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世界は全てを理不尽にして神子に押し付ける  作者: 咲乃いろは
第五章 侵されていく神子の存在
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漂う影

腹を満たし歩く町中は驚くほど日常が溢れていた。今の無残な城の姿からは想像もできない。

どこかで子ども達がごっこ遊びをする声。『お前子分な!』と問答無用で役を押し付けられる少年よ。将来大成し、その親分に命令を下せるような存在になるがよい。

どこかで呼び込みする声。安いよ安いよと手を叩いているが、言うほど安くない。まぁ、高いよ高いよと呼び込みする人はいないと思うけれど。

どこかで夫婦喧嘩をする声。どうやら旦那が不倫したらしい。だが、よくよく聞けば妻の方も不倫していてダブル不倫。一周回って事は簡単に片付きそうである。


昔も同じような声をよく聞いていたけれど、平和を表しているようで果胡はこんな声が好きだ。自分も不倫していたくせに旦那に耳を塞ぎたくなるような罵倒も、平和だからこそだ。一見、神や神子の信仰に心を捧げている人達とはおよそ思えない。生きているのは自分達なんだから信じるのは自分達だけだと言い出しそうなのに。


「どうした?カコ。ぼーっとして」

「あ、いや…。あそこのご夫婦、私の記憶にあるのは新婚だったなぁと思って。いつの間にか離婚しそうですね」

「あー…、そういえば今思い出したけど、恐らく奥さんの方は新婚の時から不倫してたぞ」

「…え?」


果胡に歩幅を合わせながら歩いているリタは、ダラダラと歩いているように見える。じゃなくてもシャキシャキした動きではないのだが。


「バーに愛人と来てたらしい」

「何でリタがそんなこと知ってるんですか」

「ママが言ってた」

「女の情報網って怖い」

「俺女じゃねぇけどな」


むしろリタの交友関係の方が怖い。町の裏事情とか網羅しているのではなかろうか。本人がそういうものにとんと興味がないので救われているようなものの、リタがオバチャンもびっくり噂好きな人間なら、もしかしたら町の治安は悪くなっていたかもしれない。


「まぁ、人は変わるもんだよ。付き合いが長ければ長いほどそれがよく分かる」


リタにとっては何気ない一言だったかもしれないけれど、今それを一番実感している果胡は、それが自分に向けて言われた言葉のようで、ドキリと胸が鳴った。確認のように斜め上に目線をやっても、気怠い横顔が見えただけだったけれど。


「…リタは、自分が変わったと思いますか?」

「俺?」


少しだけ丸くした目が果胡に注がれる。自分で言ったくせに、自分は当てはまらないとでも思ったのか。

リタはうーんと小さく唸り、少しだけ考える。




「…俺は…、」




その時だ。





思案しているとは思えない濁ったような瞳が、僅かに細められて光が動いた。

気の所為かと考える間もなく大きな手が果胡の頭を鷲掴みし、ぐいっと押さえつけられる。





「カコ、伏せろ」

「んぐ」





危うく舌を噛みそうになり、文句の一つでも言ってやろうと押さえられる力に反抗して顔を上げれば、リタは視線を少し先、路地裏に入る小路の方に注いでいた。


「…リタ…?」

「ちょっと顔伏せてろ。変な奴いる」

「変な…?」


果胡がリタの視線を追ってもそこには誰もいなかったけれど、もういなくなってしまったのか、果胡には見えない何かをリタが見ているのか。それはそれで怖い。

リタの手が果胡の頭から離れたのと同時に、リタはまたダラダラと歩き始めたが、その背中は少し警戒心が強まった気もする。




「何だったんですか?」

「…分からん。殺気のようなそうじゃないような」

「リタ、何か恨まれるようなことでもしたんじゃないですか?思い当たる節は?」

「ありすぎて分からん」

「下衆…」


果胡も一応周りに気を配ってはみるものの、何も視線は感じないし嫌な空気もない。いつもと変わらない町の雰囲気だ。今更気にしたってもういないと言いつつ、リタは少しだけ足を速めて帰路を急いでいた。それに、と続けたリタの表情は、いつの間にか引き締められて険しくなっていた。







「俺じゃなくてカコを見ていた」







いよいよ果胡はリタの人気を掻っ攫うようになってしまったみたいだ。
















***
















それから城に帰るまでは何事もなく無事に帰って来た。まだ直りきっていない城内の荒れ具合に、賑やかな町中を見た分、辟易としそうだ。まだバートが臥せっているため、なかなか補修の段取りが組めていないらしい。改めてバートの存在の大事さを痛感する。彼がいなければきっと城内はここまで立派にはなっていないだろう。

そのバートと言えば、数日前に目を覚ましたらしく、果胡とリタは城に帰って来たその足でバートを見舞いに行くことにした。見舞いにはすぐにでも行きたかったのだが、昨日まで面会謝絶だったのだ。





「バート!」


医務室に入った途端身を起こしているバートを見つけて、果胡は思わず声を上げて駆け寄った。感動の再会だとしても、エリスの『走るな!』という怒号が飛んでくる。早歩きにしたら足と手が一緒になった。

その姿が滑稽だったのか、バートは少し吹き出しながら果胡とリタに礼を言う。


「カコさん、リタも、わざわざすみません。二人とも忙しいでしょう」

「人を気遣っている場合ですか!バート、怪我の具合は…っ」

「大丈夫ですよ。うちの医務官は優秀ですし、エリスは応急処置が良かったのだと言っていました。二人とも、感謝いたします」


バートには果胡が彼の止血をしたこと、医務官のところまでリタが運んだことだけがぼんやりと伝わっていた。ぼんやりとしか伝えていなかったから当たり前だが、元々の出血の量が多すぎて、果胡が神力を使って悪化を抑えたことはバレていなかった。バートが目を覚ましたことは元より、このことがバレてしまったら尻の毛まで毟り取られる勢いで問い詰められるだろうから安心した。




「感謝するのはこっちです。……庇ってくれて…、ありがとうございました……。無事で…、無事で良かった…」




椅子に座った膝の上で握りしめる果胡の手が、スカートに皴を作る。ただの上司に対する思い入れの強さではないと、バートは少し驚いていたようだったが、すぐに目を細めて俯く果胡の頭に優しく手を乗せる。






「こちらこそありがとうございます。あなたが無事で良かった」






いつもそうだ。


散々オリヴィアに頭を悩まされていたくせに、オリヴィアの姿を見つける度、そんな目をする。自分の身がどうなっても、あなたが無事ならそれでいいと、ガミガミと説教しながらもそう言うのだ。本当に安心した、今のような表情を浮かべて。


もしバートに、果胡はオリヴィアの魂を持っていると言ったら、どんな反応をするだろう。勝手にいなくなって、とまた怒られるだろうか。オリヴィアが死んだ時、バートはどんな気持ちだったのだろう。悲しんでくれたのだろうか。やっと教育係を離れられてせいせいしているなんて思われていたらどうしよう。


それを思うと、とんでもなく打ち明けてしまいたい衝動に駆られてしまう。




打ち明けたとしても、オリヴィア=ダウズウェルの存在は彼の中にないのだけれど。











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