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世界は全てを理不尽にして神子に押し付ける  作者: 咲乃いろは
第五章 侵されていく神子の存在
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天然キザ野郎

唐突に足を止めた果胡に、疑問符を浮かべてリタは振り返る。




「カコ?」




呼び掛けても返事をしないどころか目線が合わない果胡に、リタは果胡より少し進んだ距離を詰めて顔の前で手を振ってみせる。


「おーい、カコー?」

「…………リタ、」

「ん?」


宙に目線を浮かしたまま、果胡はぽつりと零すように声を漏らした。






「私、ベルクマン家の人知ってる…」






果胡の頭の中に降って来た声は、途切れ途切れでノイズ混じりの雑音だった。そんなものの何を信じたらいいのか分からないけれど、雑音と思しき邪魔な音を取り払い、耳通りの良い音だけを抽出すれば、そこには確かに”ベルクマン”という名を名乗っていたように思えるのだ。

誰に向けて話した声だったかも分からない。声の主も分からない。けれど、果胡は確かにその声をどこかで聞いていて。




もう少し、


あと少し、


声を聞かせて




無垢な子どものようなその声を




誰のものか教えて







「……っつ…、」

「っと…、大丈夫か?」


どくりと波打った脳内が激しく痛んで、傾いた果胡の身体をリタが腕を伸ばして支える。廊下の向こうから近付いてくる人影が見えた。この状態を説明するには面倒だと、リタは手近な部屋の中に、ごく自然に見えるように入った。

中は部屋と言うよりは倉庫で、古くなった家具が積み重なっている。使えないほど古くはないが、キラキラとした城内には不釣り合いだろう。

リタは閉まったドアに寄り掛からせるように果胡を座らせ、上着を脱いで膝に掛ける。


「またオリヴィアの記憶の所為か?」

「…だと思います。すみません、もう大丈夫です」


果胡はこめかみを押さえていた手を恐る恐る離し、痛みが引いているのを確認してから顔を上げた。血の気が引いていた唇の色はピンク色を取り戻しつつある。ふう、とついたため息には一瞬にして蓄積した疲れが滲み出ている。


「何か思い出したのか?」

「完全に思い出したわけではないんですが、聞いたことある声がして、その声が『ベルクマン』と名乗っていた気がするんです」


何、とリタは眉を寄せる。


「思い出した情報はそれだけです。聞き覚えがあるだけで誰の声かは皆目見当もつきませんし、どんな状況で名乗っていたのかも分かりません。思い出そうとしますけど、これ以上は何も…」

「無理するな」


前髪を掻き上げるように汗を拭う果胡の手を、リタのそれがやんわりと包み込む。お互いの腕の向こうでかち合う瞳が熱を持つ。気遣わしげなブルーグレーと不安を孕む薄茶は、絶妙な加減で交じり合い、色を生む。お互いに、その色の名前は知らないけれど。

先に融合から抜け出したのは果胡の方だった。耐えられなくなったように目線を逸らし、気を取り直すように立ち上がる。


「な、何にせよ、オリヴィアがどこかでベルクマンに触れたのは確かです」

「そうだったか?オリヴィアは友達は割と多いタイプだったけど、ベルクマン家の友達までいたか?俺が知る限りでは覚えがないけど」

「友達かどうかも分かりません。単に他人への挨拶を聞いていただけなのかもしれないし。それより、行きましょうリタ。あまり長い事ここにいるとさすがに怪しまれます」

「大丈夫だろ。雑用係と一医務室手伝いだ。誰も気に留めないだろうし、何ならここで一晩過ごしたっていいけど」


乱雑に積み重なった椅子や机、古びた壁掛け時計や絵画など、寂れた雰囲気が彼の部屋に似ているところが気に入ってしまったのか、リタは目についたものを物色し始めていた。物憂げな視線がアンティークもといガラクタに滑っていく。


「本気で言ってます?特別一等騎士で有名なあなたと、一介の医務室手伝いの私が何の理由もなくこんな物置で一晩一緒に?見つかったら変な噂が立ちかねないですよ」

「今更。この間だってお前、俺の部屋で何日も寝込んでたじゃん」

「それは責められてもちゃんと言い訳できる理由があるじゃないですか。オリヴィアの時のように幼馴染だからという理由は今はもう使えないんですよ」


よく考えてみれば、幼馴染だからという理由もどうかと思う。小学校だって早くは中学年くらいから保健体育の授業は別々になったりするのに、オリヴィアとリタはずっとそんな雑な理由で一緒に寝たりお風呂に入ったりしていた。あのまま大きくなって、オリヴィアがリタと同じ歳までいきていたら今頃どうなっていたことか。


「別に言い訳する必要ねぇじゃん。俺何も困らねーけど」

「私困るんですけど」


何も困らないとはどういうことだ、と果胡はジト目を向ける。城で半絶対的な地位にいて気ままに生活しているリタと、記憶喪失設定で新人医務室手伝いの果胡では、心の余裕に雲泥の差があるようだ。ただでさえ果胡はリタといるところを見られただけで『あのクズと何してたの?』とか『あいつの顔だけに騙されんなよ』とか『お前にはもっといい男がきっと見つかる』とか、何がどうずれているのか分からない声を掛けられるのに。顔と肩書は立派な奴と男女の関係が無きにしも非ずだと思われているのは確かなようなのだが、出来るだけ目立ちたくないと思っている果胡にとって、どうしたって目立っているリタと噂にされてはいろいろと面倒だ。


