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世界は全てを理不尽にして神子に押し付ける  作者: 咲乃いろは
第五章 侵されていく神子の存在
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果胡とオリヴィアと

湯気はコーヒーからクアノが持ってきたオムライスに移った。半熟の卵が陽の光に当たってキラキラと輝いている。




「リタはオリヴィアのこと、どう捉えていたんですか?」

「何だ、急に」




果胡は端から、リタは真ん中から卵のかかる山にスプーンを入れ、少し息を吹きかけてから口の中へ運ぶ。熱さの後に卵の甘みとバターライスの香ばしさと旨味、ケチャップの酸味がじんわりと口の中に広がる。このバランスが絶妙なのだ。変わらない美味しさに舌鼓を打つ。


「急というか、何と言うか。オリヴィア本人ではなくなった今だから訊けるというか。私たちは幼馴染だったわけですが、ただの幼馴染というわけでもないような気がするんですよね。友達というには物足りなくて、主従というには対等すぎるし、家族というには…」


果胡が不意に言葉を途切れさせたのは、二口目のオムライスを口に運んだからだ。その先が言えなかったわけではない。そういうわけではないけれど、口の中がなくなった後でも、果胡は続きを言おうとはしなかった。

続きがないと分かったのか、リタは卵の山を崩しながら暫し考える。


「…そうだな。……ほぼ家族ってことでいいんじゃないか」

「曖昧ですね」

「じゃあお前…、オリヴィアこそ、俺をどう捉えていたわけ?」

「どうって…」


果胡は、訊いたくせに訊かれたら言葉に詰まる。

リタは当たり前に傍にいて、いつもいつもそれが日常で、遊びにも勉強にも悪戯にも神子としての役目にも全部、彼の存在があった。それが家族だと言われたらそうかもしれないし、それ以上でも以下でも当てはまる気がするし。





「ほぼ家族、でしょうか」


「ほらな」





確信はなかった答えに、リタはケチャップのついた口端を親指で拭って微笑んだ。それから、果胡の口元にも手を伸ばして、同じようにそこに親指の腹を滑らせる。


「何でそんなこと訊くんだ?いろいろあってナーバスになってるのか?」

「…いえ…、確認です。私はオリヴィアであってオリヴィアでない。記憶はあっても、本人ではない限り存在を示すことはできないですから、自分ではこの世界の立ち位置というものが分からなくて」

「そういうとこ、オリヴィアとは違うんだな」

「はい?」


半分ほどなくなった場所にスプーンを一旦置き、リタは頬杖をついて懐かしいものを見るような目で果胡に視線を注ぐ。

そこにいるのは果胡なのに。

懐かしくも何ともないはずなのに。


「あいつは天真爛漫で、突拍子もなくて、自由に生きていた。自分の立ち位置は自覚していたし、自分で決めようとしていた…、と俺は見ていたんだが、違うか?」


不思議な感覚だ。自分であって自分でない感情を振り返る。自分はそうだっただろうか。そんな風に考えていたのだろうか。分からないけれど、リタがそう言うのならそうなのだと思う。リタは果胡よりオリヴィアを知っている。


「そう、だったと思います。いいものはいいし、嫌なものは嫌だったから、自分の思いに正直に行動していた。王女であることも神子であることも忘れていないし、人から望まれるものが何かも何となく分かっていて、それで世界が平和なのなら応えようともしていました。それが別に苦痛ではなかったから」


オリヴィアはそれを当然の運命だと思っていた。オリヴィア=ダウズウェルとして生まれ、自分として生きていくことが当たり前だった。

でも、今は違う。果胡にはまだ自覚がない。オリヴィアの魂を受け継いでいることも、神子であることも。苦痛であるとすら思っている。








「…ちゃんと、前のように生きたいんですけどね」








果胡の声は、ポトンと零れるように落ちた。



誰も知らないところで、隠れるように、見つからないように、こっそりと。






「お前はカコなのに?」






それなのに、それを目敏く見つけて、優しく掬ってくれる人がいる。




「え」




誰にも分かるわけないと思っていたのに、やはり長い付き合いというものは侮れない。




「カコはカコなのに、オリヴィアのように生きていかなければならない理由が俺には分からない。知ったような口をきくつもりはないが、転生したってその人の人生はあるものだろ」

「それは…、そう、ですけど…。私は神子です。神子の魂の主であって、少なくともオリヴィアは曲がりなりにも神子を務めた。私は、オリヴィアの続きを負わなければならないんです」




果胡は神子で、神子はオリヴィアのようにこの世界を守らなければならなくて、その為には十六年間の隙間を埋めなければならなくて、オリヴィアをもっと知らなければならなくて。

いつの間にか、そう焦っていたのかもしれない。自分でも分からないくらいに。

もし、と落としたリタの声が、急いてしまう感情を緩やかに落ち着かせた。



「もしそうだとしても、オリヴィアになる必要はない。カコが神子であることが変わらないのなら尚更」

「…リタ」



果胡はてっきり、リタは果胡をオリヴィアと同一視していると思っていた。




だからかもしれない。


必死でオリヴィアになろうとしていたのは。







「お前の神子を務めろよ、カコ」







挑戦的なブルーグレーの瞳が、果胡を映していた。









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