好転と言っていいのかどうか
結局、今回の騒動はひとまず片付いたのだろうか。城の中はあらゆるところが傷だらけ穴だらけで騒然としているままだ。使用人たちは避難場所から帰ってきて、出来るだけ通常通り仕事をしているが、崩れて危険な場所もあるため、なかなか不便である。
ロッテはというと、今回の騒動が自分を狙ったものだと分かって相当参っている。立て続けに襲われ、しかも自分の所為で他人を巻き込み、さらに今回は死人まで出てしまっている。元気出せ、と言う方が酷だろう。
「…神の力…、か」
所有者が留守になったリタの部屋で、果胡は一人天井を眺めて呟く。
神の力が何たるかというのは、実際よく分からない。読んで字のごとく神力かと言われればそうかもしれないが、神力はどちらかと言えば神子の力だ。神のそのものの力というのは恐らく、世界の動向を見抜く先見の明、人間の生の神髄を把握する力など、物質に直接働きかけるものではない。襲ってきた敵たちが何か勘違いしているのであれば訂正しなければならないが、言ってきくような連中なら今回の騒動は起こしていないだろう。一番効果的なのは、神が直接説得してくれることだろうが、それは万に一つも叶わないことだとは分かっている。せめて神子の力が備わり、神の声を聞くことが出来れば何か変わるのだろうか。
「神子の力の譲渡…。……無理だよなぁ…」
仮に出来たとして、複数人に力を授けるのは不可能だ。神子が説得して理解してくれればいいが、そもそも神子の定義を勘違いしているのだから、それも修正してやらねばならない。
何をするのが正解なのか、それが可能なのか、前途多難が折り重なりすぎて重い溜息が何度も漏れる。まずはこちらの態勢を整えなければならないだろう。容易に城が攻められたことも放っておけないだろうし、敵の全貌もよく分からない。
整理することが多すぎて脳が足りなくなってきた。視界がチカチカとして、キィンと耳鳴りがする。脳が悲鳴を上げているのだと、そう思った。
『神力を使ったようだな、カコ』
「──────…え?」
途端に頭に響いてきた声に、果胡はガバリと身を起こした。周りを見回してもここはリタの部屋で、誰もいない。
ただ、その声は誰のものかは知っている。
「なんっ…なんで?神?」
『何をそんなに驚いている?そんなに我が恋しかったか?』
「いや…っ、だってここ、リタの部屋ですよ!?あなた登場シーン間違ってますけど!」
『確かに、託宣の間以外でこうして話すのは初めてで少し違和感だな。まぁ私はさしたる違いはないのだが』
オリヴィアには神力と魔力、どちらも備わっているハイブリット型だったために、神子の力としては中途半端な面があった。神託は託宣の間でしか受けることが出来なかったはずなのだが、何故か今、リタの部屋で神の声が聞こえる。いろいろと考えすぎてついに気が狂ったかと、果胡は自分が怖くなった。
「私にはさしたる違いですよ!何で今私神の声が聞こえてるんですか?」
『まあ落ち着け。また倒れるぞ』
「これが落ち着いていられますか。ただでさえ考えることが多すぎて混乱してるのに、余計惑わせるようなことしないでくださいよ」
『せっかく相談に乗ってやろうと出てきてやったのに、随分と雑な扱いをしてくれるな』
気を利かせたんだぞと言いたげな神は、至極不満そうだ。神に表情があったのなら口を尖らせていることだろう。
本当に相談に乗ってくれるのなら有難い話だが、したり顔で出てきた時の神は殆ど役に立たない。どうせまた暇つぶしにでもしているつもりなのだ。
「だったら早速相談があります。私こんな場所で神の声が聞こえるんですが何か病気ですか」
『だから落ち着けと言っている。いいか?お前はオリヴィアではなくキナリカコだ。そう言ったのはお前だろう』
「分かってますよ、誰よりも。それが何か?」
答えを急くような果胡に、神は少々面倒そうにしながらも疑問が残らぬよう丁寧に説明してくれる。
オリヴィアに神力と魔力、どちらも備わっていたのは、二つの力が宿る場所が違うから共存できていたのである。本来神力とは人間には殆ど備わっておらず、代わりに魔力が存在する。故に神力と魔力、どちらも存在するという状況は直面したことがなかったのだ。
『神力は魂に宿り、魔力は身体に宿る。普通は人間に神力はないからな。特別意識することもないだろうが、理論的に考えればオリヴィアは別に異常であるわけではなかった』
「私は神力を持った時点で普通じゃないと思ってますけどね。それで、それがどうしたことで今の状態に繋がるんですか」