「えー?胸張ってればいいじゃん。雑用もこなせる王室付騎士がバックについてるぞーって」

「雑用の方が大変な仕事に聞こえるんですが、その言い方で合ってます?」

「仕事に大きいも小さいもない。ただ目の前にある職務をこなすだけだ」

「雑用を極めると言うことが違いますね」


なんせリタはこの城に来てからずっと雑用係を請け負っている。騎士に専念するとかそういう話もあっただろうに、人を選ばない簡単な仕事をずっとこなしてきているのだ。ただ、特別騎士となったその日から、リタ=ヴァインツィアルは雑用係という名前が薄らいだ。どう考えたって特別騎士のインパクトが大きすぎるのだ。王妃から寵愛を受けているクズな雑用係というだけでリタの名は知れていたのに、そんな人間が突然、国に数人しかいない王室付特別一等騎士となれば、城外にまで知れ渡ること必至である。だから城下町の人間まであんなにリタのことに構うのだ。


「変に目立ちたくないんですよ。リタだって私と噂になるのは面倒でしょう」

「いや別に?」

「………」


ああそうか、こいつは何を言われようが基本的に人に興味がないんだった、と果胡は頭を抱える。リタに同意を求めることが間違っていた。


「…あのですね、リタ。あなたはもっと自分の立場と言うものを理解したほうがいいと思いますよ」

「ハハハ。十六年前、俺お前に同じこと言ったな」

「それとこれとは別です。あなたは駄目人間でもクズでも顔とスペックだけは優良物件。私みたいなのが周りをうろついていたらあなたに思いを寄せている女性に申し訳ないですし、リタ自身にも迷惑かかっちゃうでしょう」

「何で?」

「何でって…」


リタは実に不思議そうに小首を傾げる。リタに寄って来る女性たちが揶揄いの思いだけだと本当に思っているのだろうか。無自覚の無自覚とは本当に恐ろしい。二十五にもなっている相手にこんな忠告をしなければならないのかと、果胡は何だか情けなくなる。


「だからですね、リタはいいんですか。私があなたと噂になっても」

「別にいいけど」

「……はい?」





「むしろ大歓迎だけど」





果胡は目立つ立場なんだから女性関係もちゃんとしておけよ、と注意しようとした台詞が全部飛んで行ってしまった。

家具を眺めながらさも当然のように答えるリタは、それが果胡を硬直させたと分かりはしないだろう。





「……な…に、が…」

「何がって何が。俺はお前と噂になっても願ったり叶ったりだってことだけど」

「願ってるんですか?」

「んー、どっちかというと。昔は叶うわけなかったから願うどころの話じゃなかったし、それどころかお前死んじゃうし。途中で潰えた俺の夢、お前の所為でもあるんだからな」

「そ、それはすみません」


よく分からないまま自分の所為にされたが、何故謝っているのかと果胡ははっと我に返った。


「リタが言っているのはオリヴィアの話でしょう?私はあくまで希成果胡なんでオリヴィアの所為です」

「都合のいい時だけカコを主張するなよ。お前の言い分は尤もだが、俺はカコがオリヴィアの魂を持っていてもいなくても()()()だと言ったことは改めないぞ」

「だってリタは私がオリヴィアとして話せるからそんなこと言うんでしょう?私がただの希成果胡だったら、私はきっとこんなんじゃない」


昔の思い出を懐かしくリタと話すこともないし、あの頃の景色を共有することもない。果胡がオリヴィアの魂を持っていなければ、そもそも異世界に来るなんて状況になることはなかったのだろうけれど。もしそうだったら、果胡はリタと出会っていない。











「私は、誰なんでしょう」











希成果胡なのか。


オリヴィア=ダウズウェルなのか。



何を今更と自分でも思ったが、それを明らかにしたかったのは、きっとリタの思いの先をどうしても知りたかったから。







「カコ」







頭から落ちてきた声と共に、下げた果胡の視界の中にはふと長い指が入り込む。顔に掛かる髪を、水を掬うように慎重に耳にかけて、そのまま輪郭をなぞって顔を持ち上げるように導く。



その先には、挑戦的なブルーグレーの色。







「お前はキナリカコであり、オリヴィア=ダウズウェルだ。オリヴィアを受け入れたカコにも、カコを選んだオリヴィアも、俺には特別だよ」







そんなキザな台詞を僅かな淀みもなく言ってしまうから、女性に過度な期待と落胆を与えてしまうし、いつの間にか恨まれるような存在になってしまうのだ。






「どっ……この、チャラホストですか…っ。心にもない事言うものじゃないですよ」

「チャラホストが何なのか知らんが、ちゃんと心にはあるんだけどなー」







その言葉が、微かな偽りもない真っ直ぐな思いでも。







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