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世界は全てを理不尽にして神子に押し付ける  作者: 咲乃いろは
第五章 侵されていく神子の存在
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水面下の企み

バートの怪我は、思った以上に回復が早かった。バートの歳で脅威の回復力だとエリスは驚いていたが、果胡の神力による治癒の所為だとはまさか言えまい。それでも免疫力が下がっている為、面会時間は制限されている。バートに無理をさせるつもりはなかったが、今回のことで話さなければならないことがたくさんある。事は急を要していると、リタは表情を引き締めた。バートの方も、先日話した神子の定義について分かったことがあると言っていたし、早めに伝えないといけないと頷いた。

医務室はどうしたって人がいるので近くの空き部屋を借りてそこに三人で入る。怪我人を動かすなとエリスには睨まれたが、車椅子から絶対に立ち上がらないという条件でバートを連れ出している。

恐らく普通に考えれば、ただの使用人である果胡がこの場にいることは違和感でしかないのだが、これまでの流れもあってか、除け者にされることはなかった。




「私が調べたところですと、この間二人が見つけたおかしな神子の定義が書かれている本、あの本の詳細はよく分かりませんでした。本に使われている資材等を見ても、そこまで古い文献ではないように感じますが」

「あの本から定義を定めた奴を割り出すのは無理か…」


あわよくば、と思っていたリタはそうは上手くいかない事態に唸る。だが、バートの話は終わっていなかった。






「ですが、著者なら分かりました」






詳細は分からないと言ったのに、一番重要なことが分かっているじゃないかと果胡とリタは目を剥いた。

勿論バートに話を出し惜しみするつもりはない。というのも、著者自体は分かったものの、その著者はどうやら誰かに委託されて本を書いたようだ。内容はあらかじめ決められていて、それを齟齬が生じないように文章に表していく。金を積まれて引き受けた仕事だったようだが、その著者は既に他界している。バートは著者の親族からその話を聞いたようだった。


「著者は親族ともあまり関わり合いを持つような人ではなかったみたいで、詳しいことと真偽も明らかではありません。ただ、同じような仕事をいくつか引き受けていたみたいなので、有り得ない話ではないですね」

「その人に依頼した人間が誰か、ということか。それは分かってないんですか?」


リタの真剣な眼差しに、バートはゆっくりと首を横に振る。それが簡単に分かれば、こんなややこしいことにはなっていないだろう。


「直接的な人物は分かりませんでした。…ですが、その著者の周りをうろついていた人間がいて、その人間の身元は判明しています」


バートは言いながら一枚の書類を机の上、リタの前まで差し出した。

一枚の写真と文字がぎっしり書いてある履歴書のような紙だ。この性格が滲み出たような几帳面な筆跡は多分バートのもの。普段から忙しいだろうに、こんなにきっちりとまとめ上げてきたあたり、さすが国随一の真面目さを誇る侍従長である。

書類を手にしたリタの横から、果胡は少しだけ覗き見る。見てはいけないものだったらバートが叱るだろうし、その様子はないから恐らく果胡にも閲覧許可をもらえているのだろう。


「…こいつは?」

「国内の反乱分子の一人です。この城を攻めてきた中にもいたようで」

「!」

「今回の紛争の首謀者の追究と、その男と繋がる者を照らし合わせたら誰が出てきたと思います?」


世界一面白くないクイズだ。証拠に、バートの顔色は険しさを増している。

長い指が二枚目の書類をリタの前に押し出す。一枚目の書類と同じように写真と文字が丁寧に並べられている。リタが手に取り、果胡も一緒にそれに目を通した。









「”バルドル=ベルクマン”───…?」









赤字で書かれた名前に、リタと果胡は見覚えがない。首を傾げる二人に、バートは一つ頷いて低い声で説明した。


「バルドル=ベルクマンは現在のベルクマン家の長ですが、ベルクマン家は古くからある由緒ある家系…、というのは御存じですよね?」

「え、えーと…」


聞いたことあるようなないような、としかめっ面をしていると、リタがダウズウェル家と同じくらい古い家系だと教えてくれた。そういえばバートの授業でそんなこと言ってた気がする。歴史の勉強は特に眠くて、オリヴィアは目を開けて寝る技術を身に付けてしまってから、殆ど話を聞いていなかった。こんな形で後悔することになるなんて。

だが、ここで果胡が部分的な記憶喪失だという設定が生きてきた。バートは果胡の為に怪我人となっても教師をしてくれる。

ベルクマン家は、古来よりダウズウェル家と肩を並べる存在であった。今でこそダウズウェル家が国を統治しているが、お互いが持つ力はほぼ同等。古くは両者はライバル関係にもあり、共に第一線で国を作って来た戦友でもある。ともすればルヴィフィア国を治めているのはベルクマン家でもおかしくなかったとも言われている。


