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世界は全てを理不尽にして神子に押し付ける  作者: 咲乃いろは
第五章 侵されていく神子の存在
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与えられたもの

どうやら神力を使うと、ある程度回復するまでに丸一日かかるという統計が取れた。全回復までには約三日。そこまで休まなくても日常生活に支障はないくらいには動ける。

今回は回復しきらないうちに神と話したことが悪かったのか、あれから果胡は二日間寝込んだ。その間リタのベッドは借りっぱなしで、彼は床に寝ていたので申し訳ないことをしてしまった。自分の部屋に戻るとは言ったが、リタに拒否されれば、自分で動けない果胡にはどうしようもなかった。


「熱は…下がったな」


リタは果胡の額から手を離して、よし、と頷いた。


「眩暈もありません。いやぁきつかった」

「お前がきついと言うくらいだから相当つらかったんだな」

「いや、症状がきついというか、神への怒りを我慢するのがきつかったというか。気を抜けば怒りをぶちまけて、また神力使いそうで」

「あ、そう」


有益な情報をくれたとはいえ、果胡の身体に負担がくると分かっていて、このタイミングで話し掛けるなんてあまりに身勝手すぎないかと寝ている間に沸々と怒りが滾ってきたのだ。いつだって奔放で自分が一番で勝手な神の相手をするのは体力も精神力も鍛えなければ身が持たない。


「それで?一体何があったって?」


リタは看病に使ったタオルや薬のゴミを簡単に片付けながら意識だけを果胡に向ける。部屋に戻ってきたら急に吐く!と言われて介抱を強いられたのに、果胡が回復するまでの間、何も訊かずに黙って看病してくれた。こういう優しさは昔から何も変わらない。


「それが…、私託宣の間じゃなくても神の声聞けるみたいでして」

「…はい?どういうことだ?」

「簡単に言えばこの身体は希成果胡のもので、魔力は存在せず、思う存分神力を使うことができるから、だそうです」


ちなみにリタは一応魔力はあって魔法も使えるけれど、大して得意でも苦手でもなく、戦いになれば剣の腕だけで事足りるので殆ど使わない。オリヴィアが生きていた時代もリタが魔法を使っていたのは、雑用係の仕事で花に水をやっている時くらいだ。そんなリタでも、果胡が託宣の間以外でも神託を受けられる理屈は理解できた。


「じゃあカコは魔法は使えないということか?」

「ええ。もうバートからの逃げるために時限バナナを仕掛けたり、突風を吹かせて肉屋のおじさんのカツラを暴いたり、雨に濡れた捨て猫に屋根を被せたりはできないわけです」

「最後の何。突然のいい話は何」

「あの頃はヤンチャしてましたねぇ」

「もしかして今は更生したつもりか?」


若かったなぁ、なんて言う果胡は一応十六歳、花の高校生だ。人より九年くらい、生きた記憶が長いだけで。


「とにかく、そんな楽しいことはもう出来ないというわけで」

「世の中が安心すると思う。良い事だな」

「そんな。時限バナナは良策ですよ?他人に迷惑を掛けないように、バートが踏む地面にタイミングよくバナナの皮を落とすんです」

「物体移動、結構高位魔法だったと思うんだが。その力、他に使えなかったのか」

「この為に必死で覚えました!」

「その情熱、他に使えなかったのか」


もっと言うと肉屋のおじさんのカツラ事件は、リタの悪口を言ったから、腹が立って衝動的にやってしまった。後悔はしていない。出生が分からない人間なんてこの世界にはごまんといるんだから、城にいるからって悪口を言われる謂れはない。リタはまごうことなきオリヴィアの幼馴染で、実力だけで一等騎士にまでなって自分で居場所を作った強い人なのだ。リタのクズな行動に対する不満は尤もだと思うけれど、本人の手ではどうしようもないことを悪く言うのは許せない。


「まぁそんなわけで、これから私はいつでもどこでも神託ドアを開けるわけですが、神によると、神託だけではなく神力は無闇やたらに使うなとのことです。いずれ慣れれば大丈夫だと思ったのですが、私が考えるほど慣れることはないようでして」