『カコが転生した今も神力を持っているのはそれが魂に刻まれているからだ。魂は神子のものだからな。だが、身体は違う。キナリカコそのものである』
そこまで言われて果胡はやっと、ああ、と納得した。
そもそもオリヴィアが託宣の間でしか神託を受けられなかったのは、魔力が邪魔して本来の神力の力を発揮できていなかったからである。だが、果胡の身体は果胡のものだ。魔力が刻まれていたオリヴィアのものとは違う。果胡の身体に魔力は備わっていないのだ。
よって、魂に宿る神力は何にも阻まれず本来の力を発揮出来るというわけだ。と神は何故だか自慢げに言った。
「…だったら、早く言ってくださいよ…。この前あんなに苦労して託宣の間に忍び込んだのに」
『あれはロッテの様子を見に来るのが本来の目的だったのだろう?私との会話はついでだったくせに』
「何いじけてんですか。…ですが、これでわざわざ託宣の間に行く手間が省けました。あなたも大好きな私といつでも話が出来て嬉しいでしょう。いいこと尽くしですね」
『誰が誰を大好きだと?馬鹿も休み休み言え。…とはいえ、無闇に神力を使うのはお勧めしないぞ』
「何故?せっかく便利になっ───…っ」
途端、果胡の視界はぐにゃりと歪んだ。自分の身体を支えていられないくらいになり、ベッド脇に手をついてもう片方の手で視界を遮る。酷い乗り物酔いのような感覚だ。目が回って吐き気がしてくる。
乱れそうになる呼吸を何とか落ち着かせ、ゆっくりと力を緩めて瞼を押さえる手を開いた。
「………、こういうことですか」
『そうだ。神力を存分に発揮できるということは、その分身体にも負担がくる。カコの身体はこの世界の力には慣れていないし、これから慣れたとしても完全にとは言い難いだろう。特に神託は神力を多く使う。我が身が可愛いのなら、乱用するものではないと言っておこう』
「だったら無闇に話し掛けるのもやめてくださいよ。あなたは私を暇つぶしに使うんだから」
『さあ?どうだろうな。私はお前に有益な情報を、と思って話してやっているつもりなんだが、それが必要ないなら別に構わない』
「……この腹黒神」
治まりきらない眩暈に目を細くしながら、果胡は目には見えないものを睨みつける。
とはいっても、確かに今回は有益な情報をくれた。全てを話してくれるとは思えないが、これで必要な時は神と連絡が取れる。場所とタイミングは選ばないと難しそうだが、有事の際の命綱のようなものだ。
『それはそうとカコ、お前オリヴィアが死んだときの記憶、取り戻したのだろう?』
「えー…、あーはい。そうですけど…」
『……大丈夫だったのか?』
「…何が」
神力の使用は乱用するなと言いながら、この会話今必要なのだろうかと果胡は心の中で悪態をつく。目の前はぐにゃぐにゃするし気持ちが悪いし、意図の読めない神に苛々する。何を訊かれているのかあまり理解できないままで返事をしたら、神は大丈夫なのであるならいいと勝手に納得した。追究する余力はなくて果胡はごろりと枕に頭を戻した。
「…死んだ時と言えば、あなたは今の世に出回っている不穏な神子の噂を知っているのですか?」
『知らない、という面白い答えをお望みか?』
「ですよね。それに関しての正誤を訊いたら答えてくれます?無理ならちょっと私を休ませてくれないと死にそうなんですけど」
期待薄だな、と思いながらも問いかけると、神は何も言わずに存在を消した。成程、答えられないということか。別れの挨拶くらいあってもいいようなものなのに。
本当に自由奔放で自己中な神の相手は気が滅入る。疲れを吐き出すように大きく息をついたところに、部屋のドアがガチャリと開く。
「カコ、起きて、る…か…って、え?」
「うぐっ、吐く!リタ!吐くぅ!」
「えっ、ちょっ…待て!ちょっと待て!」
ドアを開けた途端に真っ青な顔をして飛び込んでくる果胡に、リタは目を剥いて何か袋を探す。目ぼしいものがなくて、看病していたときの桶の水を窓から外に捨て、急いで果胡に持たせた。
結局昨日から殆ど何も食べていない為、吐くものなんて胃液くらいしかなかったけれど、背中を擦るリタの手に安心したのか、すぐに嗚咽は止んだ。ちょうど持ってきた水で口の中を漱いで桶の中に吐く。
「ふぅ…」
「何、一体どうした」
「いや…、ちょっと事態が好転した……ような気がします」
「?」
断言するのはちょっと違う気もして曖昧にした。何にせよリタに説明すると話が長くなる。今は話せる体力が残っていないのでちょっと寝かせてくれとベッドに戻り、回る視界を遮断した。




