***












それから二週間後くらいだろうか。

バートはやっと医務室から解放され、普段通りの生活に戻りつつあった。といっても、完治と言うわけではないので、まだ無茶な仕事はできないし、当然激しい運動も禁止だ。そんなことをしてまた医務室に逆戻りにでもなろうものなら、やっと解放されたエリスの監視下にも逆戻りだ。数々の使用人を牛耳る万能なバートでも、エリスには敵いそうにない。

果胡がバートに呼び出されたのはそんな中だった。いつもはリタについていく形でバートに会っていたので、こういった形での対面は非常に緊張する。バートの前だとついつい()()()()()になってしまいそうなのだ。




「失礼します」


控えめなノックの後、中からの返事を聞いて部屋の扉を開ければ、バートが難しい顔をして山積みの書類に目を通していた。恐る恐る中へ足を入れる果胡へ視線を上げた時には、その瞳に僅かな優しさが灯った。


「ああカコさん、お呼び立てして申し訳ない」

「いえ、それは大丈夫ですが、バートこそそんなにお仕事して大丈夫ですか?」

「一日中、こうして座っているんです。動かしているのは頭だけですので怪我には響きません。食事の栄養バランス、睡眠時間の確保、一日の行動量、暫くはエリスにきっちり管理されていますので、無理したくてもできませんよははは」

「それは御愁傷様です」


バートの目が遠い。健康を管理されて不健康になりそうだ。

手元に広げていた書類を軽くまとめると、バートは果胡をソファに促し、自分もその対面に腰かける。いつもは割とかっちりした服を着ているバートだが、暫くは人前に出ることが少ないからか、今日は比較的ラフな格好だ。準備していたのか、テーブルの上に用意されていたティーポットを傾けてカップに二人分の茶を注ぐ。芳ばしさと甘さが混ざり合った香りが立ち上った。


「それで、私に何か用だったんでしょうか?リタにではなく、私にということで良かったんですよね?」

「ええ、勿論。少しカコさんにお伺いしたいことがありまして」


どうぞ、と上品な仕草でティーカップを果胡の前に差し出すバートは、いつも通りに丁寧な動き、丁寧な声、丁寧な言葉。意識していると言うよりは、彼の性格から自然と漏れ出す癖のようなものだ。


「訊きたいこと?私にですか?」

「ええ、カコさんにです」


目の前に置かれた茶を素直に口に運べば、熱すぎず冷たすぎず、飲みやすい温度になっていた。まさかそこまで計算して準備していたのだろうか。用意周到な男というのは、こんなところまで完璧である。


「私でいいんでしょうか。これでも一応記憶をなくしておりますので、大した事は答えられないと思うんですが…」

「大丈夫、答えられることですよ」


にこりと微笑むバートは、茶には口をつけない。長い脚を組んでその膝の上に重ねた両手を置いた。オリヴィアを咎める時の彼は確かこんな感じだった。めちゃめちゃ青筋を立てているくせに顔は花が飛ぶような笑顔で、にこやかなのに目が笑ってない。声は普段よりワントーン低く、いつも通りの口調、いつも通りの言葉。

もしや果胡はこれから怒られるのではないかと危惧したが、特段怒っているようではなかった。だって青筋は立ってないし、声のトーンだって下がってない。

ただ、言い知れぬ緊張が足先から喉元までせり上がってきて、茶を飲み下すだけで体力を削られるようだった。


「な…、何でしょうか……」

「いえ、大したことではありません。私のこの怪我についてです」

「す、すみませんでした!」

「ああいやいや!責めるつもりはないんですよ。これは私の力不足によるもので、カコさんの所為ではありません」


彼が医務室にいる間、果胡はバートの姿を目にする度肩を落としていた。いくら無事だったから、回復は順調だからといって、後ろめたさは拭いきれないのだ。その都度バートは気にするなと声を掛けていて、本当にこの件で果胡を責めるつもりなど毛頭ないようだった。責めるくらいなら庇うこともしないはずだ。


「……では何を…」

「ええ。私は敵の攻撃を受けた後、情けなくも途中で意識を失ってしまったようですが、その時に何が起こっていたのか教えて頂きたい」

「え?」


危惧はしていたけれど、無事誰も気に留めずに流れてくれたと安心していた。









「この怪我、治癒の経歴が残っているんです」









バートは責めるつもりも怒るつもりもない。














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