下らない終わり
男達によって壊されたドアは店主があっという間に直した。これまでも何度か同じようなことがあったときはこうして直しているのだと胸を張っていたが、ドアを直す技術よりも、ゴロツキ連中を追っ払う技術の方に胸を張った方がいいと思う。
直されたドアを一番に開けたのは、他でもない、果胡の迎えだった。
「よ、オヤジ、久しぶり」
「ああ、リタ。早かったね。良かったよ、来てくれて。忙しいと聞いていたから」
「いやいや、俺は大体暇だよ。速い、強い、便利!がモットーの雑用係なんで」
リタは出入口の上の柱に手を掛けながら、キラッとウインクをかます。そんなモットーがあるとは果胡も知らなくて、胡散臭い謳い文句に冷めた目線を注いだ。
「んで?迎えがほしいって、どうかしたの?」
「ああいえ、私は大丈夫だと言ったんですが、ご主人が心配してくれて」
「ふーん」
リタは声でだけで頷いて、少し伏せた目線を果胡の腕に流した。果胡自身では見えない位置の擦り傷と未だに微かに残るその震えに。
果胡の横で跪くと、何故か触っていいかと伺いを立ててから傷の具合を診る。ただの擦り傷であるが、リタは店主に救急箱を頼んだ。
「大丈夫ですよ、リタ。このくらいは」
「エリスにグチグチ言われながら手当てされるのと、ここで黙って手当て受けるのとどっ」
「お願いしますリタさん」
食い気味で頭を下げる果胡に、リタはふと安心したような笑みを浮かべる。思いの外、果胡がいつも通りだったことに安堵したのか。
それからリタは果胡の傷の手当てをしながら、果胡が投げ払われた時にぶつかって散らかった置物や倒れた椅子などに時々目を這わせた。
「それで?オヤジ、何があったって?」
「ああそれがね、ここらにうろつく連中がカコちゃんを見つけてしまったらしくて、危うく連れ攫われそうになってね」
「……へぇ?」
丁寧に傷を消毒するリタの目は、伏せられた長い睫毛のお陰で果胡の位置からはその色が見えない。ただ、声色はワントーン下がったような気がした。店主が簡単に事の成り行きを説明するほどに、リタの返事は低くなっていって、終いには黙ってしまった。
絆創膏の貼り方は優しかったが、むくりと立ち上がった空気は少し重い。果胡は何だ、とビクビクしながらリタを見上げた。
「……リタ?何か怒ってます…?」
「いや、別に」
果胡の腕を引っ張って立ち上がらせる力は温かいのに、声は究極に冷めている。言葉と感情が一致していないことに本人は気付いているのか。
良く分からないが深追いしない方がいいと、果胡はリタの力に従って笑う膝を叱咤した。もう立ち上がれないほど震えてはいない。けれど動かし方を忘れてしまったみたいに力が入らなかった。カクン、と膝が折れてへたり込みそうになったところをリタが待ち構えていたように支えてくれる。
「す、みませ…」
「うーん…、歩けそうにないな」
「いや…、ちょっと練習すれば大丈」
「ちょっと我慢しろよ」
「え」
リタは何の躊躇も見せず座って背中を向け、ほぼ強制的に果胡の腕を自分の首に巻き付ける。果胡が抵抗する隙も与えないまま膝の裏に手を入れて、そのまま軽々と果胡を背中に乗せて立ち上がった。
「ちょ、ちょっとリタ!大丈夫ですって」
「じゃあお姫様抱っこの方がいい?あ、お米様抱っこでもいいよ」
「……これでいいです」
「素直でよろしい」
店主が顔を綻ばせながらリタの上着を果胡の肩に掛け、買った薬草を忘れずに手渡してくれる。青々しいねぇ、と何度も頷きながら亡妻の写真を見ているのは、自分の青春時代でも思い出しているのだろうか。
リタが軽くお礼を言って店を出ると、外は屍が山積みにされていて、とても通りやすく風通しのいい道になっていた。舗装工事でもあったのだろう。
「……リタ」
「ん?」
「私、思い出しました」
「そうか」
「帰ったら、聞いてくれますか?」
「いくらでも」
***
オリヴィアは暗い道を走っていた。足の速さには自信がある。だけど誰も追いつけないほどではないし、陽が当たらない樹海では、いくら速かろうと速度を邪魔するものが多すぎる。視界を覆うほど生い茂る葉、脚に絡みつく根っこ、突き出してくる枝。すぐ目の前さえ視界が危うくて、掻き分けながら進んで行くしか逃げる方法はない。
何から逃げているのか、オリヴィア自身も分かっていない。ただただ怖くて、寂しくて、恐ろしくて、痛くて、そんな危害を及ぼすものから遠ざからねばと本能が身体を動かしていた。
幻ではない。幻覚をみているわけでもない。現実だった。現実は、こんなものだった。
神子を犯せば男でも神の力が手に入るなんて、誰が言い始めたのか。
神の存在が信じられているだけでも、神と世間話をしているオリヴィアすらおかしいと思うのに、その力を信じ、しかも手に入れようとなど、神に対する侮辱か、世界に対する嘲笑か、人間に対する軽蔑か。何だっていい。そんな根も葉もない噂を信じているという人間がいること自体全てに対する愚弄なのである。
神子は神ではない、人間だ。ただただ神のつまらない話を聞くことができるだけのただの人間だ。そんな人間に何の力が宿ると思っているのか。何かをしてどんな力を手に入れられると思っているのか。下らない。下らない。下らない。
下らないことだとは思うけれど、信じる者がいればそれが正となる。信じる者にとってはそれが世界となる。どんなに否定をしても、当人が考えを直さない限りは世界は動かない。
たった九つの初潮も迎えていない少女を四方八方から取り押さえ、動けなくなるくらいの、意識をギリギリ保つ程度に切り刻み、何度も何度も犯す。オリヴィアの叫びは、抵抗は、何処にも誰にも届かないまま子宮は破裂してそのまま息も止めた。
せめて、その男たちが神の力を手に入れていればいいのだけれど。