「制限はある、か…。そりゃノーリスクでそんな大物を使えるわけねぇよなぁ」

「神託を受けたからといって答えてくれるとは限らないですしね。リスクの割には見返りの少ない賭けのようなものですね」


最強の手札を持っているのに、最強ということしか分からない。気が向けば味方になってくれるよ、という信頼度皆無のジョーカーのようなものだ。


「神はあのふざけた神子の定義を知っているかは訊けたのか?」

「知ってはいるみたいです。ただ、あれの真偽は教えてくれなかったし、神がどう思っているかも分かりませんでした」


全てが偽物だとは思わない。世間一般的に思われている神子のイメージとかけ離れているとは言えないのだ。そこが巧妙に仕組まれているようだから余計胡散臭いのだが。

ただ、今回のような襲撃事件が起こったのは、真であれ偽であれ、神子に対する噂が出回ってしまったからである。神子は人間だ。人権があり、道具として使われるものであってはならない。何が真実だとしても、それはこれまで神子となったものが身を粉にして証明している。それだけは真実なのだ。オリヴィアだって、ずっとずっと一緒だったリタが、証明してくれる。




「それはそうと、お前腹減ってんじゃないか?」




こんな緊張感のない奴だけど。


「はい?」

「だって殆ど何も食べてないじゃん」

「それはそうですけど、それ今のタイミングで訊きます?」

「今のタイミングで腹鳴らしたのお前だけど」

「失礼」


そうだ。さっきから鳴り響いていたのは城の補修工事の音ではなく、果胡の腹の音だった。















***















城の厨房はいろいろと荒らされていて、まだ稼働できる状態ではなかった。かろうじて国王や宰相たち、上官たちの食事は用意できるものの、使用人たちの分までは追いつかない。厨房が片付くまでは各自で城下町で食事を摂ることになっている。

とは言っても、使用人たちは非番の日には町で食事をしたりしているので、非日常というわけでもない。人によっては行きつけのレストランなんかもあるみたいで、お昼時の城下町はいつもより少し城務めの人間が多かった。城の騒動はとても隠し切れるわけでもなく、民衆にも伝わってはいるが、事の全容を広めるわけにもいかず、潜り込んできた国外の反乱分子が攻め入ってきたということになっている。


果胡とリタも昼食を摂ろうと町に出てくれば、顔なじみの民たちが度々リタに話しかけてくる。



「おう、リタ!この間は大丈夫だったのか?」

「ご心配どうも。残念ながらピンピンしてるよ」


何か買ってけという八百屋の店主に、リタは片手を上げて対応しながら薄い笑みを浮かべた。


「ちょっとリタ、せっかく心配してくれてるんだから憎まれ口叩くものじゃないですよ」

「憎まれ口じゃなくて本当に()()()()意味だからいーの」


見れば八百屋の店主は肩を落として『そうか、残念だ』と項垂れている。リタに怪我の一つや二つ、してほしかったらしい。一体どんな恨みを買ったのだろう。


「あっ、リターぁ!あんたまさか顔に怪我してないでしょうねー!その顔でいくらでも客ぶん取れるんだから、大事にしなさいよー!」

「あーはいはい。フルフェイスの甲冑被ってたから大丈夫ですよー」


向こうから叫ぶのはバーのママ。リタが店に寄れば自動的についてくる女たちから金を巻き上げるという阿漕な商売をしている。


「そうでしたっけ?」

「んなもん被るか。重くて仕方ねぇわ」


腕がもげても顔だけは守りなさいと叫ぶママは、きっとリタが顔だけになっても利用価値を見出してくれるだろう。そのうち顔の皮剥いで持って行きそうだ。

その後も同じような感じでリタは声を掛けられていたが、どれ一つとしてリタの身を案じる声はなかった。一人くらい心配してもよさそうなものだが。





「前から言おうと思ってましたけど、リタって案外知り合い多いですよね。あなた割と人見知りじゃなかったですっけ?」


何の相談もせず、まるで入ることが決まっていたかのように果胡とリタは一軒の喫茶店に入る。ここはオリヴィアとリタが小さい頃によく来ていた場所だ。城内で遊べと言い付けられた二人が城を飛び出して根城としていたのがこの喫茶店だ。隠れ処のような屋根裏部屋が秘密基地で、クアノという店主の若いお姉さんがよくアイスクリームをご馳走してくれていた。ここのオムライスが絶品なのは今も変わらないと少し前にリタが言っていた。