「ですが昨今のベルクマン家は跡取りに苦しめられ、昔ほどの力はありません。当人達も家をまた再建したいとは考えてはいないように思えましたが…」

「ベルクマン家こそダウズウェル家よりも神に対する信仰が厚かった家系でしたよね。それが何故、神子を襲うなんて神を冒涜するようなことを」


リタはこの十六年間で学んだのか、バートと対等に話が出来ていた。史上初幼等部落第記録保持者の汚名を返上できる日が来てしまった。よくよく思い出してみれば、リタが幼等部を落第してしまったのは勉強ができなかったからではなかった気がする。なんだったけ、と思い出そうとしている果胡の横で小難しい話は続いた。


「そうです。今でもそれは変わっていないと思いますし、それを考えてももう一つ不可解な点があります」

「不可解な点?」


ああそうだ。リタは学校なんてそもそも殆ど行ってなかったのだった。オリヴィアとの遊びに時間を割いてしまっていたから。あの時からリタは何も言わずに下らないことに付き合ってくれていたんだと思うと同時に、彼にはあと幾つ果胡の知らないことがあるのだろうかとこの場では関係のない思考が巡る。

だが、リタの疑問に答えるバートの声で、果胡の頭の中も一気に本題に戻される。










「少し前、ベルクマン家から神子が出ているんです」


「!」









果胡は元より、リタもそのことは知らなかったのか、常に半眼の目は驚きに見開かれる。


「今の神子、ロッテの二代前の神子になります。カコさんは勿論、リタも生まれる前のことですし、歴代神子については特別学校等でも触れませんから知らなくて当然でしょう」


バートはいつもの位置にあるはずの眼鏡を引き上げるが、その指は宙を切った。あっと気が付いて、彷徨わせた手を膝の上に落ち着ける。誤魔化すような咳払いの後、もう一つの書類を広げて”レオナ=ベルクマン”という名を指さした。それは歴代神子の名がずらりと記されている一覧表だったが、当然そこにオリヴィアの名はない。

歴代神子は、特別隠されているようなことではなく、調べれば誰でも分かることだが、興味がなければ自分の生前の神子の名などまず知らない。知っていたとしても一代前くらいまでだろう。


「私がまだ幼い頃のことですが、その頃はまだベルクマン家が表立って国政を左右するような位置にいました。自分達の家系に神子がいるということも大きな要素となり、その頃のベルクマン家は特に勢力を伸ばしていました。ですが神力の強い神子は短命とされています。レオナ=ベルクマンは生まれつき病弱なこともあり、あまり長いこと神子を務めることはできませんでした。レオナの命が尽きたと同時に、ベルクマン家は没落していってしまいました」


神子が短命というのは、単なる噂だ。事実、若くして命を落とす者が多いというだけで、実際平均寿命以上生きた神子だっている。悲劇だと嘆き悲しむほど短命だということでもない。神力は神に近しい力で人間には負担が大きいというのは事実だが、それが短命につながっているという学術的な証明はされていないのだ。


「成程…。神子がいなくなってしまったから家が没落したと思っているなら、今の神子を亡き者にして新たなる神子が自分のところから出まいかと企む理由になるということか」

「バルドルは頭のいい男です。それだけが理由ではないかもしれませんが、一理あるでしょうね」


バートの手はまた眼鏡を触ろうと一瞬持ち上げられたが、すぐに気が付いて膝の上に戻る。その手がたまにこっそり腹部を擦っていることに、果胡は気が付いていた。話の途中で口を挟んでも、きっと言うことは聞いてくれないだろうし、ひと段落つくタイミングをずっと見計らっていた。

今だ、と口を開こうとしたら、遮るようにバートの声がそれを阻む。


「して、リタ。そっちの話とは?」

「ああ、はい。手短に話しますね」


リタだってバートがずっと起きていられるほど回復しきっているわけではないと分かっているだろう。椅子に浅く座り直して、特別一等騎士の目で言った。





「町でも不穏な動きが見受けられます。町の警備を強化した方がいいかと」





先程変な奴が果胡を見ているといったことを指しているのだろうが、勿論何とは言わなかった。城が攻め入られたのだ。リタの訴えはごく自然なことだし、バートは分かっているかのように頷いた。


「今回捕えきれなかった反乱分子もいますから、そやつらが今度は何をしでかすか分かりません。警備兵の数を増やしましょう」

「でしたら、警備兵長には俺から伝えておきますよ。あ、俺が言うと多分信憑性ないのでバートさんから一筆書いてもらうと話が早いんですが」


リタはそのつもりだったかのように、紙とペンを取り出してバートの前に差し出す。用意周到さに一周回って呆れた顔を滲ませたバートは、黙って出された紙にさらさらと認める。三つ折りに折って、リタに手渡すと、一つ溜息をついた。




「…まったく、貴方には敵いませんよ。ついこの間まで悪餓鬼だと思ってたのに、いつからそんな出来る男になってしまったのか」

「またまた。あんたに言われると畏れ多くて逆に怖いですよ。何か面倒事でも押し付けようとしてます?」

「素直な感想ですよ。昔から勘の鋭い子どもだとは思ってましたけど、まんまと頭角を現して、私たちの存在を脅かしてくる」

「買い被りすぎですね。俺は今でも()()()ですよ」


口端を吊り上げたリタは、そろそろ医務室に戻りましょうと、バートの車椅子を押した。










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