カラン、と鐘が鳴るドアを開けば、中からあの頃と殆ど変わらない綺麗な姿で、クアノがいらっしゃいと声を掛ける。リタは手を軽く上げて挨拶をしただけだが、店主もそれ以上は何も言わずに作業を続けた。リタは今でも頻繁にここに通っているらしいから、気が置けない関係は続いているのだ。もう何も言わずにアイスクリームを持ってくることはないけれど。


「人見知り…ではなかった気がするけど、無差別に人と関わろうとするタイプではなかったと思うぞ。それは今でも変わらない。人間関係メンドクサイ」

「そうでしたよね?でも町を歩けば大体話し掛けられてるから、何か一皮剥けて社交性が身に付いたのかなぁって」

「まぁ、大人になれば嫌でも社交性なんて身に付くだろ。人と関わらずに生きていくことなんて出来ないし、話し掛けられるっつっても、そいつらと特別仲がいいとかではないし」

「…ふぅん」


一番奥の席に座れば、クアノは静かにコーヒーを二つ運んでくれる。そのついでにリタがオムライスを二つ頼んだ。


「何だよ?何か不満が?」

「不満じゃないですよ。むしろ良かったなぁとすら思ってます」

「何が」

「リタが人並みに成長していて。昔は知り合い少なすぎて、心を開ける友達とかいるのかなぁって心配してたから」

「母ちゃんか、お前は」


リタは眉尻を下げてふっと吹き出した。その口で湯気の立つコーヒーを一口啜った。あの頃は苦くて飲めなかったコーヒーの味は、本当は昔からずっと変わっていない。そりゃそうだ。昔も今も、淹れているのは同じ人なのだから。


「ずっと不思議だったんですが、リタは私以外に友達いたんですか?」

「失礼な。………………………い…たよ」

「本当ならこっちを見て言ってください」


ごにょごにょと歯切れが悪くなるリタの目は泳いでいる。人生の殆どをオリヴィアと雑用係とたまに騎士としての仕事に注いできた男だ。同年代の子どもと遊んでいる所など誰も見たことなどない。勿論ずっと一緒にいたオリヴィアが一番それを知っているわけだが。





「…なんかすみません」





リタが目線をキョロキョロさせるから、果胡も思わず窓の外に目を向けた。子ども達が数人で追いかけっこをしている。


「何でお前が謝るんだよ?」

「だって、リタはきっと友達百人できるタイプだっただろうに、その機会を私が奪っていたんじゃないかと思って」


やろうと思えば、友達百人で山の上でおにぎりをパックンパックンパックンとしていたのかもしれないのだ。本人は人と関わるタイプではないと言ってはいたが、関われないわけではないのだ。それなりに処世術や社交辞令なども身に付けて上手くやっていただろうに、その時間を殆どオリヴィアと過ごした。二人で過ごすのが当たり前だと思っていたその頃は何とも思わなかったけれど、こうして当たり前じゃなくなるとリタだってリタの人生があるのだということが露呈してくるのだ。

そう思うと、果胡は悪気はなくても自分がリタを縛り付けていたのではないかと不安になってくる。オリヴィアの下らない悪戯やバートからの逃亡やこの喫茶店にくることすらも付き合わさせてしまったのではないかと。




「んなわけないだろ」




だけど、馬鹿じゃないのかと微笑むリタの目は、もう果胡を真っ直ぐ見ていて。








「俺は好きでお前といたんだ。あの時間があったから、今の俺はいる」








楽しさも、嬉しさも、苦しさも、悲しさも、全てオリヴィアが教えてくれた。空っぽだったリタに、感情をくれたのはオリヴィアだった。


リタはそう言った。









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